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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter03-3

 別に不自然なことではない。

 これといって勤務時間とかが決まっていないガーディアンは要請がない限りフリーであり、その時間の使い方は自由である。

 俺たちが買い物に来たように、瑞葉さんたちがこの辺をぶらついても何の問題も無い訳だ。偶然遭遇することだってあるだろう。

 だが、敢えて問わせていただきたい。

「ふ、二人はどうしてここに?」

「どうしても何も、ここへ来たのならショッピング以外にあるまい」

 こちらへ歩み寄って来ながら瑞葉さんはそう答える。

 だいぶざっくりした返答だった。いや別に良いんですけどね。

「お嬢様がご愛飲されている茶葉が切れてしまいまして。ついでに他の消耗品も補充しようとこちらを訪れ、たった今買い物を済ませて屋敷に戻る最中だったのです」

 すかさずミハイルさんが情報を補足してくれた。

 流石プロの執事。痒いところに手が届く。

「帰る途中で偶然エリカとシアを見かけたんだ。そしたら近くにいたお前たちにも目が行ってな」

「ただの買い物なら瑞葉さんがついてくる必要はなかったんじゃ?」

「それはそうだが、こんなに天気がいいのに外出しないのは不健全だろう。何より仕事もないし暇だった」

「……まぁ、最近平和でしたしね」

 つまり、特に理由はないけど暇だったから買い物について来たと。

 戦闘中はこの上なく頼りになるお姉さんなのに、平常時だといまいち頼り切れない感じになるのは何故なのか。

「老体の身としては助かっていますよ。転送機へ大荷物を運ぶのは中々に骨が折れますから」

「ほら、こうして役にも立っている!」

「そ、そっすねー」

 柔らかに微笑むミハイルさんと、自慢げな瑞葉さん。

 こうして見ると主従と言うよりか、完全にお爺ちゃんと孫に見える。

 実際、普段からのやり取りを見ていればただの上下関係以上に深い繋がりがあるのは歴然だ。俺とシアとは少し違うけど、家族のようなものなのだろう。

 そんな微笑ましい二人の横で、エリカが頬を膨らませていた。

「瑞葉姉さんはそんなこと言って、またミハイルさんに迷惑かけてるでしょ」

「む、人聞きの悪いことを言うなエリカ。私がいつミハイルに迷惑をかけたというんだ」

「結構な頻度で。この前もミハイルさんがいない間にクッキー焼こうとしてとんでもないことになってたよね」

「な、何故それを!?」

「積みあがった暗黒物質(ダークマター)を必死に掃除してるの見たんだから」

「……ほぅ、小麦粉が異様に減っていたのはそのためでしたか」

「ち、違うんだミハイル! あれはだな――」


「瑞葉さんってあんな残念だったっけ?」

 笑顔を張り付けて静かににじり寄るミハイルさんから後ずさる瑞葉さんを遠目に、俺は先程まで真剣なお話をしていたルナリアへ尋ねていた。

 ルナリアもここから真剣な雰囲気に戻すのは不可能だと感じたらしく、若干やさぐれたような感じで答えてきた。

「オフの時は割とあんな調子よ」

「……そういやそうだったわ」

 初めて屋敷に招かれた時も、料理の話題になった途端凄まじく露骨な上に下手くそな話題逸らしをされたものだ。大して時間も経ってないのにとても懐かしく感じる。

 誰にだって得手不得手はあるものだし、とやかく言う気はないんだが……暗黒物質って何だ。ただの炭じゃないのか。

 他にも新たに浮かんだ疑問がある。

「今、エリカが『瑞葉姉さん』って呼んでたのは?」

「エリカは瑞葉さんの屋敷に住んでるのよ。久道さんも室長も忙しい上に、都市に家も無いみたいだし。赤ちゃんの時からお世話になってるそうよ」

「へぇ、通りで随分と親し気に話して――」


「そうなんだ! うちのエリカが世話になっているな!!」

「うをぉ!?」

 まるで逃げ場を得たかのように、瑞葉さんがずいっと距離を縮めてきた。

 相も変わらず露骨な話題逸らし。これにはミハイルさんもやれやれといった感じだ。

 エリカとシアも瑞葉さんについて俺たちの所まで近づいてきていた。

「俺が三日前にお邪魔した時もいたのか?」

「はい、先日はご挨拶できなくて済みませんでした。あの日は研究とレポート作成の方で立て込んでいまして……」

「気にしなくていいよ。あの時は遊びに行っただけだし」

 俺もあの屋敷に久道さんたちの娘がいるなんて思いもしなかったしな。瑞葉さんも何も言わなかったから知る由もない。

 久道さんたちとしては、構ってやれない分せめて生活に不自由が無いように知人かつ生活に余裕があるベイカー家を頼ったのかな。

「エリカちゃんはお嬢様だったの?」

「瑞葉姉さんはそうだけど、私は違うよー。二人には凄く小さい頃からお世話にはなってるけどね」

「私も常より秀一殿らには世話になっている身だからな。持ちつ持たれつだ」

 エリカの頭に手を置きながら言う瑞葉さんの表情はとても優しいものだった。ただ頼まれたからではなく、確かな絆を感じる。

「そんな昔から一緒なら、もう実質家族みたいなもんか」

「それもあるが、時間の長さはさほど重要じゃない。大事なのは互いに尊重し合い、思い遣る心……と、言うまでもなかったかな」

「……身に染みてますよ」

 瑞葉さんから向けられる生暖かい笑みがむず痒い。

 あのにやけ顔を見るに事の顛末は全部知ってるっぽいな。あのことはまだルナリアにしか話していないし、情報ソースはフューリーで確定だ。あんにゃろうめ。

 シアも言われたことに関して自覚はあるようで、瑞葉さんの隣ではにかんでいる。恥ずかしがっている姿も可愛らしい。

 おっとつい本音が。いかんいかん、人前では自重しなければ……。

「と言う訳で、シアもうちの子にならないか? 豪邸だぞ豪邸」

「ってどういう訳だよ!? まだシアを他所にはやらんぞ!」

 俺は突然の敵対宣言に敬語すら忘れて徹底抗戦の姿勢を取った。

 ていうか誘い方が雑過ぎる。何が豪邸だ。

 ま、まさかこんな適当な誘いに乗らないよね? お兄ちゃん信じてる。

 二方向からの熱い視線を受けたシアは、若干申し訳なさそうに笑って。


「ごめんなさい。シアにはお兄ちゃんがいるから」

「よし勝った!!」

 力強く握った拳が天を突く。

 渾身のガッツポーズだった。

 ルナリアがアホを見るような目で俺を見ていた。

「チッ、フラれてしまったか」

「むしろあれでいけるとでも!?」

 つーか舌打ちしましたよこの人! ちょっと大人気なさすぎない?

 俺が色んな意味で愕然としているのを他所に、瑞葉さんは急にキリっとした表情となり。

「まあ家族仲が良いようで何よりだ。この先苦労は多々あるだろうが、私は二人のことを応援しているからな」

「最初にそれを言ってくれれば素直に嬉しかったんですけどね」

「そう言ってくれるな。精神の潤いを保つためにも、たまには若者と若者らしい会話をしないとならん」

「耳が痛いですな」

 瑞葉さんの冗談めかした言い方に、恐らく普段の話し相手を務めているのだろうミハイルさんも苦笑している。

 前に聞いた話だと、瑞葉さんは今年で二二歳。普段の言動とは裏腹に充分若いし、ミハイルさんは五八歳と元の世界では定年に近いが背筋も伸びていて、全然年寄りっぽさを感じさせない。

 そもそもこっちの世界に定年とかあるのだろうか。ガーディアンは雇用条件が特殊すぎて参考にならないんだよな……。

「ところで、友柄様たちはどのようなご用事で?」

「俺たちも買い物ですよ。ルナリアは手伝いで付き合ってくれてて」

「おお、そうだったのか。何を買いに行くんだ?」

「家にないもので、シアに必要なものを揃えようと。後はついでに消耗品の買い足しくらいですかね」

「成程、それは確かに早い内に済ませるべきことですね」

 質問の答えに対してミハイルさんは神妙な面持ちで頷いている。

 もしかしたら昔に同じような経験をしているのかもしれない。エリカがベイカー邸に預けられた頃には既に使用人として仕えてたみたいだし。

「最初に行く店は決まっているのか?」

「はい、ここです」

 瑞葉さんに問いかけられたルナリアが店の情報を表示したので、俺は咄嗟に目を逸らした。

 確か今向かっているのは、女性向けのランジェリーショップだったはず。

 位置情報だけならいいが、店内の写真とかも出てくる時もあるから要注意だ。

「ふむ、ここならすぐ近くだな……っておいおい春近、流石に過剰反応しすぎなんじゃないか? こんなの広告で普通に配信されてるようなものだぞ」

「かと言ってじろじろ見ていい物でもないでしょ」

「やれやれ、今からそんなでは本物を見た時にどうなってしまうか見物だな」

「……残念ながらそういう予定はないんですよ」

 伊達に童貞はやってない。

 いや童貞だからやってないのは厳然たる事実なんだけども。

 とにかく女子の下着姿なんて本や動画でしか見たことがない。あと最近では3Dホロで見たか。

 普段の行いのせいかラッドばかり矢面に立たされているが、俺もいつ飛び火してくるかと戦々恐々としていた。

「おや、そうだったのか?」

 しかし瑞葉さんは、何故か意外そうに眉根を上げて。


「てっきりお前たちはそのことについて話していたのかと思ったんだが」


 ……ん?

 おかしいな。この人の言っていることが急に理解できなくなったぞ。

 BC(ブレインチップ)の同時翻訳ソフトがバグったか? でも瑞葉さんは普通に日本語喋ってた気がするんだけどなぁ。

 と言った感じで俺が混乱の極みにある傍ら。

「な――ななな、なな何でそうなるんですか!?」

 一瞬にして顔を噴火させたルナリアが、物凄い剣幕で瑞葉さんへと詰め寄っていた。

 詰め寄られた方はキョトンとした表情になっている。

「私が話しかける前まで二人して真剣な表情で見つめ合っていたじゃないか」

「真剣な話をしていたのは事実ですけど、そもそも私と春近はそういう関係じゃありません! あとこれ説明するの今日で二回目なんですけど!?」

「いや私にそう言われても」

「とにかく違いますからね!」

「う、うむ」

 結局瑞葉さんが押し切られる形で決着がついたようだ。

「誤解だったのは把握したが……ここまで強く否定されるとは、お前も中々に不憫だな」

「……はは、そっすね」

 実は俺も少し思ってました。

 誤解を残したくないという気持ちはわからんでもないが、あそこまで必死に否定されると流石にちょっぴり傷つく。

 俺、嫌われるようなことしたっけ?

「べ、別に春近を特別嫌ってるとかじゃないから」

「いや、むしろ正直に言ってくれ。この際ハッキリ言ってくれた方が気が楽になる」

「だ、だから私は春近のこと……ああもう、とにかく違うから!」

「口癖になってないそれ?」

 でも嫌われていないのは確かなようで少し安心した。

 とどのつまり、過剰に恥ずかしがっているだけみたいだ。

 瑞葉さんの誤解も解けたし、一件落着かな。

「私たちは買い物に行きますから!」

「じゃあ、そういうことらしいんで」

 さっきからどうにもルナリアが主体になって動いている気がしないけど、取りあえず二人とはここでお別れ――


「まあ待て。私たちも付き合おうじゃないか」


 ――とはいかないらしい。

「何でついてくるんですか?」

 あまりの唐突さに、つい素のトーンで尋ねてしまった。

「ここで会ったのも何かの縁だ。私たちもささやかながら力添えしようじゃないか」

「えっと、人手は足りてると思うんですが」

 ルナリアは勿論のこと、シア本人に加え友達枠としてエリカもいる。

 現状、頼れるお姉さんの需要はあまりなさそうだ。

「まあそう言うな」

 だが何故か瑞葉さんは爽やかに笑いながら食い下がってきた。

「どうせ先の様子では下着店には入れないだろう? 一人で待つよりはミハイルと一緒に待つ方がいささか退屈も紛れるぞ」

 余計なお世話じゃ。

 しかもミハイルさんは自動的に巻き込まれるらしい。

「でも結局、暇だからついてくるんでしょ」

「それもまた然り」

 エリカの鋭い指摘にはこの反応。これは開き直っているのだろうか。

 ここまですっぱりと認められるといっそ清々しいな。

 ……別に俺としては瑞葉さんたちが同行したところで問題はないのだが、他の同行者たちはどう思っているのだろう。

 軽く各々のリアクションを確認してみる。

 ルナリアは半ば諦めたような表情で頷き、エリカとミハイルさんは俺と目が合うなり頭を下げてきた。シアはあまり状況が飲み込めていないようで、ポカンとしている。

 ひとまず実害はなさそうだし、いざという時はエリカかミハイルさんが何とかしてくれるのを期待しよう。

「特に誰も異論はないそうなので」

「では決まりだな!」

 瑞葉さんはニッコリと、意気揚々と俺たちを先導していく。

「まずは下着だ。いざという時に恥をかかないよう、私がシアにぴったりのものを選んでやろう」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 ……早速不安になってきたが、きっと大丈夫だ。多分。

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