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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter03-2

 平日の午後だというのにB区のモールは相変わらずの賑わいを見せていた。

 そもそも俺はこっちの世界に来て一〇日ほどになるけど、未だにこっちの世界での平日や休日の感覚が釈然としない。何となく日曜日が休みなのはわかるんだが、こうしてみると家族連れも多々見えるし職業によりけりなのかも。

「シア買い物に来るの凄く久しぶりかも!」

「そりゃ色々あったからなぁ」

 四日前まで眠っていたし、退院したのもつい昨日だ。

 どうあがいても外に出ようがない。

 久しぶりの外出とあって、シアのテンションが非常に高まっているのも仕方のないことだろう。

 あんまりはしゃぎすぎて転んだりしないか心配だが、年の割にしっかりしているエリカが付いてるから大丈夫か。

 先行して歩く二人の少し後ろについて、俺とルナリアは今後の予定について話し合っていた。

「買う物はどれくらい決まってるの?」

「全然。消耗品の類で何が必要になるのかとか、俺にはさっぱりわからんかった」

 せめて元の世界に妹でもいればよかったのだが、生憎と一人っ子である。

「今更だけど、シアに直接聞けばよかったじゃない」

「それってセクハラにならない?」

「兄妹で何気にしてんのよ……」

 呆れを隠せない様子のルナリア。

 重ねて言うが、俺は元一人っ子。

 妹にどこまで踏み込んだことを聞いていいのか把握していないのだ。

「まあいいわ。今日のところは手伝ってあげるけど、次からは自力でなんとかしなさい」

「お願いします先生!」

「誰が先生よ。あと、何か奢ってもらうから」

「……あそこのクレープでいいっすか?」

 近づいてみたら結構なお値段だったが、何てことはない。

 シアのためだと思えば安い出費だ。

 もっとも、そのシアとエリカにも買ってあげることは流れ的に不可避だった。

 ……思ったより高くついたかもしれない。



 目的の店を目指す道すがら辺りを見渡せば、都市は平和そのものだった。

 この世界における各国の治安の良し悪しは不明だが、この都市で何かしら犯罪が発生したというケースは聞いたことが無い。都市自体のセキュリティーが非常に優れているのも一因だろう。都市の上空を巡回する≪サードアイ≫は超高性能な監視カメラのようなもので、地上の様子を逐一観測し続けている。

 変異体が出現してからまだ一〇日弱だ。一か月周期が正しければ、しばらくは安全であるとされていた。道を行く人々に突然身に降りかかる悲劇を意識している様子はなく、日の下での生活を謳歌している。

 聞きかじった知識ではあるが、他の国ではこうもいかないらしい。

 変異体の出現を抑制するべく地下に築いた最低限のスペースでの生活を余儀なくされ、そこまでしても小型の変異体による殺戮が起きてしまう。次元エネルギーの不足から充分な対策が取れないために、実質的な被害は都市を上回っているそうだ。

 データだけを見れば、アクシスはこの世界において最も安全な場所だ。楽園と言い換えても差し支えないかもしれない。


 でも俺は、ここが楽園なんかじゃないことを既に知っている。

 絶対な安全なんて、この世界のどこにいようが保証されていないのだから。

 最たる例として、ルナリアの両親は周期通りの防衛戦から三日後に発生した完全な周期外れの襲来によって命を落とした。

 一か月周期と言うのはあくまで統計でしかなく、イレギュラーは常々存在している。それがもっともわかりやすい形で現れたのが三年前に彼女を襲った悲劇なのだろう。

 当時の被害は、防衛戦における平均の三倍にも上ったという。未だに一度、しかも巻き込まれた形でしか防衛戦を体験していない俺には実感の湧かない数字だが、初めてフューリーから聞かされた時の彼女の表情を見るに相当な惨劇だったに違いない。

 今日は五月一日。

 俺がこの世界に来てから――最後に変異体が現れてから、九日経つ。

 これをまだ九日しか経っていないと取るか、もう九日も経ったと取るか。

 改めて道行く人々を見てみれば、ほぼ全員が前者であるとわかった。

 いつ来るかもわからない変異体の侵攻に怯え、閉所に閉じこもる生活を送るよりかは健全だとは思う。

 しかし俺にはどうしても、彼らが無防備すぎるように見えてしまう。

 

 ……どうして急に、こんなことを考えて始めたんだ俺は。

 周囲を取り巻く状況があまりにも穏やか過ぎるからか? たった数日前に、自分の手で両親を手に掛けた後だとは思えないくらいに。

 わからない。

 わからないが、何なのだろう。

 この通りに――B-8に来てから、妙に心がざわついている。

 今までにここには何度か訪れているのだが、このような感覚を覚えたのは今日が初めてだ。

 来るたびに見ている、大勢の人々が行き来している光景自体には何の変化もない。

 だが俺はそこに、確かな違和感を覚えていた。


 本来そこには存在しないはずのものが当たり前のように溶け込んでいる。

 まるで、今の自分のような――


「春近」

「――っとと、何?」

 唐突に横から声をかけられ、慌ててそちらの方へ顔を向ける。

 するとこちらを気遣うような表情をしたルナリアと目が合った。

「大丈夫? 何だか物凄く難しい顔をしてたけど」

「あー別に大したことじゃないよ。ただ何となく、平和だなーと思ってただけだ」

 本当のことではないが、嘘もついていない。

 ここで徒に過去の話を引き合いに、どいつもこいつも平和ボケだと言ったところで水を差すだけだし、何よりルナリアの古傷を抉ってしまうかもしれなかった。俺自身が今感じている妙な危機感にしたって、説明するのは難しい。

 幸いなことに、あまり深く追求してくる気はなかったようだ。

「えぇ、確かにそうね。三日前にあんなことがあった後だとは思えな――」

 途中まで言いかけたルナリアはハッとした表情で口を噤み、小さな声で謝ってくる。

「ごめん、無神経だったかも」

「いいっていいって。つーか俺以上に気にしてどうすんの」

 その姿があまりに縮こまって見えたものだから、思わず苦笑してしまう。

 同時に、心当たりのある反応でもあった。

 ここ最近のルナリアが妙によそよそしい態度を取っていた時と、今の状況はよく似ている。何かを言いかける度に躊躇し、罪悪感に満ちた表情になっていたあの時と。

 原因があるとすれば三日前の戦い以外にないだろう。

 だが俺には彼女が俺に対して何か後ろめたく思うようなことをしてきた覚えが全くない。むしろ助けられたばかりだったと記憶している。

 なのに、一体何をそんなに気にしているのだろうか?

 そんな風に悩んでいると。

「春近は、もう辛くないの?」

「え? ……あ、そういうことか」

 消え入るような不意の問いかけに、少し反応が遅れてしまった。

 ただ言わんとしていることはわかった。

 この状況で何が辛くないのかと問われたのなら、それは。


「……辛くないって言ったら、嘘になる」

 正常化する時間の反動を受けて眠りにつき、見た夢の中で。

 俺はあの二人と――最愛の両親と別れを告げた。

 二人はもう俺にとって過去の存在だったから。彼らの立っていた方向に、俺の明日は存在しなかったから。

 自らが選んだ道へ責任を持つために悲しみも弱音も全て飲み込んで、俺は二人に背を向けて一歩踏み出した。

 あの時の選択は間違っていなかった。あの時選択したからこそ今の日常がある。

 何度も自分に言い聞かせ、新たな世界での生活に奔走する日々。

 それでも後悔は消えてくれなかった。

「あの時も言ったけど、吹っ切れたつもりで未練たらたらだったよ」

 わかっていたことだ。自分がそんな簡単に割り切れる人間だと思ったことなど一度だってない。

 仲間たちの前で、何度ボロを出したことだろう。みんなは優しかったからあからさまに指摘してくるようなことはなかったが、気を使われているのは俺自身が痛いほどに実感していた。

 気持ちの整理をつけるために墓参りにも行ったが、あの後に晒した醜態を鑑みれば所詮気休めでしかなかったのだろう。

「一緒に暮らそうって言ってくれたシアに子供みたいに泣きついてさ。予告通りとは我ながら格好がつかないけど」

 死ぬほど後悔して、泣いてしまうかもしれない。

『黒』との戦いに身を投じる直線にルナリアへ放った言葉は現実となってしまった。非常に情けないことに。


 でも、押し込めていた感情を発露できたことで俺はようやく。

 本当の意味で、前を向いて歩く準備ができたのかもしれない。

 この世界に来て最初の夜に、この子から言われたように。

「辛いのと同じかそれ以上に、幸せになろうって今は思える」

「……」

「だから今も楽しいよ。確かに色々あった後でこの平和もつかの間かもしれないけど、俺はこういう何気なく過ごす時間が好きだ」

 これは、俺の嘘偽りのない本心だ。

 かつては当たり前に享受していた日常も、今となっては貴重な時間。それも数秒後には崩れ去っているかもしれない。それほどの苦境に人類は立たされている。

 人は失って初めて物の大切さに気付くというが、アクシスに来て俺はその言葉の意味を噛みしめることとなった。

 シアという家族や、エリカやルナリアのような友人と過ごしているこの平穏な時間が何よりも愛おしい。

 故に、この時間を守りたいと強く思っていた。

 ……丁度いい機会だし、聞いてみてもいいかもしれない。

「そういうルナリアは何か辛いことでもあったのか?」

「私は、別に」

「嘘つけ。この際だから言っておくけど、最近変だったぞ」

「うっ」

 ルナリア自身心当たりはあったようで、痛い所を突かれたように呻く。

「どうしても嫌ならいいんだけど、話すたびにああいう反応されると正直言ってすげーもやもやする」

 何がもやもやするって、俺以外と話すときは割かし普通なとこだ。

 最初の頃なんか嫌われたと思って軽くへこんでたし。

「俺に落ち度があったなら直したいしさ」

「ち、違うの。春近は何も悪くないん、だけど……」

 しばらくの間難しい表情で悩み続けるルナリア。

 やがて俺の後押しが効いたのか、小さく溜息をついてから。

「……一番後悔してるのは、私なのかも」

「何を?」

「三日前の戦いで、春近を突き飛ばしたこと」

「ああ、あの時のか」

 まだ記憶に新しい、あの日の出来事。

 作戦の大詰め。最後の最後で俺は両親に刃を向けることを躊躇い、止まった時の中で迫り来る敵を前に身動きが取れなくなった。

 そんな中、まるで叱咤するように俺を≪グラビティボード≫から叩き出したのがルナリアだった。

 宣言通りに容赦なく、結構強めに押されたのを覚えている。

「でもああしなかったら、今頃みんな死んでるぞ?」

 あれが無かったら俺は『黒』に立ち向かうことも出来ないまま、ラッドやルナリア、そして他の仲間たちが全員殺されるのを見ていることしか出来なかっただろう。

 彼女の行為は褒められこそすれ、責められるべき点など何一つない。

 俺はそう思ったのだが。

「ええ、そうね。私も当時はああするしかないと思ってたわ」

「今考えたってあれが最善だったろ。確実に勝つためにはあれしか――」

「最善だったかもしれない。でも、もしあの時……」

 俺の言葉を遮るようにして、震えた声でルナリアは告げる。


「私が代わりに戦っていたら、春近に両親を殺させることなんてなかった」


 それを聞いた瞬間、時が止まったかのように感じた。

 周囲の喧騒がどこか遠くの出来事であるかのように小さく聞こえるほど、言われた言葉が頭の中で反響する。

 脳の理解が追いつかないくらいの衝撃。

 だが感情は即座に「違う」と叫んだ。

「違う、それは――」

「動けるようになった時点で気づくべきだった。なのに私は迫る敵を前にして冷静に考えることもできなくて、あんな方法しか取れなかった……!」

「……っ」

 否定しようとするも、血を吐くような告白に言葉を失う。

 口を噤む俺の前で、今まで胸の内に押し込めていたものを全てさらけ出すかのようにルナリアは喋り続ける。

「春近が躊躇ったのは正しかった。子供が自分の親を殺すことに拒否反応を起こすなんて当然のことよ。でも私がそれを促した……最初に全員で決めたことであっても、最後に背中を押したのは私なの!」

「ルナリア……」

「家族を失う悲しみは、私が一番知っていたはずなのに……」

 最後にそう言って、ルナリアは沈痛な表情のまま俯いてしまった。


 ……俺は、大馬鹿だ。

 俺にとっては「背中を押してもらった」という認識でも、ルナリアにとっては「友人が自分の両親を殺す手助けをした」という事実に他ならない。

 そんなことにも気づかず、俺は自分だけが辛さに耐えていると思っていたのか。

 自分だけが、救われたと思っていたのか。

「ルナリア」

 本当なら今すぐにでも俺自身を――この間抜けを思い切りぶん殴らなければ気が済まない所だが、もっと重要なことがある。

 返事はないながらも声は届いていると信じて、

「ごめん」

 そうしなければならないという確信に突き動かされ、俺は頭を下げた。

「……どうして春近が謝るのよ」

「あの時俺が躊躇わなければ……俺がもっと強かったら、ルナリアに重荷を背負わせることもなかった」

 元をたどれば、全ては俺があのタイミングで身動きが取れなくなったことが原因だ。自力で一歩目を踏み出す強さがあれば、彼女を悲しませることもなかった。

 しかし、ルナリアは小さく首を振る。

「躊躇うのは普通の反応って言ったでしょ。それに、春近は強いわよ」

「冗談。俺は全然強くないよ。シアがいなきゃ今だってウジウジと引きずってた」

「だとしても私よりは強いわ。私は三年前からずっと引きずり続けてる。気遣ってくれる人は沢山いたのに、乗り越えられてない」

「……」

「ねぇ、どうして春近は乗り越えられたの? どうしてこんなに悲しいのに、真っすぐ前を向けるの?」

 縋るようなルナリアの問いに、俺はどう答えるべきかわからなかった。

 強くなんかない。俺は彼女が言っているような、起こった悲劇を全て乗り越えてきたような人間ではないのだ。

 経緯は違えど、俺とルナリアの立ち位置に大きな違いはない。互いに両親を失い、それでも周りには自分を気遣ってくれる人々がいた。

 俺の場合はシアがいて、ルナリアの場合はノインや久道さんたちがいたはずだ。

 なのに、どうして……。

 当事者でない俺には三年前のことは効いた話でしかわからない。ルナリアのことについて知っているのは、この世界に来てからの九日間に関することだけ。

 その間彼女が一度も見せることが無かった弱みに対し誠意を示したかった。

 最初の出会いから今日ここに至るまでの記憶が走馬燈の如く頭の中を駆け巡る。能力を使っていないのに、たったの一秒が永遠にも感じた。

 ――これしかないか。

 足りない頭で必死に考え、俺は答えを決める。

 ルナリアが納得してくれるかはわからないが、他にはもう何も浮かばない。

 意を決して、弱々しく揺れる彼女の目を見て口を開き。

「俺は――」


「おーい、そこにいるのは春近にルナリアだな!」


「「……え?」」

 俺たちの名前を呼ぶ大きな声に、俺の言葉は遮られた。

 ルナリア共々ゆっくりと声がした方向へ顔を向けてみれば。

「……ふむ、これは邪魔をしてしまったか」

「そのようでございますね」

 神妙に頷く瑞葉さんと困ったように笑うミハイルさんが、少し離れた所でシアとエリカを連れて佇んでいた。

シリアスブレイカー瑞葉。

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