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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter02-5

 今のエリカの説明だと、変異体は広い空間を優先こそするがどこに現れるかはやはり完全なランダムであるらしい。

 しかしフューリーはあの時、管理局内が安全であると明言した。あれだけ広い敷地なら大量の変異体が現れたっておかしくないのに。

 よくよく思い返してみれば、俺が目を通した過去数年分の防衛戦の記録には、管理局の敷地内で発生した戦闘について一つも記述されていなかった。記述が無いということは、意図的に省いたのでなければそもそも戦闘が発生しなかったということになる。

 一体、どういうことなのだろうか。

「流石春近さん、いい着眼点ですね」

 問われたエリカは嬉しそうに笑う。

 ていうか流石って。俺はそんなに凄い奴じゃないぞ。

「ですが、その質問に答えるには先にウロボロス機関について説明する必要がありますね。春近さんはどれほどの知識をお持ちですか?」

「えーっと、確か管理局の地下にある次元エネルギーを生み出す発電所的な施設……ってくらいかな」

 殆ど、初日にルナリアたちから聞いた話まんまだ。そういやウロボロス機関に関しては全くのノータッチだった。

「大体の方はそんな認識ですね。ちなみに正式名称は円環式次元炉と言いまして、1994年に完成した世界初にして唯一の永久機関でもあるんですよ」

「え、永久機関って?」

「定義は少し複雑なので省きますが、ざっくり言いますとウロボロス機関は放っておいても無限に次元エネルギーを生み出すシステムなんです」

「へぇ……うん、すごいな」

「何よその感想は」

 隣のルナリアから呆れたような声が飛んでくるが、小市民の俺にはスケールのデカすぎる話だったから小学生並みの感想しか出なかったのだ。馬鹿丸出しである。

「次元炉の詳細について話しだすと主題から逸れてしまうので割愛しますが、管理局や一部の地域に変異体が出現しないのはこのウロボロス機関が深く関わっているとされています」

「一部の地域? 管理局以外にも安全な場所があるのか?」

「代表的なのはA-1……A区の一番ラインですね」

「そこって、確か瑞葉さんちがある通りだよな」

 A区の他のラインとは毛色の違う高級住宅地のような並びの中で、ひと際異彩を放っていた日本庭園付きの豪邸。前衛を張るガーディアンとして活躍する一方、実は超が付くお嬢様でもある瑞葉さんの家があるのもA区の一番ラインだったはずだ。

「あそこがあんな感じなのって、もしかして安全で地価が高いからなのか?」

「いえ、あの辺りは都市設立初期に入植してきた方たちが住んでいる区画と言うだけで、安全性とは無関係です。完全に偶然ですね」

「あ、そうなんだ」

「はい。管理局とA-1に共通しているのは、付近に巨大な次元エネルギーの流れが存在している点です」

 エリカが新たな画像を二枚表示させる。

 片方は、パッと見だと広い球状の部屋の内側を映したものだった。壁面には都市の路面や≪リンカー≫に刻印されている光学回路がびっしりと刻まれている。部屋の中心にはどういう原理なのか支えも無しに虹色の光球が浮遊していて、土星の輪のような金属製のフレームが幾重にも周囲を囲っている。これが恐らくウロボロス機関の外観なのだろう。

 隣の画像は、どうやら都市全体のエネルギーラインを示しているらしい。外壁に囲われた円形に近い土地には血脈のような経路が張り巡らされているが、幾つかの箇所で他のものより何倍も太いラインが都市の中心から外壁を突き抜けて真っすぐに伸びている。その内の一つは話に出てきていたA-1とぴったり重なっていた。

「管理局は言わずもがな、最下層に存在するウロボロス機関。A-1の直下には東京へ次元エネルギーを供給するための海底ケーブルに繋がるラインが確保されています」

「ここから東京までエネルギーを送ってるのか!?」

 正確な位置までは把握していないが、都市は太平洋沖に浮かぶ無人島を開拓したものだって話は聞いたことがある。

 どうしてわざわざ、海を隔てて遠く離れた場所からエネルギーを送る必要があるんだろう。

「ウロボロス機関は都市にしか存在しないからです。今この世界で次元エネルギーを生成可能なのは、本当にアクシスだけなんですよ」

「他の国も次元炉の開発自体には着手していたが軒並み失敗に終わってね。東京のみならず、現存する全国家へ都市は一定量の次元エネルギーを供給しているよ」

 補足しながら、フューリーはチラリと足元へと視線を向ける。

 その目には床ではなく、遥か地下深くで今もなお稼働し続けているウロボロス機関が映っているようで。

 ……気のせいだろうか。

 彼女がただ下を向いているのではなく、寂し気に俯いているように見えるのは。

「都市の次元炉にしたって稼働したのは奇跡に近い。私と共に開発を主導したライト教授も完成と同時に亡くなってしまったから、当時の条件を再現するのは殆ど不可能だ」

「じゃあ、もう新しく次元炉を造ることはできないのか?」

「少なくとも円環式はね。私たちも核となっている時空歪曲技術の全てを継承できた訳ではない。あの奇跡はライト教授がいたからこそ起こせた奇跡だ」

 あのフューリーをしてここまで言わせるとは、ライト教授はよほど凄い人物だったのだろう。この世界にとって彼は正しく偉人なんだな。

 偉大な先輩ほど世の中に貢献できるかは知らないが、俺ももう少し自分の能力に対する理解を深めべきかもしれない。

「一応、他国でも次元エネルギーを一か所になるべく多くプールして安全地帯を造りだす試みがなされているんですが、結果は芳しくないようですね」

「仕方がないわよ。大元のエネルギー源が存在する都市とは事情が違うもの」

「だろうな……そう言えば、何で有線でエネルギーを送るんだ? ≪リンカー≫みたく無線で送ればいいのに」

「都市機能を賄うレベルのエネルギーは≪リンカー≫だと受け入れられないんですよ。大型のものを造ればどうにかなるかもしれませんが、実質不可能ですし」

「≪リンカー≫も時空歪曲技術の産物だからね。他国へ供給しているエネルギー量を受信可能なサイズを造ろうとすれば、恐らく起動した瞬間に発生する空間の歪みで国ごと消滅するだろう」

「おっかな!?」

 そりゃ無理ですわ。ていうか結構とんでもないもんを腕につけてんだな俺たち。

 なんだか急に怖くなってきた。手首の辺りが冷や汗をかいている。

「だからこそ≪リンカー≫にはオーバーフロー防止の強制停止機能や基幹部のパージ機能を始めとした安全対策が多重に仕込んである。そう怯えなくても大丈夫だよ」

「ビ、ビビってねえし!?」

「その割には声が上ずってるじゃない」

「……ルナリアは平気そうだな」

「普段使ってる次元兵器だって一歩間違えば取り返しのつかないことになるし、今更って感じかな」

「あ、それもそうか」

 一理あった。

 別に≪リンカー≫に限らずとも、暴走したらヤバいものなんてこの都市には腐るほどあるじゃないか。

 なんだ、怖がって損した気分だ。

「膨大な次元エネルギーが変異体の出現を抑制する理由は未だ推測の域を出ておらず、様々な説が飛び交っています。最も支持されてるのは次元場説と均一化説ですね」

「ちなみに、どちらも私が提唱しているものだよ」

「ふーん、そいつはすげえや」

「すこぶるどうでも良さそうだな」

「で、その二つは何が違うんだ?」

「まさかの無視!?」

 一々フューリーの言動に対してリアクションを取っていたら余計に長引いてしまう。普段ならともかく、今回はエリカの話を聞くために時間を取っているのだ。

「うーん、強いて言うなら次元エネルギーの薄い場に誘導されるか、強い次元エネルギーから反発力を受けているかの違いですかね」

「わからったようなわからないような……」

「まあ大した違いはありませんよ。結果的には同じことを論じていますから……では続いて、変異体の現時点で判明している生態についての解説に移ります」

 エリカが佇まいを直したのを合図に、今まで表示されていた画像がすべて消える。

 代わりに新しく表示されたのは、大小異なる種類の変異体を撮影したと思われる四枚の写真だった。

 そして、その中の一つには、見覚えがあった。

「これは……」

 いや、そんな生易しいものじゃない。

 四枚目の写真に写る変異体は、この先二度と忘れようがない存在だ。

「変異体は同一個体というものが存在しないため、基本的には大きさによる区分となっています。ですが皆さんもご存じであるように、通常の枠組みには収まらない特殊なタイプの変異体も確認されています」

 エリカが他でもない『黒』の写真を示しながら、その存在について言及する。

「四枚目の画像はもっとも直近に現れた特異個体です。識別名は『クロノス』……あ、識別名と言うのは討伐された特異個体に対して付与される名称です」

「時を司る神……彼らの持っていた力を鑑みれば妥当なネーミングだね」

 クロノス――微妙に『黒』と被っているのは多分偶然だろう。

 俺がそれ以上に驚いたのは、三日前に倒した二人以外にも特殊な能力を持つ変異体が存在していたということだった。

「前にも、あんな強力な変異体が現れたのか?」

「あはは。もし春近さんがこちらへ来る前に現れてたら、今頃人類は滅亡してますよ」

 俺の問いに対し、エリカは困ったような顔で笑った。

 確かに、同じ時間操作能力を使ってようやく同じ舞台に立てるような相手だ。俺がこっちの世界に来る前には対処のしようがない。

 少々、考え足らずな質問だったか。

「『クロノス』は規格外でしたが、以前にも他の変異体にはない特定の情報に対する干渉能力を持つ個体は確認され、討伐されてきました」

「都市に現れたので一番強かったのは四年前の『スルト』かな。あの迎撃戦で秀一君以外の常駐組は全滅してしまったくらいだ」

「そいつも充分規格外なんじゃねえの!?」

「奴の炎熱操作は相当な威力だったが、それでも時間操作に比べれば児戯に等しいよ。もっとも被害が出ている以上、馬鹿にできたものでもないね」

 当時ガーディアンが何人いたかは知らないが、大損害であるのは間違いない。

 もしかして都市の規模に対してガーディアンが八人しかいないのって、一度壊滅したのとなりたがる人がいなくなったからじゃないのか?

 フューリーが俺を勧誘した時に死亡率は減ってきていると言っていたが、単に少数精鋭化していっただけのような気がした。

「特異個体を除く全ての変異体に共通する性質として、まず人間であれば無差別に襲い掛かってくるというものがあります。捕食をすることもありますが、基本的にはただ殺すことだけが目的のようですね。如何なる理由なのかは未だ不明です」

 エリカ曰く、消化器官や口すら持っていない変異体だろうとお構いなしに人を殺していたらしい。このことから捕食自体は目的でないとされているようだ。

「また、遺伝子の構造が同じ個体が存在しないので基本的に繁殖は不可能なようですね。分裂する可能性はありますけど」

「何それ嫌すぎる」

 戦う上で厄介以前に、もうその光景自体が精神衛生上に悪いのは間違いない。ルナリアも俺の言葉に頷いているあたり、同じ気持ちのようだ。

 今のところ分裂する個体はまだ確認されていないようだが、発見した場合は全力で撃滅しなければならないだろう。

「あと語るべきことと言えば、全個体に備わっている探知能力ですね。変異体はどういう訳か人間の存在している場所を正確に把握し、そこへ向かう習性があります」

「目とか鼻が優れてるんじゃないのか?」

「感覚器を持たない個体が五〇メートル以上離れたガーディアンに襲いかかったという記録から、人間の存在情報を直接感じ取っているのではないかとされています」

「ほう、存在情報を直接か」

 試しに、時間操作を使う時のように意識を集中してみる。だがいくら頑張ってみてもそれらしきものは微塵も感じ取ることは出来なかった。辛うじて近くにいるルナリアの気配を感じるが、これは別に能力とかは関係ないだろう。

 根本的に同じでも、転移者と変異体では勝手が違うらしい。

「やっぱ駄目か」

「何が?」

 独り言のつもりだったのだが、すぐ隣にいたルナリアには聞こえてしまったようだ。

 別段隠すようなことでもないし、素直に白状した。

「いや、俺にも変異体みたく存在情報見えないかなーって。普通に無理だったけどさ」

「何それ、馬鹿みたい」

「ド直球かよ!?」

 自覚はしていたが、こう面と向かって言われると凹むんだよなぁ。

 項垂れる俺を放置して、ルナリアはエリカの方へと向き直っていく。


「春近にそんなこと出来る訳ないじゃない……本当に、馬鹿みたい」

 その際に発せられた気がした声はあまりに小さく、アホのように呻いていた俺の耳に届くことはなかった。

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