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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter02-4

 変異体(ヴァリアント)

 この世界に何処からともなく出現する人類の敵にして、見方次第では俺の同類とも言えるかもしれない存在。

 全くの未知であった敵の正体や性質に関しては、こっちの世界に来てから自分で調べたりフューリーから聞いたりした情報と、あの日に知らされた真実によってある程度の知識がついている。

 だが、それでもわかっていないことの方が多いというのが現状だ。知識として身についているのはは戦闘で踏まえておく必要のある奴らの習性や、過去に出現した中で強力な個体に関するデータといった限定的なものだった。

 どうやらエリカは変異体について専門的に扱っているらしい。レポートの内容についてもそうだが、いまいち得体の知れない敵に関する情報は少しでも頭に入れておきたいものだ。彼女に聞けば色々と教えてくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、エリカをじっと見つめていると。

「……春近って、やっぱりロリ――」

「違うって! ただエリカが書いてきたレポートのテーマが気になっただけだから!」

 いよいよもって確信を深めたようなルナリアに必死の反論。ホント勘弁してつかぁさい。

 弁明のために発した言葉だったが、エリカはしっかりと拾っていたらしく。

「気になりますか!?」

「え!? ま、まあ割と気になっていると言いますか」

「なんと……素晴らしいです!」

 何故か感激されてしまった。

 こっちがポカンとしている間も、エリカは拳をグッと握って熱く語り続ける。

「ガーディアンがいくら実地試験が主な仕事と言っても立派な研究室所属の研究員なんですからやはり変異体に対する学術的な造詣も深めるべきなんですよ。数式や定理だって根底にある導出過程や理論を踏まえてこそ真の理解を得られるじゃないですか。若輩の身で言うのもおこがましいんですが最近の方々はその辺りの認識が少々甘いようで困ってしまいますね!」

 もうめっちゃ語る。

 誰に似たのか、自分の得意とする話題となるや凄まじい饒舌っぷりだ。やっぱり血は争えないのか。

 俺はチラリと、ルナリアの方を見る。

「な、何よ」

「いや別に。ルナリアはその辺りの認識どうなのかなーって」

「私はそこそこ勉強してる方よ……たぶん」

「たぶんって」

 若干自信なさげなルナリアだが、自分で言っている通り変異体に関する知識は結構豊富だ。俺が持っている知識の一部はルナリアから学んだこともあるくらいだし。

 少なくともラッドやフィーダと比べれば全然マシだろう。前者はいかにも勉強嫌いそうな雰囲気醸し出してるし、後者に至ってはそれ以外の全てを切り捨てる勢いで自分の趣味に全力過ぎるし。ノインは……よくわからん。ぶち殺しゃ同じとか考えてそうだ。

 射撃場にいるであろう三人について思いを馳せていると、レポートという単語に反応したフューリーが口を開く。

「ほう、レポートというと前に言っていた変異体についての?」

「うん。実験の見学ついでに見て貰おうと思って」

「ふむ……では折角だし私と春近君たちにレポートを発表してみたらどうだい? 私は添削ができるし、同時に彼の知的好奇心も満たせる」

「なるほど! お母さんにしては珍しく名案だね」

「はっはっは、一言余計だぞ。まあ春近君たちは後に予定もあるようだし、無理にとは言わんが」

「うーん、そうだなぁ」

 願ってもない提案であるが、指摘された通りこの後はシアのための買い物へ行く予定なんだよな。俺一人なら良かったんだが、付き合ってくれているルナリアを余計に引き留めるのは申し訳ない気がする。

 伺うような視線を察してか、ルナリアは溜息を一つ。

「買い物自体に時間はそんなかからないだろうし、話くらい聞いていってもいいんじゃない?」

「……なんか、気を使わせて悪いな」

「気なんて使ってないわよ。私も、少し気になったから」

 ルナリアはそう言ってくれるが、世話になりっぱなしでは男が廃る。買い物のときに何か甘味でも奢ろうとひそかに決心した。

 でも「気になった」というのは俺を気遣っての言葉でもないらしい。部屋の隅から椅子を持ってきて座り、エリカの話を待つ表情は真剣そのものだ。

 俺も彼女に倣って実験の時に使っていた椅子に再び座り、フューリーは――

「よっと」

「空気椅子!?」

 徐に何もない空中に腰を掛けた。しかもよく見たら完全に両足が地面から離れている。脚の筋力どうこうでどうにかなる問題ではなく、もはや空気椅子なんてレベルじゃなかった。

「フフフ、驚いているようだね」

「驚くだろ普通! 一体どんなインチキしてんだ!?」

「インチキとは心外だなぁ。これは≪コーディネイトアンカー≫という立派な次元技術だよ」

「何だよそれ初耳なんですけど!?」

「物体の空間座標を固定する装置です。範囲の設定や起動のタイミングが難しいんですけど、慣れると面白い使い方が出来るんですよ」

 今目の前でフューリーがやってるみたいにか。面白いっちゃあ面白いけど、やってる人物が人物だけにかえって不気味だ。実は魔女ですとカミングアウトされても驚かないぞ俺は。

「補足どうも。ちなみに私は今、空中に固定したスカートに座っている」

「……それ、今する必要あった?」

「ない!」

 即答だった。

 これ以上相手にするのもアホらしいので、俺はフューリーから視線を外す。

 しかしエリカの言う通り、≪コーディネィトアンカー≫自体は面白い次元技術だ。もしかしたら瑞葉さんが周囲に何もない空間でジャンプしたりワイヤーを張り巡らせたりしてたのは、これによるものなのかもしれない。今度会ったら詳しく聞いてみよう。


「コホン。では準備が整いましたので私、久道エリカによるレポートのプレゼンテーションを始めさせていただきます」

 椅子に座る二名と結局空中に浮いたままの一名を前にして、発表に慣れているのかエリカは特に気負う様子もなく切り出した。

「今回のテーマは『変異体の発生メカニズムと、その生態についての考察』となっています。序論では公開情報として誰でも得られる変異体の情報を簡単にまとめていますが、この場にいる方々は既にご存知だと思いますので省きます」

 おっとそう来たか。

 だがネットで検索すれば出る程度の情報なら網羅出来ている……はず。少々自信はないが、他の二人が平然としているので俺も特に口は挟まないでおく。

「踏まえておくべき情報として、彼らは平行世界――つまりこことは違う異世界から来た存在であることが挙げられます。主な根拠は二つ」

 そう言ってエリカは指を二本立てる。

「一つは、平行世界の存在が既に確認されていたこと。もう一つは、オーバーフローの影響を受けた人体が変異体と酷似していたことです。どちらもライト・シェーファー教授の出現に伴って明らかになった情報です」

 ライト教授の名前はフューリーとの会話で散々出て来たからすぐにピンと来た。この世界で確認された最初の転移者で、俺の先輩ともいえる存在だ。既に亡くなっているようで、調べたところ実験中の事故による死亡とだけしか情報は出なかった。色々と謎の多い人物である。

「当時についての詳細は1992事件に関する報告、通称『Dレポート』を各自参照して頂くとして、ここからは変異体の発生メカニズムについて説明をしていきます」

 この辺りは『黒』との戦いの際にフューリーから聞いた話と殆ど同じだった。

 世界移動に伴う存在情報の欠損と、欠けた存在同士による補完。結果として生まれるのが複数の生物の特徴を持つキメラめいた変異体であり、限りなく欠損がゼロに近く補完を経ることなく世界を渡り切ったのが転移者であると。

「1992事件で確認された死体と変異体の違いは、前者があくまで人だけで構成されていたこと。これは彼らの出発点が無菌状態の研究施設内だったことが原因とされています」

 つまり人以外に混ざる対象がいなかったということか。人以外の生物同士が混ざった姿も充分に不気味だが、人だけで出来た変異体というのはまた違ったベクトルで精神に来そうだ。

 例の『Dレポート』も目を通すことになるかもしれないが、その時は覚悟しておこう。

「そして最も大きな差異は、後者が死骸となることなく命を保っていたこと。1992事件ではライト教授を除く全人物がオーバーフローによって死亡していたのに対してです」

 これは俺も気になっていた部分だった。

 ライト教授が一人だけ生き残ったことについてはまだ説明がつく。彼は歪みの最も小さい部分を通って来たとされ、彼以外の人物は大きすぎる歪みに負けて息絶えてしまった。

 しかし俺の場合はどうか。

 同じ理屈で言えば、俺も歪みを最小限に抑えてこの世界まで辿り着いたのだろう。しかし見た目も存在情報も歪みに歪みまくった変異体たちは、死骸どころか現れて早々現地民をぶち殺すくらい生命力にあふれている。

 このことから導ける推測は――

「このことから導ける推測は、ライト教授の行った時空歪曲と変異体、延いては春近さんの出現要因となった現象は似て非なるものであると考えられますね」

 奇しくも思考とエリカの発言が一致する。

 フューリーも空が割れるなんて現象に心当たりはないと言っていた。共通事項の多さから一応は似た現象とされているものの、本質は全くの未知だ。

「残念なことに、極度なサンプルの少なさから今日に至るまでこれらの差異を決定づける要素の断定はできていません」

 残念そうに言うエリカだが、無理もないだろう。何せまともな会話ができるサンプルと言えば俺とライト教授のみ。一人は故人で、もう一人は知識ゼロのペーペー。自分で言ってて悲しくなってくるくらい役立たずだな俺。

 自滅気味に沈む俺とは違い、エリカは打って変わって明るい声になる。

「ですが過去の調査から変異体の出現条件や生態といった情報はかなり高い信憑性のあるものが得られていて、初期と比べて人類の生存率も飛躍的に上昇しました」

 話の進行に合わせて複数の画像が眼前に展開される。その内のいくつかは見覚えのあるものだった。

「まず変異体は広い空間を優先して出現します。大型の個体が直立状態で存在不可能なスペースに現れた例は現状、一度も確認されていません」

「え、そうなのか?」

「はい、それを利用した対策も様々なんですよ」

 思わぬ情報に思わず声が出てしまった。

 エリカは特に気に障った様子もなく、追加で説明を入れてくれる。

「東京が良い例ですね。あそこは大量のブロックをパスでつないだ、蟻の巣のような構造になっているのですが、一ブロックごとの容積や天井の高さには厳密な規定があります」

「中で暮らす人間が最低限生活可能なスペースのみを確保する手法だね。切り詰めるのにも限界はあって、小型の変異体が数体現れてしまうことはあるようだが」

「都市の場合は左上に表示されている充填式シェルター……特殊な液体で地下空間を満たし、非常時にのみ液体を抜いて空間を解放する方式を取っています」

「あのシェルターってそんな仕組みだったのか……知らなかった」

 避難誘導をできるようにシェルターの場所自体は把握しているんだが、実際に中を見たことは一度もなかった。

 なるほど、変異体が出現してから避難するための空間をつくるのか。考えてるなぁ。

「そして有名な話として、変異体の出現周期は概ね一か月程度と予測されています。誤差は前後三日間とされ、トータルで一週間の幅がありますね……もっとも、確実にこの周期に則っているとは言えないのですけど」

「……そうね」

 最後の方は、ルナリアの方を伺いながら言葉を濁したエリカ。ルナリアは表面上気にしていない風を装っているが、心なしか膝の上に置いた手を強く握っているように見えた。

 三年前に発生した、周期から外れた変異体の出現。最後の防衛戦からたった三日しか空けずに始まった侵攻により比較的安全だった都市ですら大きな被害を被った。その中で犠牲になった市民には、他でもないルナリアの両親も含まれていたのだ。

 普段こそそんな様子は微塵も見せないルナリアだが、彼女もある意味俺と似た孤独を背負って生きてきているのかもしれない。そう考えると、こちらの胸も小さく傷んだ。

「えっと、これに関しては予想出現期間の外出を自粛することである程度被害を抑えられています。ただ仕事や個人の都合上、一週間ずっと屋内にいられなかったり、どうしても出かけなければいけない予定があったりするので」

「巻き込まれた場合、不幸と言うしかないだろうね」

「不幸、ね」

 こっちの世界に来たばかりでフューリーから元の世界に帰れないって聞かされた時は、正しく不幸って感じだったな。あの時は心が欠けていたからすぐに立ち直ってたし、今では自暴自棄にならなくてよかったと心底思っているが。

 まだ半月も経っていないってのに、色々ありすぎてもう何週間も前のことに感じる。そういえば、変異体の出現周期が一か月だったりたまに外れることがあるって話を聞いたのも……ん?

「エリカ、一つ質問いいか?」

「はいどうぞ」

 過去の記憶から非常に重要そうなワードを発掘した瞬間、俺は咄嗟に問いかけていた。

 快く応えてくれたエリカに俺はあの日――最初に目覚めた部屋で聞いた言葉を丸ごと思い出しながら、


『そこまでしても、不定期なことに変わりはない。人的被害は一割以下とはいえ出てしまうし、運が悪いときは最初の出現から三日後なんてこともあった。あの時は安全な局内(・・・・・)も阿鼻叫喚の騒ぎだったよ』


「管理局内には、何で変異体が出現しないんだ?」

院試関係で更新頻度が更に落ちるかもしれません……末永くお付き合いください<(_ _)>

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