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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter02-3

「そっちの準備はいいかい?」

「問題ない」

 数メートル離れた位置のモニターに並んで立つフューリーの呼びかけにそう返す。一般的な病室くらいの広さの部屋には殆ど物が置かれておらず、俺はモニターの正面に置かれた椅子に座っている。ルナリアとエリカは壁に寄って様子を見守っていた。

「では、まずは準備運動といこうか」

 返事を受けたフューリーが、モニターの電源を入れた瞬間。

「――っ!」

 俺は意識を集中させ、途端に世界の在り方が急変した。


 全てが大幅に減速する。今なら宙に舞う埃の一つ一つを正確に数え上げることができるだろう。微かに聞こえてくるノイズのようなものは、本来の可聴域を超えた振動すらも音として認識してしまうほどに感覚が加速しているからか。

 両親と――『黒』との戦闘以来、俺の得た時間操作能力は大きな変化を遂げていた。

 まず、今まで使えていた技の性能が大幅に向上していた。時間拡張は加速倍率の上限が増え、時間遡行は戻す速度が格段に上昇している。更にこれらを使用する際に発生した悩みの種である頭痛も、前と比べてかなり軽くなっている。

 休み休みでしか使えなかったのに、随分と扱いやすくなったものだ。

 そして、実験の内容はと言うと。

「くそ、英語とか嫌がらせかよ!?」

 画面の中を右から左へと流れていくアルファベットの文字列を、俺は足りない英語力で必死に読み解いていく。

 今行っているのは、モニターに順次表示されていく文章を正確に読み取り内容を把握できるかどうかの、実験というよりかは確認だ。本命の実験は別に控えており、これはウォーミングアップのようなものである。

 開始から体感時間で一〇秒程度。最後の一文字が画面外へと消え、モニターの電源が落ちた時点で俺は加速を解いた。


 時間の流れはすぐさま正常なものへと戻り、聞こえていたノイズもぱったりと止む。急激な感覚の変化に伴う違和感と下手をすれば気のせいにすら感じるほど小さな痛みが後に残るが、どちらも大したことはなかった。

「はい終了。さあ春近君、モニターには何と表示されていたかな」

「え、今あそこに何か映ってたの?」

 本当に思わずといった感じで、壁際からルナリアの困惑したような声が上がった。

 誤解を招かないように言っておくが、彼女の反応は至って正常だ。

 何しろルナリアやエリカ、そしてフューリーの視点からすれば、あのモニターは一瞬だけ電源が点いたようにしか見えていなかっただろうから。

 この場で画面に文章が表示されていると認識出来ていたのは、時間拡張による意識加速を行っていた俺だけになる。

 しかし肝心の文章が英語だったのだ。言いたいこと自体は何となく読み取れたけど、若干フィーリングの混じった解釈となっていた。

「えーっと、『私はフューリー・バレンタインまたは久道フューリー。一三歳の娘がいて、得意料理は肉じゃが』……すげーどうでもいい上に、これさっき考えただろ」

 いくらなんでも話題がタイムリーすぎる。

「さあ何のことやら……とまあこんな感じだ。簡単な試験だが、これだけでも春近君の能力の一端が見えてくる」

「あの、今の映像ってどれくらい速かったんですか?」

「電源がついてから全ての文章が流れ切るまで一〇ミリ秒といった所かな」

「モニターの横幅と文章の長さを考えると、音速は軽く超してます。人間ではまず視認不可能ですけど、しっかり認識出来ているみたいですね」

 フューリーから得た情報から、エリカは即座に文章の表示速度の目星をつけていた。さらっと計算してのける辺り、地頭の良さが伺える。

 ルナリアはいまいちピンと来ていないらしく、更に眉間のしわを深くしていた。

「まあこれはあくまで準備運動。本命の実験はここからさ」

 不穏なことを言いながら、フューリーは何かと不穏なものが出てくる白衣のポケットへ手を突っ込み。

「――なっ!?」


「待ったは無しだ、春近君」

 取り出したハンドガンの引き金を、一切の躊躇なく引いた。


 当然、予測済みである。

 銃口の奥で光が瞬いたのと殆ど同時に、ガコンと。

 いつの日か聞いた、あの音が。

 世界の根幹に組み込まれた歯車が外れるような音が、頭の中で鳴り響く。

 時間拡張の時よりも変化は劇的だった。視界に移るあらゆる物や、今まで聞こえて来た数多の音。それら全てが完全に停止し、消えた。ニヤリと笑うフューリーも、銃を見て色めき立ったルナリアも、目をまん丸く見開いていたエリカも。各々の表情や体勢は、瞬間を切り取った写真のように静止していた。

 この止まった世界を認識した上で動けるのは、止めた本人である俺だけ。

 これこそが、俺の能力に起きた最大の変化だ。『黒』を最大の脅威とせしめていたあの時間停止を、俺は自力で行えるようになっていた。

 他の二つの能力が併用できるのに対し、時間停止中は拡張も遡行も使えなくなる。ただし時間を止めるということの恐ろしさはあの戦いで全員が体感したことだ。味方に回せばこれほど頼もしい力もそうないだろう。

 しかしいいことばかりではない。力が併用できないのは次元兵器が使えるのであまり問題にならないが、致命的なのはやはり頭痛である。頭痛からは逃げきれなかった。

 止められる時間はマックスでも一分が限界。それ以上止めようとすると、能力の使用中にも関わらず頭痛が生じ、解いた直後には意識すら保てなくなる。

 他の二つとは比にならない負荷がかかっているというのがフューリーの見解で、これといった解決策はないようだ。節度を持った使用をするしかない。

 ぶっちゃけた話、わざわざ時間を止めなくても時間拡張で大体どうにかなってしまうのが現状だ。それこそ無理やり≪アクセラレーター≫で同じ速度域に踏み込んでくる久道さん並みの怪物相手でなければ使う機会もあるまいて。

 こんな風に、人から銃を撃たれるなんてこともそうないだろう。

「よし、そろそろ避けるか」

 さて。一分以内なら意識は失わないとはいえ痛いもんは痛い。

 近距離で発砲された割には随分と呑気なものだが、現に銃弾は銃口から少しはみ出たくらいの所で止まっている。一歩射線からずれてしまえばそれで終わりなのだが……。

 せっかくルナリアやエリカが見学に来ているのだし、もっとわかりやすく避けてやろう。

 と言う訳で、俺は彼女らがいる壁際の方へスタスタと歩いていき、誤って接触してしまわないよう細心の注意を払いつつルナリアの横に陣取る。

 長く止めているほど後が辛いので、位置についたらさっさと時間停止を解いた。


 カチリ。

 もう何度となく聞いた歯車が正しく噛み合うような音と共に、停止していた時間流は再び流れ出す。

 同時に、フューリーの持つ銃から飛び出た弾丸が俺のいた場所を通過し、壁に当たって粉々に砕けた。跳弾防止の脆い弾丸だったらしい。あれなら当たっても滅茶苦茶痛いで済んでいただろう。

「っ……!」

 直後、さっきとは比べ物にならないハッキリとした頭痛が襲い来る。こればかりは慣れようもないし慣れたくもなかった。

 今の時間停止は一〇秒程度だからこれで済んでるが、長くなればなるほど解除後の反動も順当に大きくなる。これもまた、時間停止を進んで使う気にならない理由の一つだ。

 いっそのこと弾丸食らってた方が時間遡行で治せる分ダメージは小さかったかも。

「ちょっと室長いきなり何を――ってあれ、春近は?」

「こっちだよ」

「え、何で横から声が……ひゃあ!?」

 俺の存在に気付いたルナリアが、飛び上がりそうなほどに驚いた。予想通りのリアクションをしてくれたので、少しは痛い思いをした甲斐があったかもしれない。

 よほどびっくりしたのか、のけ反ったまま酸欠の鯉みたく口をパクパクしているルナリアとは対照的に、その後ろにいるエリカは目をキラキラさせている。

「今のが時間停止ですか! 客観的には≪ブリンカー≫と似た現象でしたけど転移直前のノイズもなかったですし完全に別物ですね! お母さん今の映像撮ってある!?」

「あるから落ち着きたまえ。春近君がドン引きしてるぞ」

「ハッ!? す、すみません私としたことが……」

「お、お気になさらず」

 意図せずしてこちらも変な対応になってしまう。

 別にドン引きはしていない。ただ少し、勢いに圧されていただけなんだ。テンションが上がると口数が増えるのはやっぱ親譲りなんだな。

 こうして興奮するエリカを諫めるフューリーは普段の胡散臭さが振り切れている科学者像とは違い、人の親をしているようで新鮮だった。

「頭の具合はどうだい?」

「もう痛みは引いたけど、相変わらず酷いぞ。連発はできそうにない」

「だろうね。人の身には過ぎた力なのだから、相応のリスクはあるとも」

「人の身、か」

 かけられた言葉を反芻し、気づけば自然と自分の手のひらを見つめていた。

 何てこともない、普通の手だ。いつか見た変異体のような鉤爪でもなければ、皮膚の代わりに鱗が張っている訳でもない。見た目こそ、ただの人間と変わらなかった。

 しかし『黒』と戦う前と後とでは、能力の性質に明確な違いがある。好意的に捉えるならば、力が進化したとでも言うべきか。

 でもその本質は、やはり『変異』なのだろう。

 目に見えた変化はなくとも、より根本的な部分――存在情報への影響は既に誤魔化しようがないほどに表層化してきている。

 両親を手にかけ、時間流が正常化する際の反動を受けた結果だとするならば。

 これはある意味、人の道を踏み外した罰であるのかもしれない。

「なぁ、フューリー室長」

「何だね?」

 先ほど録画していたらしい映像の解析作業を行っていたフューリーへ、俺は問いかける。

「能力を使い過ぎた場合、どんな影響が出ると思う?」

「さて、どうなることやら……」

 この質問に対し、フューリーは言葉を濁した。

 表情から察するに、ワザとと言うよりか本当に答えようがないといった様子だ。

「前例がない症例であるし、存在情報に関する研究自体が最近のものだ。最も精通していたであろう私の祖父も、零次元圧縮が完成した直後に没してしまったしね」

「存在情報は兵器への応用が難しいとされていて、殆ど研究が進んでいないというのが現状ですね。私が将来的に取り扱いたいとは思っているんですが……」

「やっぱりエリカも研究者志望なんだな」

「はい! わからないことがわかるようになるのは楽しいですし、何より人々のためになりますから!」

「……ホント、親がフューリー室長とは思えないくらいいい子だなぁ。よしよし」

 感動のあまり、丁度いい高さに頭があったこともあって朝シアにやったようにエリカの頭をポンポンとしてしまった。

 エリカは若干驚いたような顔をするが、すぐにほんのり頬を染めて「えへへ」と嬉しそうに笑った。

 何この可愛い生き物!?

 全身を電流が駆け巡ったような衝撃が俺を襲う。

「おやおや、親の前で一三歳の娘を誑かすとは。晴近君はロリコンかな?」

「ひ、人聞きの悪いことを言うな! 俺は至ってノーマルだっ!」

「冗談だよ冗談。ところで、私も一応世のため人のために日々技術の発展へ貢献している科学者筆頭なのだが?」

 なんだ、自分も褒めて欲しいのか。

 でも残念なことに、俺の手は一人用なんだ。

「久道さんに頭撫でて貰えば?」

「……それは君、この年になると少々ハードルが高いよ」

 俺の提案は推定三〇代後半のフューリーには厳しいみたいだった。

「――ちょっと何してんのよ!?」

「あ、正気に戻った」

 ようやくショックから立ち直ったらしいルナリアが、俺の方を見て再び大声を上げる。

 この「何してんのよ」は、たぶん未だにエリカの頭を撫で続けていたことに対するものだろう。

「ほぼ初対面の、しかも年下の女の子にそんな気安く……もしかして春近ってそういう趣味なの? まさか、シアにまで変なことしてないでしょうね!?」

「す・る・か!! フューリーといい何で俺をロリコンにしたがるんだよ! 俺は至ってノーマルだっ!!」

 大切なことにつき、本日二度目の宣言である。

 妹に手を出すとか人間としてアウトでしょうが。こっちの世界での法律でどうなのかは知らんが、ウチのシマではご法度だ。

「……ならいいんだけど」

「そこまで安心されるって、どんだけ深刻に思われてたんだ」

 心底ホッとしたように胸を撫でおろすルナリアを見ていて、とても複雑な気持ちになった。

 俺って、そんなに信用ないん?

「春近君はこの頃危なっかしかったからね。ルナリア君が安心するのも無理ないことさ」

「それは少なくとも性癖に関する心配じゃないよね!?」

「さて、どうだか」

 肩を落とす俺を見てニヤニヤしながら、フューリーはハンドガンをポケットに仕舞い。

「実験自体はこれで終了だ。データの解析とかはこちらでやっておくから、君らはもうデートに行ってもらって構わない」

「デデデート!? ち、違いますただの買い物です!」

「おや、そうだったかな。しかし男女二人でお出かけというのは、世間一般で言う所の――」

「ただの買い物です!!」

 顔を真っ赤にして否定に走るルナリアだが、それをフューリーは柳のようにいなしてしまう。この辺は相性というか、人生経験の差が如実に表れているとでも言うべきか。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、

「うーん、ここの出典はもうちょっと明確にしないとダメかな……」

 隣にいたエリカが、虚空を見つめながら唸っていた。

 この一場面だけを切り取ると将来が心配になる絵面だが、単に視界へ投影された情報を読み取っているだけである。この都市においてはよくある光景だ。

 出典がどうのとか言ってたけど、何のことだろう。

「何見てるんだエリカ、宿題か?」

「はい。学習プログラムからの課題でレポートがあったんですけど、先程の存在情報に関する会話で思い出したので母に添削してもらおうかと」

「へぇ、どんな内容なんだ?」

 純粋に興味が湧き、尋ねてみる。

 するとエリカは得意げな笑みを浮かべて、


「変異体の発生メカニズムと、その生態についての考察です! 一応、私が大学課程で取り扱ってるメインの研究テーマでもあるんですよ」

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