Chapter02-2
必要になったので、Chapter02のサブタイトルに時刻を追加しました。
ルナリアを伴って実験棟の一室へ向かうと、ドアの向こう側から何やら言い争いをしているような声が聞こえて来た。
内容は言い争いというより、一方的に言われたい放題な感じだったが。
耳を澄ませてみると。
「昨日はどこで何をしてたの? 一日がかりの検診って聞いて差し入れに来たらもぬけの殻だったんだけど」
「そ、それはだね……やんごとなき事情があったというか、部下にかけた迷惑に対する埋め合わせというか」
「だから人様には迷惑かけちゃ駄目って言ってるでしょ! 大体、何度も連絡してるんだから一度くらいは反応してくれてもいいと思うんだけど!?」
「面目次第もない……」
どちらも聞き覚えのある声ではあったが、この明らかに言い負かされて悲壮感漂っている方はフューリーか? あの口八丁がここまでやられっぱなしというのは少し意外だ。
もう一人は誰だろう。最近聞いたような気がするのだが、直近でシアの騒ぎがあったからそれ以前の記憶がいまいち薄い。
まあ直接会えば思い出すだろう。
俺はドアのタッチパネルに手を近づける。
「え、今入るの?」
「入らなきゃ実験も始められないだろ」
「でも、何か入り辛くない?」
「別に? ここに突っ立っててもしょうがないし」
「……あなたって、本当にあの人に容赦しないわね」
フューリーに遠慮しているのか引き気味な意見を出すルナリアだが、ただでさえ貴重な時間を割いてくれている彼女をフューリーの事情で無駄に長く付き合わせる訳にもいかないだろう。
それに、フューリーを言い負かしているのが一体どんな人物なのかも気になる。
よって俺はルナリアと己の知的好奇心を優先し、パネルを操作した。
ドアがスライドした、その先には。
「全く、今度という今度はお父さんに言いつけるんだから」
「後生だからそれは止めてくれ!」
室内にいた二人は、部屋に入って来た俺たちに気づいていない様子だった。
床に正座させられたまま、縋るように叫んでいるのはやはりフューリーだ。完全に説教を食らっている構図である。普段の余裕に満ちた表情はどこへやら、半端ない必死さだった。
そして彼女の正面に立ち、腕を組んで頬を膨らましているのは――
「あの子は、昨日の……?」
「あら、春近ってもうエリカと知り合いだったの?」
「知り合いというか、昨日少し話しただけなんだけど。名前も初めて知った」
どうやらあの少女はエリカというらしい。ルナリアは知り合いのようだ。既にガーディアンとして三年のキャリアがあるし、非常勤ながら研究室の職員でもあるエリカとは顔見知りなのだろう。
こうして二人を並べて見て、昨日初めて会った時に抱いた既視感の正体がようやくわかった。寧ろ何故あの時気づかなかったのか。
エリカというらしいあの少女は、フューリーにそっくりだった。
「見れば見るほど瓜二つだ。他人の空似ってレベルじゃないぞ」
「それはそうよ。だってエリカは室長の――」
ルナリアが何かを言いかけた、その時。
「あ、ルナリアさんに……昨日のお兄さん!」
「嗚呼、いいタイミングで来てくれた晴近君!」
こちらの存在に気が付いたエリカの意識が逸れたタイミングを見計らい、フューリーが立ち上がってこちらへと歩み寄って来た。硬い床に長いこと正座していたからか、歩き方が探るようでぎこちない。
「待ちくたびれたよ……いや時間通りではあるのだが。何故ルナリア君も一緒に?」
「後でシアの生活必需品を揃えに行くから、その手伝いだよ。んなことより、あのエリカって子あんたにそっくりだけど一体どういう関係だ」
「そう言えば、今まで君に紹介する機会は一度もなかったな」
尋ねられたフューリーは意図して隠していた訳ではないらしく、本当に何でもないような口調でその爆弾を投下した。
「エリカは我が研究室の準メンバーにして、私の娘だ」
「……今、何と?」
「だから、エリカは私の娘だよ」
娘。
なるほど、道理で似てるわけだ。血が繋がってるんだから特徴だって受け継ぐだろう。それにしたってそっくりすぎる気もするが。
――はっ、まさか!
「自分のクローンを娘と呼ぶマッドサイエンティスト的なあれか!?」
「相変わらず君は私を何だと思っているんだ……正真正銘、私が腹を痛めて産んだ子供だよ」
「嘘だ! あんた明らかに中学くらいの子供がいる年齢じゃないだろ!?」
フューリーの外見年齢はどう多く見積もっても三〇に届いてない。これでアラフォーとか言い出したら割と本気で成形を疑うレベルだった。
「これは日ごろの努力の賜物さ。ほら、ルナリア君からも言ってやってくれ」
「信じられないかもしれないけど室長の言ってることは本当よ。この人、嘘みたいに年取らないの」
「マジかぁ」
ここでルナリアがフューリーの狂言に付き合うとも思えない。つまり、あの子はマジにフューリーの娘ってことなのか。そしてあの若々しさは改造なしか。半端ないな。
つい穴が空くほどエリカを見つめていると、彼女は少しもじもじし始める。
「あ、あの、そんなに見つめられると」
「何やってんのよ……」
「ご、ごめん」
ルナリアからの視線が痛い。
これに関しては完全に俺に非があるので、すぐに謝った。
「いえお気になさらず。あの、もしかしてお兄さんがあの友柄春近さんなんですか?」
「一応、そうだけど」
あの友柄春近ってなんだ。俺はこの子に一体どんな風に紹介されたんだ。
恐らく情報元であろうフューリーを睨み付ける。
「悪いようには言っていないよ。でもエリカは非常勤とは言え研究のかなり深い部分にも関わっているから、君を取り巻く一連の事情は伝えてある。口は固いから安心してくれていい」
「まあ、それならいいんですけど」
実際俺を見るエリカの目は恐ろしいものを見るそれではなく、何やら尊敬の眼差しに近かった。
「お話は母から兼ねてより聞いていましたが、初めて使う≪アブソリュートエンド≫を見事に使いこなしたそうですね! 凄いです!」
「あー、でもあれって絶対切断だろ? 使いこなすも何もなくないか?」
「とんでもない! 2Dフィールドは進入角に対して完璧に平行でないと充分な切断効果を発揮しないんですよ。それを一瞬で二撃! 感激です!」
お、おう。正宗よ、お前そんなに扱い辛い武器だったのかよ。
しかしこの子、やけに詳しいな。少なくとも持ち主である俺よりは絶対に知識量があると見た。
「エリカは次元兵器の開発にも関わってるからね。特にハード面では理論寄りの私より貢献度が高いくらいだ」
「簡単なメンテナンスなら私たちでもできるけど、オーバーホールまで出来るのは室長とエリカくらいよ」
「すげえな……まさに天才少女って感じだ」
「いえいえ、私なんかまだまだですよ」
恥ずかしそうに謙遜するエリカ。
この辺りの謙虚さは母親には無い美徳だ。フューリーの良い所はしっかりと受け継いでいるのに、あの人の駄目な部分は殆ど見られない。
父親はよほど人間が出来ている人なのだろう。出なければフューリーのマイナスポイントを相殺するなんて到底不可能だ。
「才能と言うなら春近さんも相当ですよ。お父さんも『剣の素人でありながら、技術の呑み込みの早さには目を見張るものがある』って言ってましたし」
「そりゃ才能というか、少しでも身に着けようと必死に自主練したからで……ん?」
ちょっと待って欲しい。
今この子が言っていたお父さんは、どうして俺の実力を子細に把握していらっしゃる。
まるで見て来たかのような、それこそ直接指導しているかのような……。
ま、まさか――!?
「なあエリカ」
「はい?」
俺は恐る恐る、思い至ってしまったとある可能性についてエリカに尋ねる。
「エリカのフルネームを教えてくれるか?」
「あ、そう言えばまだちゃんと名乗っていませんでしたね。私としたことが失礼しました。……では、改めまして」
するとエリカは俺の気を知らずか、先程のフューリーと同様さも普通のことであるかのようにその名前を口にした。
「私は久道エリカです。母と父が、常よりお世話になっています」
久道。久道、エリカ。
俺の知る限り、この苗字が当てはまる人物はただ一人だ。
――そうか、そういうことか。
驚愕で言葉が出なくなったのと同時に、全てのことに納得がいった。
エリカとフューリーが似ていたという件についてもそうだが、俺って実はかなり鈍いんじゃないだろうか。
久道さんとフューリーはどことなく似通った部分が多かった上に、基本互いに遠慮が無かった。フューリーは割と誰に対してもあんな感じだが、久道さんが感情的になるのは決まってフューリーが関わっている時だ。
どう考えても、二人の距離感は職場の上司と部下の範疇ではなかった。
一番付き合いが長いからそんなものなのだと思っていたが、まさか二人が結婚してて子供までいたとは……ていうか、『黒』と戦う前に久道さんが言ってた娘ってエリカのことだったんだな。
驚天動地、ここに極まれり。
「どうしたんですか春近さん、ぽかーんとして」
「驚いてるだけだから、少しそっとしといてあげなさい。と言うか室長、春近に教えていなかったんですか?」
「聞かれたことがなかったからね。秀一君も話していないみたいだし、敢えて私から言うこともないかと」
三人が会話している間も俺は宙を見つめたまま呆けていて、正気に戻るのには少々時間を要した。
まともな会話が可能なレベルまでに回復したのは、一分ほど経って「いい加減戻ってきなさい」とルナリアに後頭部をはたかれてからだ。
「もう、しっかりしてよね」
「悪い……」
そんな俺たちの様子を見て、フューリーは興味深そうに頷き。
「ふむ、春近君はすっかりルナリア君の尻に敷かれているようだね」
「ふぇ!?」
「え、お二人はもしやそういう関係なんですか!? 詳しくお願いします!」
その一言でルナリアは瞬時に沸騰し、エリカは目をキラキラさせ始めた。
年の割にしっかりした子だと思っていたが、やはりこういう話題には興味津々なのか。女の子らしくていいじゃないか。
もっとも、勘違いされてるルナリアからすれば堪ったものではないらしい。
「違うから! 私と春近はそんなんじゃないから!」
「必死に否定する所が怪しいなぁ」
「だから違いますって! 春近も黙ってないで否定しなさいよ馬鹿!」
「いってぇ!?」
生暖かい目で成り行きを見守ってたら今度は思い切りぶっ叩かれた。マジで痛い。
しかもその上でギラリと睨んでくるもんだから、これはもう傍観者ではいられなさそうだ。
「いたた……そういう訳だエリカ。俺とルナリアは付き合っていない」
「でも、すごく仲が良さそうに見えますよ?」
「俺にとってはこっちの世界での数少ない友達だからな。認識としては、下手な男よりも男らしい所が――」
「何か言った?」
「何でもないです」
どすの効いた声で問われ、俺はすぐさま口を噤んだ。
恐すぎる。滅多なことを言うもんじゃないな。
フューリーは一連のやり取りをニヤニヤしながら見ていたが、やがて時間を確認して。
「もう午後一時か……そろそろ実験を始めるとしよう。君たちにも後の予定があるようだし」
「ああ、そうだな」
「ねえ春近、この実験って見てる方で注意することある?」
次元兵器や次元技術の実験には危険が付き物である。今回のような屋内の一室で行えるような規模のものにしたって、何が起こるかわからない。実験に参加する者には最大限の注意が必要であるからこその質問だった。
とは言え、この実験に関しては。
「特にないよ。傍から見てる分には、実害はないと思う」
「そうなの?」
「少なくとも、今回は俺にしか作用しないからな」
時間流操作はあくまで俺か、俺が触れているもののみに働く。今回の実験では物に触ったりしないので、特に心配する必要はないだろう。
「ところで、エリカも見ていくのか?」
「もちろん! 九割はそのために来たようなものですから!」
「へぇ。じゃあ残りの一割は?」
すると、エリカは笑顔のまま。
「母への説教です」
「……なるほど」
「あなたも大変ね」
この瞬間、被害者三人の間で妙な連帯感が生まれた。
エリカも大概、フューリーに苦労させられてるらしい。この子はしっかりとフューリーのダメなところを反面教師に出来ているようだ。流石久道さんの娘。
「……何だろうな、この疎外感は」
そんな中ただ一人、実験の準備を進めていたフューリーが視界の外でボソッと呟いているのが聞こえた気がした。




