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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter02-1 小さな賢者 2014/5/1 13:00

 四月も終わり、気づけば五月だ。

 こちらの世界へ来てから初めて迎える、月の始まり。

 新たな家族も迎え、より一層今までとは異なる日常を歩み始めるのだろうと思った矢先。

 様々な視点から見ても、新しさに満ちた朝――


 ボンッ!! という。

 七時に設定したアラームより早く鳴り響いた、爆発めいた音によって俺は叩き起こされた。


「ななな、なんだぁ!?」

 これには朝が弱い俺もたまらず飛び起きる。

 この世界において行動の遅れは時に死を意味する。変異体の襲来ではなくとも、例えば同じ敷地内にある研究棟やら工房やらが大ポカをしでかし、それが飛び火してくる可能性だってゼロじゃない。

 培われた危機管理能力が命ずるままに、部屋を飛び出すと。

「あ、お兄ちゃんおはよう!」

「お、おはよう」

 部屋を出てすぐの所で、パジャマ姿のシアと遭遇した。

 俺と同じく叩き起こされた口だろうか。それにしては慌てた様子もなく、服装にも乱れはない。表情も半分寝ぼけた俺とは対照的に笑顔そのもの。

 まさかこの世界の住民は人生がハードモード過ぎて、爆発くらいじゃ動じない精神力を得ているとか?

 そんな馬鹿な。

「えっと、シアは今のとんでもない音で目を覚ましたんじゃないのか?」

 自分で想像しておきながらとても信じられず、つい探るように問いかけると。


「え!? あ、うん! 凄い音だったからびっくりしちゃったー」

 ……さっきまで普通だったのに急に慌てだしたぞ。

 てか「え!?」って何よ。その痛い所突かれたみたいな反応は何なのよ。

 最後の方は何か棒っぽかったし。

 しかもやけに後ろの方をチラチラ見てるし。

 向こう側にあるのはリビング――と言うより、視線の方向的にはキッチンか?

 そう言えば、爆発が聞こえて来たのも同じ方向からだった気が……。

「でも警報とかもないし、多分大丈夫だと思うよ。ほら、まだ六時前だしお兄ちゃんはもうちょっと寝ててもいいから」

「……そうだな」

 むしろ寝てて欲しいと言わんばかりの態度に、俺はますます確信を深めたので。

「でもちょっと喉乾いたし、水でも飲んでくるよ」

 とにかくリビングへ向かおうと、シアの右脇を抜けるように一歩踏み出そうとした。

 すると、

「っ!!」

 起き抜けとは思えない、驚くほど機敏な動きを見せたシアが行く手を阻むように立ち位置をスライドさせた。

 何らかのアクションはしてくると思ったが、これには正直ビビった。眠っている期間が長かったから勝手に華奢なイメージを抱いていたのだが、割と運動神経はいいのかもしれない。

 妹の新たな一面はさておき、俺は無言で左側へ舵を切ろうとする。

 それに合わせてシアも無言でスッと左側へスライドした。どこへ動こうが確実に相手の進行を阻害できる、理想的なマークだ。

 なるほど、あくまで通さない気か。

 ならば――


「あ、天井からフューリー室長が」

「え!?」

「隙あり!」

 あらぬ方向へシアの視線と意識を誘導し、俺は駆け足で横を抜けていった。


「あー!? ズルーい!」

「ふはは! あんな嘘で騙される方が悪い!」

 シアが非難の声を上げながら追いかけてくるが、もう遅い。

 あそこまで見事に騙されてくれると爽快である。ここぞとばかりに大人のズルさを発揮した俺は高笑いだ。

「だって本当に出てきそうだったんだもん!」

「……言われてみればそんな気もしてきた」

 来ないよな? 嘘から出た実とは言うけど、マジで来ないよな?

 自分で言っておきながら不安になるが、幸い俺が現場に到着するまでにフューリーの気配を感じることはなかった。まあ、感じてたまるかって話なんだが。

 リビングに異常は見られない。昨日寝る前に見た状態のままだ。

 だとすると、やはり爆心地はキッチンか。

「わーだめー!」

 俺がそちらへ目を向けるのとシアがリビングへ駆け込んでくるのはほぼ同時だった。

 パッと見た限りだと、結構デカい音がした割には再起不能レベルの大惨事が起きたという訳でもないようだ。一部を除けば、夕飯の片づけをした後から変化はない。

 で、その一部と言うのが。

「シアさん」

「は、はい?」

「何をチンしてしまったのかな?」

「そのぉ……た、卵を」

「……なるほど」

 確かに、生卵を電子レンジで加熱すると爆発するという話は聞いたことがある。

 だが俺の記憶が正しければ、卵をレンチンしても電子レンジそのものが爆発するなんてことはないと思うんだが。

 このフタが吹っ飛んで煙を吹いている電子レンジは卵にやられたのか? それとも、実は電子レンジと根本的に違う仕組みで動いてて卵と相互作用を起こしたとか?

 疑問は尽きない。

「えっと、こっそり早起きして朝ごはん作ろうと思ったんだけど、シア料理したことなくて……」

「まあ、したことがあれば卵をレンチンなんてしないよな」

「あぅ……」

 努力が空回りし、目に見えて意気消沈しているシア。

 俺としてはその気持ちだけで充分に嬉しかったのだが、この落ち込みようだと言った所で納得してくれないだろう。

 微妙に俯き気味なシアの元へ近づき、頭へ軽く手を置いて。

「取りあえず片づけしてから、一緒に準備するか?」

「……うん!」

 するとシアは顔を上げ、一転して明るい笑顔となった。


 一人暮らし期間中の朝食は総じて軽く済ませて来たが、今回はシアに料理を教えながらになったのでそこそこ時間がかかった。図らずも早起きしたので、丁度いいと言えば丁度よかったと言える。

 献立はオーソドックスな和食。おかずの内、だし巻き卵はシアが作ったものだ。飲み込みが早く、一回やり方を見せただけですぐ出来るようになってしまった。みそ汁の大根も包丁の使い方を教えるついでに切ってもらい、焼き魚はグリルに放り込むだけなので俺がやった。

 そんなこんなで、リビングまで出来上がったものを持っていく頃には普段の朝食と同じくらいの時間になっていた。

「いただきます」

「いただきまーす」

 こうして誰かと向かい合って手を合わせるのも久々な気がする。昼食や夕食をラッドやルナリアたちと食べることは多々あったが、朝は基本一人だったからな。

 いつもなら一人箸を動かしつつテレビのニュースを見ていたのだが、一緒に食事をする人間がいれば自然と会話が進んだ。

 他愛のない会話でも、やっぱり話し相手がいるというのはいいものだ。

「お兄ちゃんって平日はどうしてるの?」

「いつも通りなら午前中は久道さんと訓練したりフューリーの実験に付き合ったり……午後はその日による」

「ふーん、ガーディアンって自由なんだね」

「仕事相手がいつ現れるかもわからない連中だからな……」

「あ、そっか」

「シアは普段何をしてるんだ?」

「何もない時は家で学習プログラムを受けてて、週に一・二回は家族で出かけてたよ」

「今日はどうするんだ?」

「今日も勉強かなぁ」

 これだけ聞くとシアが勉強熱心なようにも受け取れるが、実際の所はそこまで単純な話でもない。

 学習プログラムは各学年ごとの学習を任意の場所で受けるためのシステムだ。基本的に外出が推奨されないこの世界では、本来学校で受けるべきカリキュラムを自宅にいたまま消化できるようになっている。

 その結果ある程度の安全性は確保できたものの、学校へ通っていれば自然と築かれる同世代同士の交友関係は非常に希薄なものとなっている。この都市では辛うじて近所付き合いはあるようだが、国によっては隣人の顔すらわからないという状態になっている地域もあるらしい。

 勉強熱心と言うよりも、勉強くらいしかすることが無いというのが現状なのだろう。

 これが由々しき問題であると感じてしまうのは、俺が元々この世界の住人ではないからなのか。

 シアくらいの年頃だと本来なら遊びたい盛りだろうし、人間関係にも広がりが出てくる年代でもあるだろうし。このまま人間関係に希薄な生活を送っていってしまうと、社会に出た後の人間関係の構築に難儀しそうだ。

 ラッドたちも友人と言えないこともないが、仕事のこともあるしシアから気軽に遊びの誘いをできるような相手でもない。

 せめて同じ学生的な身分で、恒常的に連絡の取り合えそうな友人が一人でもいれば話は違ってくると思うんだが……。

 悲しいことに、こっちの世界において俺の人脈は皆無に等しかった。

 他にも解決すべき問題はある。この部屋には俺だけが住む予定だったので、シアが生活していくために必要なものが皆無だった。

 フューリーも動員してシアが元々住んでいた家から家財一式を運び出し、持て余していた部屋の一つをシアの部屋としている。それでも足りない物は多く、引っ越し作業だけで昨日の午後を使い切ったので買い出しにも行けていない。

 女の子にどういったものが必要かなんて俺が知ってる訳がないし……全くどうしたものかな。

「ごちそうさまー」

「……ごちそうさま」

 朝食は食べ終わったものの、悩みは尽きることが無い。

 なりたてとは言え、俺は兄として妹の将来を憂うのだった。


 ◇


「へぇ、じゃあ今シアちゃんはハルチカんちにいるのか」

「ああ、留守番してるはずだ」

「シア・フリーゼ……改め友柄シアの行動力には驚愕の極み」

「俺がたぶん一番驚いてるよ……」

 今日も今日とて日課の訓練を終え、いつものメンバーと食堂で昼食だ。

 話題は専らシアのことである。昨日の夜の時点で彼らにはメールで一報入れてあり、その時にも随分と驚かれた。今朝訓練場で落ち合った時にも質問攻めにあいかけたが、それよりも早く久道さんから訓練開始の通達がされたので事なきを得た。

 ちなみに今回の訓練でもラッドはボコボコにされたが、気絶には至らなかった。体力的には進歩があったらしい。

「いいじゃねえか。シアちゃんみたいな可愛い妹が出来たなんて、正直羨ましいぜ」

「気楽に言ってくれるぜ……可愛い妹であることは否定しないが」

「うわぁ、一日にしてシスコン発症してますよこの人」

 何故かフィーダが呆れたようなジト目で俺を見てくるが、何か間違ったことを言っているだろうか? 可愛い妹を可愛いと言って何が悪い。

 だが、可愛いだけじゃ解決できない問題もあるのだ。

「ウチに来てくれたのはいいんだけどさぁ、俺って男の一人暮らしだったじゃん? 最低限の家具類は持ち込んだんだけど、それ以外の買い出しがまだでさ」

「まあ、女子ってのはオレたち男と比べて色々と物入りだしな」

「何故ラッド・マイヤーズが訳知り顔をしているのか。童貞の癖に」

「ど!?」

 ノインの鋭い指摘がラッドの胸を深く深ーく抉った。頼むから俺の方には飛び火しないでくれよ……。

「でも確かに問題ではありますね……今日の午後とかどうなんですか?」

「今日の午後は能力に関する実験だよ」

「あれま」

 最近はフューリーの実験が午前中ではなく午後に行われることが多くなっている。訓練の後はそれなりに疲れているし、ありがたいことだ。

 もしかして気を使ってくれてるのか? まさかなぁ。

「どうせ実験自体はすぐ終わるしその後に行ってもいいけど、結局何買えばいいかとか分らないんだよ。こりゃ出直すべきかね?」

「迷えるハルチカに、一番手っ取り早い方法を伝授する」

「お、何だ何だ」

 無表情ながらやけに自信ありげなノインさん。

 彼女はスッと向かい側に座る人物を指さし、


「ルナに付き添ってもらえばいい」

「――ぶふぅ!?」


 突然指名されたルナリアが、食後のコーヒーを吹き出した。

 それをノインはテーブルの下へ潜り込んで回避した。とんでもない反射神経だ。

 下から半眼でにゅっと生えて来たノインが一言。

「汚い上に危ない」

「な、なななな、何で私なにょよ!?」

 おーいルナリアさんや、慌てすぎて言葉を噛んでるぞ。落ち着けー。

「この中では一番適任だと思われる」

「だからにゃんで!?」

「小官とフィーダ・レティエの女子力はほぼ皆無である。一番女子らしいルナが適任」

「ノイちゃん先ぱーい、さりげなくわたしまでディスるのやめて欲しいですー」

「厳然たる事実を述べたまで」

「……言い返せない自分がやだなぁ」

 ホロリと涙を流すフィーダの姿は、とても哀愁の漂うものだった。慰めてやりたい所だが、残念ながらかける言葉が見つからない。

 その後もしばらく言い合いを続ける二人。よく見る光景だが、基本事実か正論しか言わないノインを言い負かすのは並大抵のことでは不可能だ。

「あーもう! わかったわよ行けばいいんでしょ行けば!」

 結局、今回もルナリアが折れたらしい。

 地団太でも踏み出しそうな彼女とは対照的に、ノインはすまし顔のままピンク色の蕎麦みたいな何かを啜っている。苺味か?

「都合が悪いなら付き合って貰わなくても大丈夫だぞ? そこまで緊急の用事でもないし、実験の間も待たせちゃ悪い」

 先の言い合いには俺は全く参加しておらず、いつの間にかルナリアの同行が決定していたようなものだ。気が進まないようなら全然辞退してもらっても構わなかったが。

「いいわよ。午後に予定がある訳でもないし、いい機会だから実験も見学させてもらうわ。それに、あんまりシアに不自由もさせたくないものね」

「そう言ってくれると助かる。ありがとうな」

「べ、別に春近に礼を言われるようなことじゃないわよ。これはあくまでシアのためなんだから……」

「わかってるって」

 こんな風に恥ずかしがるルナリアも久しぶりに見た気がする。最近不調気味だったみたいだし、元気な所を見れて少しだけ安心した。

 こうして実験後、ルナリアと買い物へ行くことが決定したのだった。

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