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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter01-4

 人間、あまりにびっくりすると何も言葉が出なくなるらしい。

 ここ最近は驚きの連続だったが、目の前にあるそれはこの世界に来てから一・二を争うものだった。

 ――どうしてこうなった。

 今俺の脳内を支配しているのは、ただひたすらこれに尽きる。


「おかえり、お兄ちゃん!」

 マジでどうしてこうなった!?


 少女と別れてから真っすぐ自宅――宿舎の自室へと戻って来た俺がドアを開けると、無人であるはずの室内から小さな人影が満面の笑みでお出迎えにやってきたのだ。

 というか、見紛うことなきシア・フリーゼその人だった。

 おかしい。何もかもがおかしい。

 まず部屋には鍵がかかっていた。シアは今フューリーと精密検査の真っ最中。こんな所にいるはずがないし、そもそもこの部屋に入れないはず――

「やあ、随分と早いお帰りだったね」

「って、あんたもいるんかーい!!」

 シアの後ろからぬっと姿を現したフューリーに俺の驚きゲージは振り切れ、逆に正気に戻った。

 なるほど、フューリーなら謎の権限で宿舎の鍵くらいポンと開けられるかもしれない。局員のプライバシーは当然のように無視されるみたいだが。

 それに今日遭遇するのは初めてのはずなのに、何故かそんな気がしない。それほどまでにフューリー・バレンタインという存在が日常へ侵蝕してきているということか。何というホラー。

 ていうか、それ以前に!

「二人とも何でここにいるんだよ! 精密検査中じゃなかったのか!?」

 まさか、俺の部屋でやってたとか言うんじゃないだろうな。

 ここで検査を行う理由とか幾ら探しても見当たらない。あったとしても謎すぎる。

「精密検査……あぁ、そう言うことになっていたな」

 俺の疑問に対し、遠い記憶を探るように宙を見つめながら零すフューリー。

 おいちょっと待て。『そう言うことになっていた』ってどういうことだ?

 重ねて問うよりも早く、フューリーはあっけらかんとした態度で答えて来た。

「あれは嘘だ」

「はぁ!?」

「いやー私としても散々酷いことをした手前こんな嘘はつきたくなかったんだが、どうしても晴近君を驚かせたいというシア君の願いを無視できるほど非常に徹しきれなくてね」

「その割には滅茶苦茶楽しそうだな……」

「無論だとも。君の驚いた顔は痛快だったよ」

「あんたもう微塵も反省してねえだろ!? 子供までダシに使いやがって!」

「ハッハッハ。君は前にも増して私に遠慮が無くなったなぁ」

 三日ほど前に深刻な面で頭下げて来た時の殊勝な態度は何処へやら。完全に平常運転である。

 変に気を使われるよりかはむしろ気が楽なのは確かだが、ここまでお構いなしにやられると逆に釈然としないらしい。

 しかもさり気なくシアに責任転嫁するとか、大人としてどうなんだ。この人はマジで久道さんの爪の垢を煎じて飲むべきだと思う。

 ……あれ? 何かこんな言い回しをつい最近聞いたような。

「私は良かれと思って協力したのだけどねぇ。ほら、シア君からも言っておくれ」

「あのね、フューリーさんはシアのお願いを聞いてくれただけなの」

 非常にわざとらしくしなを作るフューリーの求めに、シアはどこまでも真っすぐな目で俺を見つめながら彼女を弁護した。

 うーむ、言わされている感じはないな。

 交流は目覚めてからの三日間だけだが、シアの人となりはそれなりに理解しているつもりだ。いつも明るく、言いたいことはハッキリと言える正直な少女である。

「まあ、シアがそう言うならそうなんだろうな」

「おいおい春近君、私の時と随分対応が違わないかい?」

「当たり前だろ」

 これが日ごろの行いの差ってやつだ。知ってしかるべし。

「シアはこんな悪い大人になっちゃ駄目だぞ」

「うん!」

「そこで頷いてしまうのかい!?」

 純真な少女の素直な反応は流石のフューリーも堪えたのか、味方を失った哀れな科学者はズルズルと壁に沿って崩れ落ちた。

 放っておくと室内の空気が淀みそうだったが、換気すれば問題なさそうだし先にシアから事情を聴いておくことにする。

 彼女らの話しぶりからして、どちらかというと主犯はシアらしい。この子に限って、フューリーのような邪な考えはないと思うんだが。

「で、どうしてシアはフューリー室長とここにいるんだ? 丸一日かけて精密検査をしてるんじゃなかったのか?」

「えっと、検査はしたんだけど、午前中の時点で終わってたの。外国では一日がかりでも、フューリーさんは半日で終わらせられるんだって。凄いね!」

「凄いのは認めるけどさ……」

 素直に認めるのは癪なんだよなぁ。

 あれで人間が出来ていれば完璧なのに。つくづく残念な人だな。

「じゃあ昼にはもう面会も出来たのか」

「ううん。シアは今日で退院だから、どっちにしても面会は出来なかったよ」

「へぇ、そうなん……ん!?」

 否定に続いた言葉をサラッと流そうとしたが、すんでの所で踏みとどまった。

 退院? 何それ初耳なんですけど。

「その情報いつから知ってた?」

「三日前。お兄ちゃんたちが帰った後に教えてもらったの」

「……だいぶ前から仕込まれてたってことか」

「折角だからとびっきり驚いてもらおうと思って!」

 してやったりとばかりの笑顔なシア。

 その目論見は見事なまでに成功している。もしフューリーが出現していなければ今も俺は状況を飲み込めず呆然としていたことだろう。別に感謝はしないけど。

 退院の時期について尋ねた時に「わからない」とはぐらかされたのも、今日のための仕込みだったのか。全く嘘をついているようには見えなかった。他の奴らも知っている素振りは無かったし、俺の目が節穴ということではないのだろう。

 シアさんったら、とんだ演技派である。

 まあ、俺を驚かせるために検査の時間を偽装したってのはわかった 

「もう一つ質問していいか」

「うん、いいよ」

「じゃあ聞くけど……何故にお兄ちゃん呼び?」

 無人と信じ切っていた部屋から現れたシアのインパクトも然ることながら、俺の思考回路を一時的とはいえ致命的にショートさせた最大の要因は、突然の「お兄ちゃん」である。

 お兄ちゃん――一人っ子だった俺には無縁の呼ばれ方だ。妹のいない人間からすればどこか甘美な響きのするワードであり、一部の拗らせた男はそう呼んでもらうために金すら払うらしい。

 流石にそこまで拗らせてはいないが、シアが開口一番に放った言葉が心を揺らしたのもまた事実。俺もそこそこ駄目な人種なのかもしれない。

 んなことはどうでもいいとして、だ。

「昨日までは『春近さん』って呼ばれてた気がするんだけど」

「あー、まだあの時は手続きが終わってなかったから」

「手続き?」

「これなんだけど」

 そう言ってシアが俺に向かってウィンクすると、視界の端に新規データ着信の通知が表示された。

 ウィンクはBC(ブレインチップ)を操作する際に見られる癖の一つで、レースゲームでコントローラーごと体が動くあれと同じようなものだ。操作が苦手な人間によく見られるものらしい。つまり深い意味はない。

 ――という知識を思い出すことで心を落ち着かせ、俺はデータを展開する。

 パッと見、何の変哲もない市民データだ。

 都市内での個人情報は住所からクレジットまで市民データで一括管理されているので、普通はこんな全情報を開示した状態で他人へ見せていい代物ではない。この辺のことは大事だからとルナリアに厳しく教えられていた。

「おいおい、これはちょっと――」

 彼女に倣い知り合い相手とはいえ不用心だと叱ろうとしたが。

 ふと目に留まった備考欄の一文が、俺の思考を再びフリーズさせた。


『二〇一四年四月二二日をもって、友柄晴彦・近子夫婦に養子入り。よってシア・フリーゼより友柄シアと改名』


 ――――――

 ――――

 ――異議あり!

 この備考は俺の記憶と明らかに矛盾しています!

 長い沈黙の末、ズビシと指を突き立てた脳内の俺が思考を凍り付かせていた氷をブチ砕いた。

「ちょっっっっっっっと待てぇい! 何だこれ色々とおかしいぞ。この市民データ壊れてない!?」

「そんなことないよ? ほら、名前の所もちゃんと『友柄シア』って」

「そ・れ・が! おかしいって話なんだけどぉ!?」

 俺は目の錯覚かと思い何度も見直すが、表示されている文字列に変化はない。

 この文章は矛盾だらけだ。

 まず、四月二二日は俺がこの世界へ来た日だ。この時点で俺の両親も来ていたとして、二人は変異体となって都市の外を彷徨っていたはずだ。こんな手続き出来るはずがない。

 そもそもシアにしたって三日前まで眠っていたのだ。養子縁組のシステムなんてよく知らないが、少なくとも本人不在で進められるようなものではないと思う。

 何がどうなってるんだこれは……!? 

「ふっふっふ、程よい塩梅に混乱しているようだね春近君」

「いいタイミングで復活してくれやがったなフューリー室長この野郎! どうせあんたの仕業だろさっさと説明しろ下さい!!」

「焦ってるせいか言ってることが滅茶苦茶だな……まあいい」

 意味深な笑みを浮かべながらフラフラと立ち上がったフューリー。未だダメージの抜けきっていない青がかった顔色で笑うその姿は中々に壮絶なものだった。

「見ての通り、シア君は今日から名実共に君の妹だ」

「この手続きに参加できる人間が当時不在だったと思うんだけど俺の気のせい!?」

「確かに君の両親は書類に判を押せるような状態ではなかったし、シア君も当時は眠り姫だったな。やれやれ、過去のデータを遡って情報を改竄するのはこの私とて三日の時間を要したよ」

「か、改竄!?」

「別に悪事を働いた訳ではないし、些細なことだ」

 フューリーは悪びれる様子もなく嘯く。

「幸か不幸か、君のご両親を埋葬する際に彼らの市民データを作成したからね。利用する形になったのは故人への失礼にあたるかもしれないが」

「ど、どうしてそこまでして……」

「シア君の望みをごく自然な形で成立させるにはこうする他なかったのさ。さて、これ以上は私が語るのも野暮というものだ」

「……うん」

 フューリーに促されるようにポンと肩を叩かれ、シアが一歩前に進み出て来た。

 俺を見上げる瞳は僅かに揺れているが、それも目を逸らすまいと必死になっているのが伝わってくる。

「初めて……じゃないけど、お兄ちゃんはシアの部屋に来た時に泣いてたよね」

「あー、そんなこともあったな」

 思い返してみれば、かなり恥ずかしいことをした自覚がある。

 事情が事情とは言え、一七にもなって四つも下の少女の前で大泣きした。そのことについてはラッドたちも気を使ってからかって来ないが、俺の中では間違いなく黒歴史の一つである。

 でも、それがどうかしたのだろうか。

 続く言葉を待っていると、シアは少しだけ逡巡した後。


「凄く嬉しそうで、寂しそうだった」


「……そうかも、な」

 シアの指摘は信じられないほどに的を射ていて、思わず返答が遅れた。

 三日前に彼女の病室で感謝を告げられた時、俺の中では抑圧されていた様々な感情が決壊した。あの時の涙の大多数を占めていたのは自分が受け入れられた喜びだったのだが、それと同じくらいの寂しさもあったのだろう。

 生きてシアの前に立つまでに俺が斬り捨てたものは、あまりにも大きく、重い。

「フューリーさんからお兄ちゃんのことは全部聞いてる。本当は、この都市の人じゃないんだよね」

「あぁ、そうだ」

「みんなを助けるために、お父さんとお母さんが犠牲になっちゃったんだよね」

「……あぁ」

 ぼかした言い方とはいえ、まるで罪を追及されているような気がした。締め付けられた胸の奥底が疼くような痛みを発する。

 ――やっぱり、そう簡単に割り切ることはできないのか。

 人として正しいとわかってはいても、この苦しみは耐えがたいものだった。

 自然と頭を垂れて俯いていると、不意にこちらへ小さな手が伸びてくるのが目に映った。

 その手は迷うことなく、力なく下がった俺の手へと向かい。

「シアも、同じだよ」

 そっと触れるように、握って来た。

 伝わってくる体温はいっそ熱いと感じるほどに温かかった。少しでも身を引いてしまえば簡単に離れてしまいそうな力なのに、微塵も振りほどける気がしない。

「お父さんとお母さんが、シアのことを命懸けで逃がしてくれた。それでもすごく痛くて苦しかったけど、お兄ちゃんが助けてくれたからシアは生きてる」

 声は確実に震えていた。

 当然だろう。俺は路地裏の入り口で立ち塞がるように果てていた二人の死体しか見ていないが、シアは両親が殺される瞬間を目撃し、重傷すら負っている。トラウマになってもおかしくない、辛い記憶のはずだ。

 なのに、どうして今そのことを俺に語るのか。

 僅かに顔を上げて、俺は息を飲んだ。


「だから今度は、シアが……ずっと苦しそうにしてるお兄ちゃんを、助けたいの」


 シアは泣いていた。

 両の瞳から大粒の涙をボロボロとこぼしながら、それでも真っすぐに俺を見て。

「お父さんとお母さんがいなくなって、寂しいよね」

「……寂しかった」

 自然と言葉が紡がれる。

 頭で考えたものではなく、こじ開けられた心から溢れてくる本音が。

「一人で眠る夜は、苦しいよね」

「苦しかった……あぁ、苦しかったよ……!」

 釣られるようにして、俺の声にも熱が籠り始めていた。

 あの日と同じだ。意思とは無関係に視界が水気を帯びる。一度崩れた堤防は脆く、拭われない雫が次々と顔を伝って床へと落ちていった。

 振り返るな。立ち止まるな。歩むべき今に置いて行かれるな。

 何度、そう自分に言い聞かせてきたことだろう。

「二人を犠牲にして得た時間を無駄にしたくなかった……みんなと笑いあう日常を台無しにしたくなかったんだ」

 湿っぽいのは一人でいる時だけでいいと思っていた。それでも俺は弱かったから、何度もボロが出そうになった。このままではいけないと、形だけでも区切りをつけるために墓参りにも行ってみた。

 あの時の選択が間違っていないって、今でも信じてる。

 ――だけど。

「だけど……こんなに辛いなんて、思わなかった……!」

 気が付けば俺はその場に膝を着いて、子供のように泣きじゃくっていた。

 流れ続ける涙は、抱え込んできたものでズタズタに引き裂かれた心が出血しているかのようだった。

「うん、そうだよね」

 そんな俺を、更に一歩踏み込んできたシアの体が抱きすくめてくる。

 跪いたことで背の高さが逆転したせいか、より一層自分が弱々しく思えた。

「シアも同じ。お家に帰っても、誰もいなくて寂しい気持ちは、きっと一緒」

 囁かれる言葉は優しく、胸の一番深い所へと響いた。乾ききった大地に雨滴がしみこむように、ひび割れた心が癒されていくのを感じる。

 全身を包む温度は、もうとっくの昔に忘れかけていた人肌の温もりだ。もう二度と与えられることはないと思っていた、家族から与えられる無償の愛だった。

 帰りを待ってくれる人なんて、もうこの世にはいなかったはずなのに。


「だから、一緒に暮らそう? シアはね、お兄ちゃんが帰って来た時に『おかえり』って言いたくて、『ただいま』って言って欲しいの」


 どうしてこの子は、いつだって俺が一番欲しい物を与えてくれるんだろう。

 声を出そうとしても嗚咽ばかりが漏れる今、まともに言葉を発することすらままならず。

 俺はただ抱きしめられたまま小さく、何度も頷くことしか出来なかった。

これが世に聞くバブみというやつか……(違)

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