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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter01-3

 管理局の敷地には本棟以外にも様々な施設がある。俺が住み着いている宿舎や実験棟、技術開発用の工房も同じ敷地内だ。

 これだけ聞くと詰め込み過ぎなようにも感じるが、管理局の敷地は非常に広く取られており、各施設同士の距離は結構離れている。ある日突然、実験棟や工房諸共住む場所がなくなっているなんてことは起こり得ない……はずだ。多分。そうであって欲しい。

 とにかく、ルナリアたちと別れた俺が向かったのは、管理局内にある施設の一つだ。施設と言うよりも、敷地と言った方が正しいかもしれない。

 共同墓地は、都市の中にあって都市とは雰囲気がだいぶ異なる場所だった。

 人や機械、どこへいても何かしらの喧騒と身近な都市において、ここは別世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥るほど静かだ。平日の昼に来たからか俺以外に人がいないので、尚更そう感じる。

 道に沿うように並んでいる石碑の下には、この都市で命を落とした人たちが眠っている。おおよそ病気で死ぬことはなく、他所と比べて治安のいい都市における死因は寿命か変異体であり、九割以上は後者だ。

 月に一度の頻度で多数の犠牲者が出るため全ての個人に墓を用意するのは難しく、管理するものまで亡くなっていた場合は管理の問題も出てくる。よって防衛戦の際に死亡した人々は一つの大きな墓にまとめて葬られることになっていた。

 数多くの墓が並んでいるのは、その数だけ変異体が都市内で暴れたという証拠でもある。単純計算で一八年前に初めて現れてから年に一二回と考えれば、二〇〇を下らない石碑の数にも納得がいく。かと言って、やはり気分のいいものではない。

「……ここか」

 目的の石碑は、墓所の入り口から最も遠い所にあった。

 当然と言えば当然か。直近で変異体が発生したのは俺がこの世界に来たのと同時――一週間前であり、二人が死んだのはそれより更に後だ。

 書類上は、防衛戦に際して発生した犠牲者として処理された人物。

 市民データの順に並んだ名前の一番後ろに、急遽書き足したかのように刻まれていた二つの名前を、俺は読み上げた。

「友柄春彦に、近子」

 普段なら決して声に出すことのない、両親の名前。

 この世界に共に流れ着きながらも決定的に袂を別ち、俺自身がこの手で斬り殺した唯一の肉親だ。


 人類を脅かす変異体の正体は、他の平行世界に暮らす生物の成れの果てである。

 俺が巻き込まれた世界移動という現象は本来交わらない二つの世界が何らかの要因で繋がったことによって発生し、殆どの生物はその過程で存在そのものが歪み、歪な姿となって現れる。それが変異体と呼ばれる化け物だ。

 奇跡的な確率で存在情報の欠損が少なく、人の姿と自我を保ったままこの世界に現れた俺は転移者と呼ばれている。変異体に若干寄った存在であり、時間操作という人の身には余る超能力すら得た。

 あまりに荒唐無稽で実感の湧かない話だが、全て身をもって知った事実なのだから仕方がない。

「まだあれから、三日しか経ってないんだな」

 こうして墓前に立って思い出されるのは、ここ数日よりもっと前。それこそ、この都市に来たばかりのことから。

 辛いことが沢山あった。

 この都市に来た直後の俺は存在の不安定さから精神的なバランスも悪く、シアの眠る病室でみっともなく喚き散らしたことを覚えている。変異体と化した両親と再会した時には自分の存在そのものへの不信から、全てを放棄しかけた。

 それでも今こうして墓参りに来れているのは、この世界で会えた仲間たちがいたからだ。

 常に命の危険が付きまとう世界に生まれながら絶望せず、前を見続けて日々を過ごす彼らの姿を見て来た。彼らは俺の心が折れようとする度に支えてくれ、転移者でも変異体でもない俺自身を見てくれた。

 よそ者である俺を受け入れてくれる彼らがいたからこそ、俺はあの時決断することが出来たのだ。

「間違って、いなかったはずだ」

 再度自分へ確認するように、言葉を紡ぐ。

 今でも二人を――父さんと母さんを手にかけたことを間違っていたとは思っていない。

 一度ああなってしまった存在はどんなに手を尽くそうが元に戻すことなど出来ないとわかっていたし、俺と同じ時間操作能力を持つ変異体を野放しにする訳にもいかなかった。あの場で討伐できたことで未然に防げた被害は計り知れないだろう。

 だが、後悔がないかと言われれば嘘になる。

 どんな姿になろうとも、同じ変異体すら殺した異常な個体であろうとも。少なくとも俺のことだけは認識し、襲わなかった。

 俺はそんな二人を、殺したのだ。

 後悔なんて無いはずがなかった。≪アブソリュートエンド≫という実体のない刃で斬ったから手応えこそなかったが、殺したという実感だけはしこりのように心の一部へと巣食い続けている。

 穏やかな日常を過ごしている間のふとした瞬間に、それは存在を主張してくる。まるで忘れることを許さないかのように、深く根を張った罪の意識が胸を抉るような痛みを発するのだ。

 どうせ考えていることが表情に出やすいと専らの評判である俺だ。ルナリアたちはとっくの昔に気づいているのだろう。さっき彼女が声をかけようとしたのも、暗い感情がにじみ出ていたに違いない。

 特にルナリアの様子がおかしいのは、タイミング的にも俺が関係している可能性が高い。ただでさえ世話をかけっぱなしなのに、これ以上心労を重ねるのはいくら友人といえども申し訳ない。

「……だから、いつまでもこんな調子じゃ駄目だよな」

 俺はこの先、一章この罪と向き合う必要があると思う。それだけのことをしたという自覚はある。

 しかし、残りの人生を俯いたまま生きていく訳にはいかない。立ち止まったままの時間を無為に過ごす訳にはいかない。

 思い起こされたのはあの戦いを終えて気を失い、目覚める直前に二人と交わした言葉。

 あれは所詮、俺が見た夢に過ぎないのだろう。

 だとしても俺はあの通学路で、自分の意思で前を向いて歩いていくと決めた。訪れる明日に対し、真っすぐに向かっていくと。

 その決定こそが、殺してしまった父さんと母さんに対する唯一の贖罪だ。

「勝手かもしれないけどな」

 そう言って小さく笑ってから俺は目を閉じて、石碑に向かい手を合わせた。正しい参拝の方法は知らないが、しばらくそのまま黙祷を捧げる。静かな墓地に風の音だけが鳴り響き、一つ吹くたびに備えられた花の香りが宙に舞った。

「……よし!」

 十数秒ほどそうしてから閉じていた目を開き、俺は気つけをするように両の頬を手のひらで叩いた。

 気持ちを切り替えていこう。ここへ来たのも、いつまでも引きずり続けている後悔に区切りをつけるためでもあった。

 完全に心が癒えたとは言い切れないが、色々と吐き出して多少はマシになったと思う。少なくともここ三日間と比べれば幾分かマシな表情になったはずだ。

「また、しばらくしたら来るよ」

 今日の所はこれくらいにしておく。突発的に来たためお供え物すら用意できていなかったが、次に来る時は花くらい持ってきてもうちょっと明るい話題を報告できればいいな。

 そんなことを考えながら石碑に背を向け、入り口の方へと歩き出した。


 来るときよりも若干軽い足取りで墓地を出て、特に行く宛もないまま俺は管理局の敷地内をぶらついていた。

 ルナリアは何だか一人にして欲しそうだったし、今から射撃場にいるノインたちと合流するのも気を使わせてしまいそうで遠慮したい。シアの見舞いは無理だし、瑞葉さんらについてはそもそも動向を掴めていない。

「よくよく考えてみれば、俺ってこっちでの交友関係が狭いんだよな」

 基本的に絡むのは同僚である都市常駐のガーディアンの面々だし、指揮系統の違いから外回りの人らとは直接話す機会が殆どないし。学校とかもないから交友を広めようもない。

 家に帰っても一人暮らしだし……あれ?

「俺って、もしかして物凄く寂しいやつなのでは?」

 由々しき問題に直面し、持ち上がりかけていた気分のグラフが一気に右肩下がりへとなっていく。大暴落だ。

 憂鬱な気持ちになりながら、管理局の本棟付近へ差し掛かった辺りだった。

「あのー、すみません」

「……はい?」

 横合いから、遠慮がちな声がかかって来る。

 周囲に人がいないということはないんだが、距離と方向的にこれは俺に対してだろう。

 若干性能の落ちた脳みそでそう判断し、緩慢に声のした方向へと顔を向ける。

 するとそこに立っていたのは、ノインと同じ年頃か少し年下くらいの可愛らしい少女だった。

 結構お金がかかってそうな小奇麗な恰好をしているが、その上からはひざ丈くらいある白衣を着こんでいる。藍のかかった長髪はその白衣の裾くらいまであり、こちらを見上げる大きな黒の瞳には、どことなく知性的な輝きが灯っていた。

 ……初対面のはずなのに、どこか他人のような気がしない。どっかで見たことがあるような、無いような?

 悩む俺に対し、更に少女は問いかけて来た。

「つかぬことをお聞きしますが、お兄さんはガーディアンの方ですよね?」

「え? あ、あぁ、そうだけど」

 突然の問いに、返答が遅れてしまう。

 俺の顔が「どうしてわかったの?」とでも言っていたらしく、少女は苦笑しながら俺の手首を指さした。

「≪リンカー≫を着けていましたから。偽物でない限り、ガーディアンしか持てない物ですし」

「な、なるほど」

 そういやそうだった。これってガーディアン専用のデバイスだったんだ。

 少女の言葉に常識知らずを馬鹿にするような感じは微塵もなかったが、やはり当たり前のことを改めて指摘されると恥ずかしかった。

「あ、でもそんなに気にすることはないですよ? 個人に併せてフィットする設計上、普段から身に着けていれば自然と意識しなくなるものなので」

 へぇ、そんな仕様だったのか。知らなかった。

「お気遣いどうも……ていうか、君詳しいね」

「ええ、これでも研究室の一員ですので!」

 そう言って胸を張る少女は、今までの理知的な口調と比べて年相応に見える。

 強調された白衣の左胸には確かに、管理局のエンブレムが刺繍されていた。局の支給品である証拠であり、彼女が真実局に務めていることを表している。

「でも君くらいの年だと、まだ中学くらいじゃないのか?」

「中高のプログラムは二年ほど前に修了しました。今は大学課程の教育プログラムを受けつつなので、常勤ではないんですけどね」

「飛び級!?」

 ノインのような前例があるのでそこまで驚きはしなかったが、シアと同じくらいの年頃であるこの子も定職についているあたり、やはり元の世界とは色々事情が異なっている。

 しかも大学課程と言ったか。肩書が高校中退の俺と比べればエリートじゃないか。絶対俺より頭いいじゃん。

 ……よし、今日は帰って勉強しよう。フューリーから貰った高校用の教育プログラムがまだ放ってあるはず。

 決意を新たにした所で、俺は少女に尋ねる。

「それで、俺に何か用かな?」

「そうでした! すみません、つい自分のことばかり喋ってしまって……」

 少女自身すっかり忘れていたのか、ハッとした表情をした後に頭を下げて来た。

「いや気にしなくていいって。で、何の用だったの?」

「ええっと私、今日はフューリー研究室長に用事があったのですが、朝から何故か連絡が取れなくて。仕方がないので直接会いに来たのですけど、お兄さんは室長がどこにいらっしゃるか知っていますか?」

「フューリー室長かぁ」

 どうやらこの子はフューリーに用があって管理局まで足を運んできたようだ。

 何とも間の悪い話である。フューリーは今日の朝からずっとシアに付きっ切りで精密検査をしている真っ最中だ。

 その旨を少女に伝えると、物凄く納得したような表情になり。

「あー、そういうことでしたか。どおりで連絡もつかなかった訳ですね。おか……じゃなくて、室長は物事に集中してると外からの通信なんて平気で無視しますから」

「わざわざ来てくれたのに、ごめんな」

「お兄さんが謝る必要はありませんよ。室長のことは研究者としては尊敬してますけど、人としてはダメダメだって知ってますから」

「し、辛辣だね」

「えぇ、あの人はお父さんの爪の垢を煎じて飲むべきです」

 その後も少女はフューリーについて「普段から不健康」だとか「いつも他人に迷惑かけて」だとか「お父さんの白髪が増えた」などと、彼女の生活習慣や行動に関しての愚痴をこぼす。

 俺が言うのも何だが、ここまで人前で物怖じせずフューリーをボロクソ言う人物も珍しい。話を聞く限り少女の父親も研究室所属みたいだし、親子共々苦労させられてきているのだろう。

「ふぅ……どうもすみません、つい舌が回ってしまって」

 一頻り不満を吐露して満足したのか、少女は謝罪してきた。言葉とは裏腹にどこかスッキリしたような表情だ。

「い、いや気にしなくていいって」

 少し引きつり気味になってしまったのはどうしようもない。

「フューリー室長は今日一日は手が離せないみたいだけど、君はどうするの?」

「うーん……急ぎの用でもありませんでしたし、今日の所は出直すことにします。長く引き留めてしまって申し訳ございませんでした」

「大丈夫、俺もいい時間つぶしになったよ」

「それなら良かったです。では、私はこれで失礼しますね」

 最後にぺこりと頭を下げて、少女は駆け足気味に俺の前から去っていった。

「そう言えば、結局名前を聞いていなかったな」

 あっという間にこの場からいなくなってしまった少女の顔を思い出しながら、俺は再び記憶を探る。

 あの既視感は一体何だったんだろう。容姿も然ることながら、全体的な雰囲気も初めて感じた物ではないのだ。

 特に、会話の際に自分の話したいことをドバっと語るあの感じは、この世界に来てから何度も経験したような。

「ま、気のせいか」

 所詮は気がした程度の物だろう。俺とあの少女は間違いなく初対面なのだから。

 この場ではそう片づけて、俺は再び歩き出した。

 今の俺にはやるべきことがあるのだ。

 まずは、高校レベルの勉強から手を付けていくとしようか……。

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