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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter01-2

「死ーん……」

「おーい、ラッドー、生きてるかー?」

 椅子に座ったまま白目を剥いているラッドに呼びかけてみるが、返事がない。ただの屍のようだ。

 訓練も終わり、見学していたルナリアたちと合流した俺たちはいつものように管理局内の食堂で昼食をとっていた。道中ふらついていたラッドに肩を貸してここまで来たのだが、席に着いたと同時に限界が訪れたらしい。

 身長も高く見てくれだけならスポーツくらい余裕で出来そうなのに、実際は初日の俺といい勝負だった。むしろ体力は俺以下なんじゃないだろうか?

「ラッド・マイヤーズは反重力航法のセンスだけでのし上がった男。よって本人の戦闘力は皆無」

「中々酷い言い様ですね。いなかったらいなかったで困りません?」

「防衛戦における機動力の提供に関しては大いに評価しているつもり。一家に一台あると便利」

「やっぱ移動足場扱いなのな……」

 ここまで言われて誰も擁護してくれないとは、つくづく救われない男である。

 でも久道さんの≪ブリンカー≫による空間転移を除けば、ラッドの≪グラビティボード≫は都市最速だ。防衛戦では市街戦であり、時に入り組んだ場所を高速で移動しなければならない局面もあるため戦術的な価値も大きい。

 何かと馬鹿にされがちだが、フィーダの言う通り役割は果たしていると言える。

 だからこそ解せない。

 今朝久道さんと訓練を始めようとしたら、いつものように見学しに来ていたラッドが突然言い出したのだ。

 ――オレにも稽古をつけてくれ、と。

 今まで直接戦闘には加わらないスタンスだったのに、どうして今更剣術を学ぼうなんて思ったのだろうか。

 あんま専門外のことに情熱を傾けるタイプとは思えないし、弱音を吐きまくってた割には最後までしっかり食らいついていたし、考えるほどらしくない。

 という疑問を、食事をしつつ彼女らにぶつけてみると。

「ラッド先輩もこの前の戦いで色々思う所があったんじゃないですかね?」

「詳細は本人に聞いた方が早い」

「まあ、それもそうか」

 フィーダたちが何と言おうと、結局推測の域は出ないか。

 なら本人が正気に戻ってから聞けばいいだろう。いつ復活するかは知らんけど。

 ……らしくないと言えば。

「おーい、ルナリア」

「…………ふぇ!? な、何? 何か用?」

「……いや、用って訳でもないんだけど」

 対角線上に座ってボーっとしていたルナリアへ声をかけると、たっぷり三秒かけてから凄まじく狼狽え始めた。

 正直、この驚き様には若干引いた。

 彼女もまた、ラッドとはまた違ったベクトルでおかしなことになっている。それも今日に始まったことではなく、あの戦いがあった次の日からだ。

 個性派揃いのガーディアンの中では常識人のポジションに位置するルナリアは、仕事をきっちりこなし日々の研鑚も怠らない、私生活までしっかりとした優等生である。少なくとも俺から見た印象はそんな感じだ。

 しかし最近のルナリアと言えば、遠目から見ていても心ここにあらずといった風にボーとしていた。声をかけると今みたいにオーバーな驚き方をして、落ち着くのを待ってから会話を再開してもどこかたどたどしい。いつもならスパッと言い切る所を曖昧に濁したり、何かを言いだそうとして取りやめたりなど、不自然な態度が目立っていた。

「またボーっとしてたけど、大丈夫か? 念のため、もう一度フューリー室長に診て貰った方がいいんじゃないか?」

 三日前に一度、ルナリアはフューリーによる検診を受けている。

 時間停止中の戦闘について説明するさ中、俺がルナリアに接触したことで彼女が一時的に停止した世界で行動したと知ったフューリーは、半ば誘拐同然にルナリアを連れ去って徹底的に検査しまくった。

 帰ってきた直後のルナリアの目は軽く死んでいたので内容の詮索はしなかったが、結果としては目立った変化はなかったとのこと。第二の能力者の誕生を期待していたフューリーは酷くがっかりした様子だった。

 ただ肉体面で変化がなかったとは言え、前の俺みたく精神の一部に変調をきたす可能性はゼロじゃない。

 メンタルはお門違いだとフューリーはお得意の丸投げを発動し、俺たちも割と意識してルナリアにおかしな所が無いか見ているのだが。

 やはりこうも様子が変だとどうしても心配してしまう。直接的な原因が俺にある分、尚更だった。

「大丈夫よ。体も頭もなんともないわ」

「本当か? 何か顔も赤い気がするし、やっぱ具合悪いんじゃ――」

「あ、赤くなんてなってないから! 本当に大丈夫だからあんまりジロジロ見ないで!」

「そ、そうか」

 別にジロジロは見てないし、顔が赤いのは気のせいじゃないと思うんだがなぁ。

 あまり興奮させて悪化させるのも忍びないし、大人しく従うことにする。

 すると、丁度いいタイミングで。

「――ひぃっ、顔はやめて!?」

「あ、起きた」

「夢の中でもしばかれてたんですね」

 どこぞのアイドルみたいな悲鳴を上げながら、ラッドが目を覚ました。

 よほど訓練がきつかったのか、意識を失ってなお久道さんの幻影に追い立てられていたらしい。

「な、何だ夢か」

「前まで一般人してた俺が言うのも何だけどさ。お前もうちょっと普段から体動かした方がいいと思うぞ?」

「生憎、オレは必要じゃないことはなるべくしない主義だったんでね。自慢じゃないが、変異体とタイマンになったら確実に死ぬ自信がある」

「マジで自慢にならねえなおい……」

 わかってはいたが、いっそ清々しいくらいの開き直りだ。

 やはり解せない。

「じゃあ何で今日になって剣術なんか学ぼうと思ったんだよ。ラッドの戦闘での役回りだと必要ないんじゃないか?」

「……別に、大した理由じゃねえよ」

 かねてよりの疑問をぶつけてみると、若干極まりが悪そうというか照れくさそうにしてラッドはぶっきらぼうに言った。

「それこそ前まで一般人だったハルチカがあんだけ頑張ってんだから、オレも何となく今のままじゃ駄目だって思ったんだよ」

「だから急に剣術を始めようとしたんですか?」

「剣に限らず銃でも格闘でも何でもいい。前みたいなことがあった時に、オレもお前らみたいに戦えたらって思っただけだ。一人だけ何も出来ないのは、ごめんだからな」

「ラッド、お前……」

「だー! わかってんだよガラでもないこと言ってんのは! でもお前があそこまで根性見せたんだからオレだって根性見せなきゃ始まんねえだろ!?」

 半ばヤケクソ気味に声を張るラッド。

 俺に触発されたなどと考えるのは自意識過剰な気もするが、こいつはこいつで仲間のことを考えて不慣れな戦闘訓練に参加し、悲鳴を上げながらも耐え抜いて見せたのだ。

 そう考えると、何か熱いものがこみ上げてくる。

 シアと直接話をして以来、どうにも涙もろくて仕方がなかった。

「あーラッド先輩がハルさん泣かしたー」

「女よりも先に男を泣かせるとは……ラッド・マイヤーズ、やはりそっちの気が」

「ま、まさか! 顔は割と良いのに浮いた話が全く無いのはそういうことだったんですか!?」

「ラッド、お前……」

「おい勝手に妄想膨らますな! オレは至ってノーマルだよ! ハルチカも若干引いてんじゃねえよしまいにゃ泣くぞ!?」

 今度はラッドが泣きそうになっていた。あまりに必死に否定する様子がおかしくて、みんなして笑ってしまった。

 この三日間は、ずっとこんな調子だ。

 元の世界でしていたように、下らない話で盛り上がり、笑いあう。そんな日常を……彼らと過ごすこの日々を守ることが出来て、本当に良かったと思っている。

 だから、あの時の選択はきっと間違っていなかった。

 そう思って、いいはずだ。

「春近」

「ん?」

 不意に声をかけられ、顔を向ける。

 視線の先にいたルナリアは何か言いたそうな表情をしていたが、しばらく逡巡するような素振りを見せた後に、

「……やっぱり、何でもない」

 消え入るような声でそう言って、軽く俯いてしまうのだった。


 いつ現れるかわからない変異体を相手にするガーディアンには、勤務時間という概念がそもそも存在しない。敵が現れたら仕事の時間だし、そうでなければ基本自由な時間だ。

 久道さんのように自分から仕事を背負いこむような人物でもない限り、ガーディアンの面々は個々の生活リズムで好き勝手に過ごしている。俺の場合、午前中は久道さんとの訓練やフューリーとの実験があり、午後は基本的にフリーとしていた。

 今日はある理由から実験が無かったため、開始を早めて少々長めに訓練の時間を取っていた。それを知ったラッドは今日よりキツくはならないだろうと安心していたが、あの人は時間が短い分は密度でカバーするタイプなので、奴は明日も屍と化すのだろう。

「それで、この後はどうします?」

 昼食を終え、食堂を後にした所でフィーダが切り出した。

 と言うのも、今日の午後は完全にノープランだったのだ。

 ここ数日のパターンは、三日前に目覚めながらも検査入院中の身であるシアの病室へお見舞いに行くのが鉄板だった。

 最初に出会った時や眠っていた時からは想像できないほどに明るく感情豊かな彼女との会話は楽しく、面会時間を超えてしまうこともしばしばだ。全員が一人っ子だからか、妹が出来たように可愛がっている。

 本来なら今日もお見舞いに行っていたのだろうが、昨日の去り際にシアから伝えられた情報によってそうもいかなくなってしまったのだ。

「精密検査が面会時間以降まで長引くなんてなぁ。折角今日はオレが久道さんにボコられて気絶したっつう美味しい話があったのに」

 三日間経過を見守って表面上は何事もなかったシアの体調をより詳しく調べるため、フューリーは今日の朝からずっと彼女の精密検査を行っているらしい。当然その間面会は出来ないため、こうして予定が宙ぶらりんになっているのだ。

 ……ていうか、ラッドよ。

「自分で積極的にネタにしていくスタイルなのか」

「いやーなんか、不本意ながらシアちゃんの中でオレは不遇キャラとして確立されてるっぽいしさ。こうなりゃもうとことん道化を演じてやろうという粋な心意気よ」

「そ、そうか」

 色々と言いたいことはあったが、同じ男としてラッドの粋な心意気を尊重するべく敢えて言及を控えた。

「別に演じなくともラッド・マイヤーズは充分道化であると察する」

 しかしここで自重しないのがノインさんだった。

 あーあ、それ一番言っちゃいけないやつだ。

「お、おま!? それを言ったらお終いだろ!」

「……道化は道化でも、いい道化」

「それでフォローになってるとでも!?」

「あーはいはい、ラッド先輩がピエロなのは知ってますから」

「何気にお前が一番オレへの風当たり強いよね! もしかしてまだあの時のこと根に持ってんのか!?」

「さぁどうですかねー。で、ルナ先輩はどうしますか?」

 明らかに初日のことをまだ根に持っているのだろうフィーダが問いかけると、ルナリアは少しだけ思案してから。

「そうね……私は訓練場に戻るわ。ちょっと個人的に試したいことがあるから」

「何だ、新技でも思いついたのか?」

「当たらずとも遠からずってとこかしら。出来るかどうかはやってみなきゃわからないし、上手くいったら教える」

 尋ねてみるとそんな答えが返ってくる。

 口ぶりからして、あまり人に見られたくはないようだ。一人で特訓したいというのであればルナリアの意思を尊重するべきだろう。

「ノイちゃん先輩は?」

「射撃場へ。最近サボタージュ気味だったから、いい加減腕が鈍る」

 即答するノイン。

 意外と言っては失礼かもしれないがノインはかなり付き合いが良い方で、シアへのお見舞いにも毎回参加していた。ドライに見せかけて人一倍人情味がある少女なのである。

 とは言え、こういうストイックな発言も彼女らしいと言えば彼女らしい。

「なら、ついでに銃の撃ち方とか教えてくれよ。もしかしたら剣よりも性に合うかもしれないし」

「あ、わたしもそれにお供します! ちょうど試し撃ちしてない新入りがいくつかあるんですよ。ラッド先輩にも撃たせてあげますね!」

「……おい、それって本当に人間が撃っても大丈夫なヤツだろうな?」

 機械と重火器をこよなく愛するフィーダは戦闘においても数多の実弾兵器を操る。その殆どは生身の人間が扱えば反動でえらいことになるようなものばかりなので、ラッドが警戒するのは無理もない。

「大丈夫ですよ、最悪でも肩が外れる程度で済みますから」

「大丈夫って言葉の意味を調べてこい!」

「ハルさんはどうします? 一緒にぶっ放しますか?」

「うーん、どうすっかなぁ」

 ラッドをガン無視したフィーダの誘いに、俺はちょっとだけ返答に迷った。

 戦闘に活かすかどうかは別として、単純に興味はある。元の世界では勿論のこと、こっちの世界でも銃器の類に触れたことは一度もない。創作や妄想の域を出なかった銃を撃つという行為には、単なる戦闘の手段以上に少年心をくすぐられた。

 答えに詰まったのは、俺が割と剣術にどっぷり浸かり始めているからなのだろう。何と言うか、近接職として飛び道具に手を出すのは名状しがたい抵抗感があるというか。

 心なしか、正宗が収納されている≪タグストレージ≫から「何よ、あんた銃に浮気するの?」的なオーラが放たれているような気がする。

 違うんだ正宗。これは決して浮気なんかじゃない。ちょっと銃を撃つのも楽しそうだなぁって思ってはいるけど、心の底ではいつだって家族のことを考えて……ってこれじゃ完全に駄目な浮気男のパターンじゃねえか。

 そもそもナチュラルに正宗が女房ポジなのも納得いかん。名前的に男だろ。何が家族だアホらしい。

「……家族、か」

「どうかしました?」

「あ、いや何でもない。それとせっかくの誘いだけど、また今度にしてくれ」

「そうですかぁ。じゃあ、次の機会があればまた誘いますね」

 フィーダは特に食い下がることなく、笑顔でそう言って引き下がってくれたが。

「……春近は、どうするの?」

「えっと、そうだな」

 躊躇いがちに問いかけてくるルナリアの表情を見て、またやっちまったかと反省する。漏れた独り言を聞かれたか、表情にはっきり影が差していたのだろう。

 ここで嘘を吐いても余計に心配されるだろうし、上手く吐ける自信もない。

 若干バツが悪くなって苦笑しながら、俺は素直にこの後の予定を告げた。


「色々と落ち着いて来たし、墓参りにでも行ってくるよ」

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