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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter01-1 日々の変化 2014/4/30

 悲しみも後悔も、全てを置き去りにして時間は流れていく。前へ、前へと。

 時間が待ってくれないのならば、必死に追いかけるしかない。

 いつまでも立ち止まっている訳にはいかなかった。

 生きている限り、明日は訪れるのだから。

 例え、どんな世界であろうとも。


 イメージは重要だ。

 手にした竹刀を己の一部とし、あたかも俺自身が一振りの刀であるかのように精神を研ぎ澄ます。つま先から頭の天辺まで全てを制御下に置かなければ、万一にもあの人から一本を取ることなど叶わない。

 一足一刀――一歩踏み込むだけで互いの間合いに入り込む距離に、彼は適度に脱力した姿勢で佇んでいた。一見すると隙が多いように見えるが、無駄な力みが一切ない構えは外見とは裏腹にあらゆる方向からの攻撃に対応しうる。

 剣術を学び始めて一週間と少しの俺ですら、構えを見ただけで久道秀一という剣士が達人の域にいると思い知らされる。

 これでも習い始めの頃よりは遥かに上達した方だと思っているが、今日に至るまで純粋な技術勝負では一度も勝てたことが無い。久道さんはこの道二〇年以上のベテランだし、当然と言っちゃ当然なんだけど。

 でも一人の男として、黒星だけというのはどうなのか。

 俺とて一度たりとも負ける気で臨んだことはないため、普通に悔しい。いい加減一本くらい取ってやりたいのだ。

 紆余曲折あり、本日の訓練は普段とは少々趣向が異なっていた。ざっくり言うなら、久道さんはちょっとしたハンデを背負っている。これを活かせるかは完全にこちら次第だが、もしかしたら初の白星を取れるかもしれない。

 はやる気持ちを抑えつつ、俺は全身に力を漲らせて。

「フッ――!」

 鋭い呼吸に併せ、防具も何もつけていない久道さんの頭目がけて竹刀を振った。

 踏み込みと同時に跳ね上がった切っ先が、最短距離で目標へと迫る。彼に対し手加減は全く無用であることはだいぶ前に学習済みなので、割と本気で頭をかち割る勢いだ。

 しかし、当然のように防がれる。

 ノーモーションで久道さんの右手が閃き、直撃まで数センチまでいった俺の竹刀が軽々と弾かれた。使っている得物は同じでこっちは両手だというのに、片手で振るわれる一発の重みが計り知れない。

 弾かれた勢いをそのまま利用して連続で叩き込んでも、同じようにして悉く防御される。その気になれば受け流すなり回避するなりして決定的な隙を作れるはずなのに、敢えて軽く弾くことで俺に攻撃のチャンスを与え続けているらしい。

 途方もない技量差をまざまざと見せつけられる気分だ。これで手加減しているというのだから、もし本気を出されていたらそれこそ瞬殺に違いない。

 ――だったら、逆に乗ってやろう。

 ギアを一段階上へ引き上げる。竹刀を振るうスピードは更に上がり、青空に乾いた音が連なって響く。

 久道さんも完全に俺のペースに合わせて来ていた。上下左右あらゆる方向から斬りこもうが、指先でペンでも回すように操られた竹刀がこれを防ぐ。

 一方的に作り出された拮抗状態。

 相手の気分次第で容易に崩れ去るだろうそれを、俺の方から崩しにかかった。

「む」

 突然手ごたえがなくなったことに疑問を覚えたのか、久道さんが僅かに声を漏らした。直前まで馬鹿みたいに打ち込み続けていた俺が、急に攻撃を中止して一歩後ろへ退いたからだ。

 そこへ、

「うおりゃああああああああ!!」

 今まで俺たちの視界外で待機していたもう一人の刺客――ラッド・マイヤーズが、横合いから猛然と斬りかかる。

 今回はハンデとして、最初から二対一での戦いだった。しかし馬鹿正直に二人で挑んでも二人まとめて叩きのめされるのが透けてみていたからこそ、この作戦である。

 まずは俺だけが久道さんとの立ち回りを演じ、ラッドにはこっそり側面に移動してもらう。どうせバレているだろうが、この際気にしない。

 次に俺が一旦、自分から攻撃を止める。これによって久道さんが僅かながらにでも動揺してくれれば儲けものだ。

 そして俺の退避を合図としてラッドが襲い掛かる。俺以上にど素人であるラッドが彼を仕留められるとは最初から思っちゃいない。だが、久道さんが少しでもラッドへの対応に意識を向けてさえくれれば必要充分。

 最後の仕上げは、

「はぁッ!」

 重心の位置を整えて、すぐさま再突撃。

 最小限の動きで最短距離を射抜く突きをもってして、久道さんの胴体を狙った。

 完璧なタイミングだ。

 今から俺への対応にリソースを裂けば、ラッドの大振りが当たる。先にラッドの攻撃を凌いだころには、俺の竹刀が直撃だ。

 いける、これはいけるぞ!

 え、二対一で勝つのは男としてどうなのかだって?

 んなこと知るか。勝ちゃいいんだよ勝ちゃ!

「よし、殺った――」

 勝利を確信した刹那。

 

「甘い」

 久道さんが動いた。

 右手の竹刀が空を裂き、力任せに振り下ろされたラッドの竹刀を側面から叩く。側頭部を狙った一撃はそのまま彼の正面を舐めるように通過していき、


 カァン! といい音を立てて。

 ラッドの竹刀が俺の竹刀をぶっ叩いた。


「「あ」」

 軌道が逸れて久道さんの脇腹を掠めていく突きを、二人して間抜けな面で見送った直後。

「ぐはっ!?」

「うげっ!?」

 神速で放たれた二撃が、俺とラッドの頭を絶妙な力加減で打ち据えた。

 痛い。物凄く痛い。堪らず竹刀を取り落とす。

 痛み失くして学ぶものはなしとは久道さんの言だが、これ以上引っ叩かれたら脳細胞が死滅して学習もクソもなくなるんじゃないだろうか。

 まだ殴られ慣れてる俺はマシにしても、今日が初体験であるラッドはひとたまりもなかったらしい。

「いってぇぇぇええええええ!?」

 蹲る程度で済んでいる俺の横でラッドは叩かれた頭を押さえて、突っつかれた芋虫のようにごろんごろんと転がっていた。

「死ぬ! マジで死ぬってこれ!? 防具も≪アブゾーバー≫も無しにこんなん続けてたら本気で死ぬ!!」

「大げさな奴だ。同じ攻撃を食らった友柄はぴんぴんしているぞ」

「いや普通に痛いですから。それに、俺も最初はこんなんでしたよ」

「ふむ、そう言えばそうだったか……まあどちらにせよ、すぐに慣れるだろう」

 まだそれほど時間は経ってないのに随分と懐かしそうにした久道さんは、気持ちを切り替えるように未だデスロールを続けているラッドをつま先で小突いた。

「さあ立て。まだ訓練は始まったばかりだからな」

「ま、まだこれ続けるんすか!?」

「普段通り昼前まできっちりやるぞ。マイヤーズから言い出したことなのだから、根性を見せるがいい」

「ひぃいいいいい!」

 有無を言わさぬオーラに怯えるラッドを、俺は哀れみを込めて見下ろしていた。

 

 この世界に来て一〇日弱。

 俺――友柄春近が暮らす都市『アクシス』は、今日も平和である。


 ◇


「あ、またラッド先輩がやられた」

「幾ら素人と言えども攻め方が雑すぎる。戦闘勘が皆無」

「基本飛び回ってるだけですもんねぇ。あ、またやられた」

「反撃に怯えて動きを止めるとは。情けなさすぎる」

「先が長そうですね……お、ハルさんは結構やりますね」

「あれは完全にラッド・マイヤーズを囮と割り切ってる。いい判断」

「え、えげつない……」

 少年たちの奮闘を、遠巻きに見つめている者たちがいた。

 片や栗色のツインテールと豊かなボディラインが特徴的な、愛嬌のある少女。

 片や小柄な体を黒衣に包み、年相応に幼い相貌を鋭く引き締めた銀髪の少女。

 フィーダ・レティエとノイン・クラッツァ。彼らとは仕事の同僚であり友人でもある二人は訓練場の端に位置取って、もはや日常の光景となった午前訓練を観戦している真っ最中である。

 戦闘スタイルは違えど互いに銃火器を扱う彼女らは、久道による剣術の指導に加わることなく傍観者を貫いていた。今まではラッドもこちら側にいたはずなのだが、訳あって今日から春近と共に指導を受ける気になったらしい。

 もっとも、あの様子ではいつまで続くものか甚だ疑問ではあるが。

「それにしても、ハルさんは強いですよね」

「多少はマシになったとはいえ、実力はまだまだ。背中を預けるには若干不足している」

「いや戦闘力じゃなくてですね。もっとメンタル的な方のあれですよ」

「……強いというより、あれは強がっているに近い」

「……ですよねぇ、やっぱり」

 これまで淡々と返事をして来たノインだが、この話題に関してだけは表情に少しだけ悲しみをにじませる。それを敏感に感じ取ったフィーダの眉尻も釣られるように下がった。


 彼女たちが友柄春近という人物について知っている情報はそれほど多くない。つい最近、未知の情報が一気に増えたと言った方が正しいだろうか。

 元々彼に関しては東京――昔は日本と呼ばれていた島国の一地域から、この都市の大ボスことフューリー・バレンタインによって引き抜かれた人材であるという紹介を受けていて、特に疑問を抱く余地もなく信じ切っていた。

 なにしろ、かの人物は普段の行いが行いであるため、突発的にそのようなことをやっても全く不思議ではなかったのだ。前例もあったため、一層疑う余地もなかったのだが。

 三日前に発生した、とある変異体による騒動が全てをひっくり返してしまった。

 後に最重要機密として厳格な箝口令を敷かれた、春近についての情報と変異体についての情報。この二つは元から知らされていた久道たちを除く全員に多大な衝撃を与えた。

 平行世界から来た転移者(トラベラー)である春近は本来、この世界にはいないはずの存在であり。どこからともなく現れる変異体は、転移者になり損ねた生物の成れの果てであると。

 過去の繋がりを全て断たれてアクシスへと渡って来た春近は、それでも前を向いてこの世界で生き抜こうと頑張っていた。

 こうして久道に師事して戦闘技術を磨くのに始まり、フューリーとの実験を経て次元技術自体への造詣も深まっている。最近では各人の戦闘スタイルを細かく把握し、自分自身の戦術的な立ち回りすら意識し始めていた。

 とても、つい最近まで何の危険もない世界で暮らしていた人物とは思えない成長ぶりだった。


 故に危ういと、彼を見た誰もが感じている。


 三日前に春近が対峙した変異体は、こともあろうに彼自身の両親でもあったのだ。

 時間操作という最強の能力を持つ『黒』は春近の存在へ異常なまでの執着を見せ、彼の周りに存在するものを人間・変異体問わず惨殺しようとした。何よりも最悪なのは、その変異体を倒せるのが同じ力を持つ春近だけであったということだ。

 選択を迫られた春近は決断を下し、自らの手で両親に引導を渡した。

 深い悲しみを背負うことになった彼を救ったのは、間違いなくシア・フリーゼという少女の存在だろう。

 春近がこの世界に来て最初に救った人間から放たれた言葉が、彼を雁字搦めに縛り付けていた心の闇を解きほぐすことになったのは誰もが知ることである。

 しかし、行った行為に対する罪の意識というのはそう簡単に消えるものではない。親を殺したともなれば尚更だ。

 表向き、春近は元気を取り戻したように見える。前に比べてより一層感情は豊かになったし、笑いも泣いたりもする。訓練に打ち込む姿も、真剣そのもの。

 それはあまりにも健気で、あまりにも不自然な姿だった。

「落ち込んだ所を見せないように必死なの、バレバレですよね……」

 根が素直な少年なのだと、フィーダは春近について評価している。

 良くも悪くも感情が外に出やすく、より人間らしくなった今ではよりハッキリと彼の心理状態が外側から見えやすくなっていた。

 あのように何かに打ち込んでいる時も、何気ない会話をしている時にも。

 何気ない仕草の合間に、抑えきれない悲痛な表情が垣間見えるのだ。

 本人が自覚して隠しているという点では初日と異なるが、その分心にかかっている負担は相当な物だろう。

 友柄春近と言う少年が一日や二日で全てを乗り越えられるような超人ではないことは、彼女たちが彼について知っている数少ない事実の一つだった。

「わたしたちで、何とか元気づけられればいいんですけど」

「小官らがハルチカに出来ることなどたかが知れているが……破綻する前に解決すべき案件ではある」

 その危うさたるや、普段はあまり他人のメンタルケアに気を配らないノインですらフィーダに迎合する始末である。先の戦闘以来彼女の春近に関する評価は軒並み高く、既に脳内序列はラッドやフィーダよりも上だった。

 しばかれたラッドの悲鳴をバックに、二人は意見を出し合ってみる。

「やっぱりスカッとすれば心も晴れると思うんですよ。ここは一つ、外に出てミニガンなりロケランなりぶっ放して気分爽快になって頂ければと」

「それで解消されるのはフィーダ・レティエだけ。心を落ち着かせるためにも、各兵装を構成部品単位で分解掃除することを提案する」

「それで落ち着くのもノイちゃん先輩だけですよ!」

 ああだこうだと言い合うが、一向にいい案は出てこない。

 性格は全く違えど、共通して自分の世界へ没頭するタイプである二人は他人への気遣いという点においてズブの素人だった。この結果は推し量って然るべきと言えよう。

 彼女たちの仲間には気遣いを職業レベルで行っているミハイル・グッドマンという執事がいるものの、この時間は主である瑞葉・ベイカーと共に屋敷の中だ。この場にいない人物へ意見を求めることは出来ない。

 戦闘技術はガーディアン随一な久道にしてもこの手の事柄に関しては不器用な面があり、フューリーに至っては論外である。

 こうなってくると唯一頼りになるのは、もうあの人物しかいない訳だが。

「一昨日くらいからあの調子ですからねぇ」

「心ここにあらず、か」

 すぐ側にいたにもかかわらず、その存在を忘れかけるほどに影を薄くしていた少女――ルナリア・カミカワへ目を向けた二人は、揃って溜息をついた。

 ハーフでありながら西洋の血を色濃く受け継いだ金髪碧眼。一方で幼さを残す面影には東洋の血を感じさせる。

 ただし普段キリッとしている表情は、何とも形容しがたい腑抜けたものになっていた。

 ルナリアはさっきから地べたに膝を抱えて座り、ただボーっとしたまま訓練の様子を見続けていた。

 と言うより、彼女の透き通るような碧眼は特定の人物をひたすら追っているように見える。そもそも向こうには三人しかおらず、視線を辿っていけば自ずと答えは出るのだが。

 きっと今までの会話も聞こえてなかったんだろうなぁと半ば確信しながら、フィーダは声をかけた。

「ルナ先輩はどう思います?」

「…………え、何?」

 たっぷり三秒以上使ってこの返事である。

 やっぱり聞いていなかった。

 こちらも大概、重症らしい。

 ここでフィーダの場合はまだ、深くは追及しないという気遣いが出来たのだが。

「そんなに長時間見つめていたら穴が空く」

 んなこと知ったことではないとばかりに、ノインはルナリアを見て誰もが思ったであろう客観的な事実を淡々と述べた。

 ――デリカシーはラッド先輩といい勝負ですね。

 言ったら確実にぶっ飛ばされそうな発言は心に留めておくフィーダ。彼女が都市に来てからの一か月間で学んだ処世術だ。

 当然、指摘されたルナリアはたまったものではない。

「え、あ、はぁ!? わ、私は別に春近のことなんて――って違う! 今の無し!!」

 一応「誰を」と言わなかったのはノインなりの優しさだったのかもしれないが、激しく動揺したルナリアはまんまと自爆した。

 かつて彼女がここまで慌てていたことがあっただろうか。少なくとも一番付き合いの長いノインも見たことが無い。

 噴火したように顔を真っ赤にさせて手足をわたわたとバタつかせている親友の姿を見て、ようやく自分が失言したことを悟り。

「失敬。ルナは何も見ていないし、小官は何も聞いていなかった」

「もう遅いわよもう!」

 どこまでも空回りするノインの気遣いであった。


 しかし実際、フィーダから見ても最近のルナリアは様子がおかしかった。

 具体的な症状は御覧の通り。何かにつけて春近の姿を目で追い、かと言って自分からは話しかけることを躊躇し。逆に話しかけられた際は今程ではないが慌てた後、どうにか当たり障りのない返事をしているような状態だ。

 これだけならば思春期特有の生暖かい目で見守るべき状況なのだが。春近とルナリアを取り巻く事情を加味すると、そこまで単純な話でないことは自明である。

「うーん、どうしたもんですかね……」

 三人寄れば文殊の知恵とは言ったものの、ふたを開けてみればもう話し合い所ですらなくなっていた。

 フィーダは自分だけでもとあれこれ考えてはみるが、二人で出なかった意見が一人になった瞬間に出るはずもなく。

 結局今日も、二人が完全に体力を切らして訓練が終わるまでに良いアイディアは浮かばなかった。

二章にしてようやくヒロインズの外見情報を一部公開。

おせーよって? ですよねー!

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