Chapter05-5
作戦は至極単純。
端的に言うならば、『黒』が時間を止めた瞬間、俺の正宗に搭載された次元兵器を使って倒す。
言葉だけで言い表せばこれ以上なく簡単そうだが、現実はそう甘くない。実際にはいくつかの段階を踏む必要があった。
まずは、第一段階。
「充填開始」
コマンドの発令と同時に、正宗が反応。刃の表面に刻印された光学回路が俺の≪リンカー≫と同じ淡い青色の輝きを放ち始める。更にBCへインストールされた制御ソフトが連動し、視界へ一本のゲージとカウントが表示された。
『充填完了まで、残り一分』
いつもなら短いと思える一分は、この戦場において永遠にすら感じる一分だ。
従来の次元兵器はそもそもチャージする必要なんてない。その時その瞬間に、必要な分の次元エネルギーを消費して機能するのが主だ。
しかし、フューリーの最新作であるこいつだけは予め必要な量の次元エネルギーをチャージしてやる必要がある。リスクに見合うだけの威力はあるらしいが、如何せん隙が大きすぎる。
他の武器と同様ノーチャージで使用できるのが理想的であり、フューリーも今日という日を迎えるまでに徹夜で試行錯誤したらしいが、こればかりはクリアできなかったようだ。しかも充填中は全てのリソースを正宗が持っていくので、他の補助装備も使えない。
詰まる所、チャージが終わるまで俺は素っ裸の無防備だ。
当然、それを『黒』が待ってくれるはずもなく。
「――――ッ!!」
完全な復活を遂げた変異体は声なき雄叫びを上げるように全身を震わせ、その直後には動き出していた。
三メートル越えの巨躯から出るとは思えない初速と加速。まるで≪アクセラレーター≫を使用したかのような急発進の種は既に割れており、かと言って容易に対処できるものでもない。
時間拡張。
何倍にも引き延ばされた一秒を生きる『黒』が、俺との直線状に立ち塞がる久道さんへなりふり構わず突っ込んでいった。
素人目に見ても、技術の欠片もない滅茶苦茶な太刀筋の剣であったが。
それが四本となり、通常の倍速で振るわれたらどうなるか。
一息の間に百を超える斬撃が、質量を持った嵐となって久道さんへと襲い掛かる。上下左右、三六〇度全方位を埋め尽くす刃に逃げ場はない。
どれを取っても致命的な一撃が、彼を飲み込み――
「甘い!!」
弾き返す。
抜き放った一刀が。返す刃が。翻る鉄鞘が。
四方八方から迫る死の刃を一つずつ、的確に打ち返す。舞踊のように洗練された所作で嵐の中を躍る彼の肉体は、残像がチラつく程の超スピードで動作していた。
≪アクセラレーター≫によって至るもう一つの極致。
人類を超越した『黒』の世界へ、人類の英知の結晶を携えた久道さんが踏み込む。
殺陣を繰り広げる両者の周囲で無数の火花が飛び交い、星のように瞬いた。得物の強度は拮抗しているようで、≪ディバイダー≫が働かない以上このままでは千日手か。時間稼ぎとしては申し分ない。
……だが、恐らく先に限界を迎えるのは久道さんだ。
あそこまでの加速による負荷は、いくら訓練を積もうとも耐え切れるものではない。あの状態で戦闘を継続できている久道さんがいよいよ人間を辞めている気がしたけど、さっきの大技の直後に息を切らせていたことから彼の体力にも限りがあるのを知っている。
もし久道さんが一人で戦っていたとしたら、いずれ敗北していただろう。
『充填完了まで、残り五〇秒』
無論、最初からそんな心配はしていない。
「私たちの存在を!」
「忘れて貰っちゃ困りますよ!」
激しい打ち合いの左右に、瑞葉さんとフィーダが陣取った。
フィーダの両腕には多数の銃身が円形にズラリと並ぶ、大口径のガトリング砲がホールドされている。物々しく黒光りする二門が構えられ、その射程圏に『黒』を収めるや否や獣のような唸りを上げて回転を開始。
刹那の判断で、斬り合いを強引に打ち切った久道さんが後退し、
「全・弾・斉・射!!」
割れんばかりの咆哮を伴い、鋼の猛獣が牙を剥いた。
眩しいくらいのマズルフラッシュを後光のように受けて吐き出された無数の弾丸が、横向きの豪雨となって『黒』へ降り注ぐ。
押し寄せる弾幕に、『黒』は斬りかかった。
彼らの拡張された時間の中では、音速で飛翔する実弾の一つ一つを目で追うことも出来るだろう。現に、放たれた弾丸は高速で振るわれる剣によって火花を散らしながら切り落とされていく。
でも、それまでだ。
フィーダによって展開されたのは、秒間四ケタにも迫る圧倒的な数の暴力。それら全てが、寸分違わず『黒』の肉体を捉えるコースへと導かれているのだ。
どんなに速く認識しようが、動けようが。
たった四本の腕で対処しきれるほど、甘い弾幕ではなかった。
防ぎ損ねた一発が、『黒』の右肩を抉る。ダメージはすぐに再生するが、僅かに生まれた防御行動の隙間を縫うように次々と後続の弾丸が漆黒の外骨格を食い破り、肉を削り取る。
そこから先は負の連鎖だ。まともな防御すらままならなくなった『黒』は、文字通りハチの巣にされていった。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」
頭のネジが数本飛んだようなテンションで、果てのない連射を続けるフィーダ。
あれだけの速度で、あれだけの弾薬を消費しているにもかかわらず、一度もリロードをする気配がない。銃自体は次元兵器ではないようだが、やはり何かしらの細工が施されているのだろうか。
何にせよ、今この瞬間。
作戦開始から絶え間なく動いていた『黒』が、初めて動きを止めた。
『充填完了まで、残り三五秒』
生まれた隙を、彼女は見逃さない。
「瑞葉・ベイカー、推して参る!」
己を奮い立たせるように、武者のような名乗りを上げながら瑞葉さんが『黒』へ向けて駆け出した。
彼女自身が一振りの刃になったかの如く、鋭い機動で肉薄。接近を察知した『黒』が辛うじて動かせたらしい左腕の一本を横薙ぎに振るうが、瑞葉さんは地を這うように姿勢を低くしてこれを回避する。
一気に懐へと潜り込んだ瑞葉さんだが、彼女のワイヤーは『黒』に通じない。他に武器を持っているようには見えないし、一体どうするつもりなのだろうか。
俺の抱いた疑問は。
「破ァ――ッ!!」
裂帛の気合と共に放たれた蹴りによって『黒』諸共ブチ砕かれた。
瑞葉さんの細く引き締まった脚が空気を大砲のように震わせて、治りかけていた外骨格を粉微塵に粉砕する。真下から垂直に蹴り上げられた巨体は嘘のように浮き上がり、そのまま一〇メートルほどゲインした。
まさかの物理で殴るだった。いや、蹴ったんだけども。
「……嘘だろ」
「……嘘ですよね」
奇しくもフィーダと意見が被る中、『黒』の上昇が頂点に達する。
そのまま地球の引力に引かれて落下するかと思ったのも、束の間。
「ミハイル!」
「はっ!」
落下地点から素早く離れた瑞葉さんの求めに、ミハイルさんが即応。
短い返事と共に、敢えて温存しておいた左手――≪マスハンドラー≫を構え、
「加重」
起動し、質量を増加させられた『黒』の身体が一気に地面へと引き付けられる。
先程とは違い、直接適用したため効果は即座に無効化され、僅かな間しか発揮されていない。
ただし、その分かかった荷重は先の足止めよりも強烈で。
質量増加に伴い副次的に発生した、次元兵器に由来しない爆発的な重力加速を無効化することは出来なかった。
姿をぶれさせた『黒』が、次の瞬間には地面へ激突する。ただでさえボロボロになっていた肉体は凄まじい衝撃を受け、水風船のように弾け飛んだ。
流石は主従と言った所か。寸分の狂いもない見事なコンビネーションだ。
普通の変異体であれば、百回以上は死んでそうな火力の応酬だったのだが。
「まあ、そうはいかないよな」
放射状に撒き散らされた血や肉片はしかしながら、すぐさまその中心へと集まり、元の姿へと戻らんとしている。
時間遡行による再生は絶対である。例え何度、今の流れで即死級のダメージを与え続けても、彼らを殺すことは叶わない。
ここまでは、予定通りだ。
『充填完了まで、残り二〇秒』
「総員、奴から離れろ!」
久道さんの合図で、今まで攻撃に参加していたメンバーが『黒』から距離を取る。
作戦の第一段階は、読んで字の如く時間稼ぎだ。
『黒』に再生を余儀なくさせるレベルのダメージを継続して与え続け、時間停止を封じると同時に正宗のチャージを進める。
残り二〇秒前後になった時点で久道さんたちの役目は終わったため、万一に巻き添えを食わないためにも彼らには安全な場所にいてもらう必要があった。
今、俺と再生中の『黒』との間には、十数メートル程度開いた距離以外に隔てるものは存在しない。
ここからが、第二段階だ。
「安全運転でよろしくな、ラッド」
「大船に乗った気でいな。代わりにオレの命はハルチカに預けるぜ」
軽口を叩き合いながら、俺はラッドの≪グラビティボード≫に乗り込む。一枚の板状になっている車体はそこそこ面積があり、二人くらいならスペースに余裕があった。
なのに、若干窮屈に感じるのは。
「なぁルナリア、やっぱ狭えんだけど」
「……だったらラッドが降りれば?」
「何でそうなる!?」
憮然とした表情で、俺の隣にルナリアが乗り込んでいるからだろう。
作戦上、本来彼女が俺と行動を共にする必要はないのだが、どうしてもと固辞されてこのような配置となった。
どうしてかと理由を問えば。
「春近がまたつまらない弱音を吐いた時に突き落とすためよ」
などと、ツンとした態度で恐ろしいことを言われてしまった。
相当ご立腹な様子だ。やはりあの告白紛いのことをしたのが不味かったのだろうか。
全部終わったら、俺はルナリアのご機嫌取りに奔走することとなるだろう。
それはそれで、まあ悪くない未来だ。
『充填完了まで、残り一〇秒』
カウント一〇秒前。
驚異的なスピードで元の姿を取り戻しつつあった『黒』が、完全には治り切っていない体で俺の方へと駆け出そうとし、
『――――捉えた』
両膝が、突如として撃ち砕かれた。
つんのめるように転倒する『黒』。その後方の地面には、拳大程の深い穴が並んで穿たれている。全ては一瞬の内に、徹頭徹尾無音を貫いていた。
都市の外壁にいるノインによる、針の穴を通すような精密射撃。認識可能な範囲外からの長距離狙撃と着弾時にすら音を生じない≪無音弾≫が合わさることで、時間拡張で反応・回避することすら許さない必中の足止めとなった。
これが再生し切るまでの僅かな時間が、勝負を決める。
『充填完了まで、残り五秒』
「行くぜ――発進!!」
ラッドの合図で三人を乗せた≪グラビティボード≫が浮上し、発進した。
反重力による移動は摩擦とは無縁で、氷の上を滑っているかのように急加速する。三人を乗せているとは思えないほど、大きさに反して力強い走行だ。
特に難しい軌道は描かず、ただひたすら真っすぐに『黒』との距離を離していく。単純な操舵に見えるが、反重力飛行のマニュアル操作はセンスによるものが大きいらしい。ラッドは都市全体でトップクラスの才能を誇るだけあり、機体に揺れ一つなかった。
正宗のチャージは殆ど終わっていた。これなら間に合うだろう。
第二段階は、俺が『黒』から離れること。
傷が治り、その時点で俺との距離が遠ければ。あれは必ず、時間を止めて追いつこうとしてくるはずだ。
俺に迫っていた変異体を殺した時と同じように、止まった世界で確実にラッドやルナリアたちを殺すために。
それこそが、俺たちの狙いであることも知らず。
『充填完了。待機シークエンスへ移行します』
――来た!
表示された文字列に、胸が湧きたつのを覚えた瞬間。
ガコン、と。
聞こえないはずの音が。
どこかで歯車が一つ外れるような音が、耳を打ったような気がして。
世界は再び、静止した。




