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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter05-4

「……やっぱり、そうなっちゃうんだな」

 時間停止中に生まれる弱点を突き、討伐する。

 普通に考えて不可能であるように思えるそれを成せるのは。

 同じ能力を持ち、時間停止中に動ける可能性がある俺しかいない。

 

 俺は、落としてから今まで放置しっぱなしだった正宗を拾い上げ、手のひらの中で柄の感触を確かめる。今日手にしたばかりなのに、本当に手に馴染む。フューリーは技術者としてもやはり天才なのだろう。

 これなら、こいつに秘められたあの機能にも期待が持てた。

 ……これなら、きっと苦しませることもない。

「仕方、ないよな」

 俺は脚に力を込めて、立ち上がった。

 随分長いこと地面に膝を着いていた気がする。脚一本分地面が遠くなり、空が近づいた。既にだいぶ日が傾き始めていたが、雲一つない空は始まりの朝を思い出させる。

 大きく息を吸って吐き、未だに重圧から抜け出さんとしている『黒』を見据えた。

「ハルチカ!」

 背後からかけられた声に、振り返る。

 そこにはルナリアがいた。ラッドがいた。フィーダがいた。

 三人は、どこか迷っているようだった。

「どうしたんだよ、ラッドまでそんな顔して」

 敢えて気が付いていないふりをして、問いかけてみる。

「お前、自分が何をしようとしてんのか、ちゃんとわかってんのか?」

「当たり前のことを聞くなよ。変異体を倒すのが、俺たちの仕事だ」

「んなこと聞いてねえよ! あそこにいるのは、お前の親なんじゃねえのかよ!?」

 耐え切れなくなったのか、叫び出すラッド。

「らしいな。最悪なことに」

「だったら何でそんな……いや、悪い。平気な訳、ないよな」

「……気を使わせて、ごめん」

 勢いを失った彼に対し、俺はただそれだけしか言えなかった。

 気は進まない。だが、これは俺にしか出来ないことだった。俺がやらなければ、みんなが殺されてしまう。それだけは看過出来ないのだ。

 それがわかっているからこそ、ラッドは引き下がってくれた。

「き、きっと他に良い手がありますよ! わたしは頭良くないから時間稼ぎくらいしか出来ませんけど、フューリーさんやみんなが知恵を絞ればきっと――」

「たぶん、そんな時間もない。今でこそ行動を予測出来てるけど、いつイレギュラーな行動をされるかもわからないんだ」

 もし、本気の本気で『黒』が生命の危機を感じたとして、再生ではなく驚異の排除を優先しようとしたら。

 二人の匙加減次第で、俺たちなんかあっという間もなく全滅する。時間をかける訳にはいかない。

 まだフィーダは納得がいっていないようだったが。

「で、でも!」

『そこまでにするべき。既に決は下された。彼の決断に対し小官らが口出しをする権利はない』

「うぅ……」

 無線から発せられた声は、これ以上食い下がることを許さなかった。

 彼女のどこまでも作戦へ忠実な態度は時に冷徹とすら感じるが、今はその誠実さが身に染みる。

「ありがとう、ノイン」

『ハルチカ』

 これには、少々驚いた。

 いつもはフルネームで呼ぶのに、どういった風の吹きまわしだろうか。

『小官は、貴官の決断に敬意を表する』

「それ、初日にも聞いた気がする」

『これは冗談ではない。本意』

「わかってるよ。ありがとう」

『……ご武運を』

 短く淡々としたやり取りではあったが、彼女らしい激励だった。

 しかしああは言っても、やはりノインもまた割り切れてはいないのだろう。最後の方の声は、僅かに震えていた。


 そして、

「顔が赤いけど、大丈夫か?」

「だ、誰のせいよ誰の!? さっきは紛らわしいこと言ってくれちゃってもぉ!」

 指摘されたルナリアは憤懣やる方ないといったご様子だった。怒り方に全然いつもの勢いがなく、全然恐くない。寧ろ可愛いくらいだ。

 からかうような言い方になってしまったのは否定できない。別に意図してやったのではなく、彼女を見ていたらつい口を突いて出てしまったのだ。直後のラッドたちに向けた言葉は若干誤魔化しにも近かった。

 どうしてかはまだはっきりと言葉にできない。でも結果的に面白いものが見れたから良しとしよう。

「あなたって、ああいうことは言わないタイプだと思ってたのに」

「そりゃ偏見だ。まあ、昔から草食系っぽいとはよく言われてたけどさ。でも忘れるなよルナリア。見た目に関係なく、男はみんな狼だ」

「何よそれ……はぁ。言いたいことが色々あったはずなのに、全部忘れちゃったわ」

「じゃあ思い出してからでいいよ。全部終われば、いくらでも時間はあるんだからさ」

「……そうね」

 ここで長々と話す必要はないと思う。

 ルナリアと――彼女たちと話す時間は、これから幾らでも作れるんだ。

 今、この局面を乗り切ることさえ出来れば。

 ルナリアの瞳が、いつかのように真っすぐ俺を射抜いている。

 俺もまた、それを真っすぐに見返して。

「戦えるの?」

「戦うしかないだろ。俺にしか、出来ないんだから」

「後悔はしない?」

「たぶん、めっちゃすると思う。今度こそ泣いちゃうかもしれない」

「その時は……笑ってあげるわ。この泣き虫って」

「ひでえなおい」

「さっきのお返しよ。私すっごく恥ずかしかったんだから、これだけで済むとは思わないことね。だから――」

 優しく背中を押すように、彼女は笑って。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 ◇


 少し離れた場所では、春近が都市の近い仲間たちから様々な言葉をかけられていた。

 それは叱責であったり、慰留であったり、鼓舞であったり。

 全ては彼らが心から、彼へと送っている言葉だった。

 美しい光景だと、久道は思う。

 この世界に来て彼にもたらされたのが不幸な現実ばかりでは無かったということに、心の底から安堵している。

 久道は初めから知っていた。

 彼だけではない。瑞葉もミハイルも、都市の中心に近い人物であれば全員が知っていた。

 自分たちが討伐し、言い換えれば次元技術の実験台としている変異体という存在は、他の世界からこちらの世界へ引きずり込まれた被害者でもあったのだと。

 この情報が明かされない理由は様々だ。士気に関わる問題でもあるし、国際的に見れば変異体に対する仕打ちへ難色を示す団体も現れるだろう。それを足掛かりに、都市へ敵対行為を起こす国家が現れないとも限らない。

 今でこそ変異体という共通の脅威があって人間同士の争いは鳴りを潜めているが、本質的に人間は争う生き物である。競争によって発展した歴史を持つ以上、避けえない事実だ。

 久道個人の意見を言うならば、やはり知って欲しくなかったというのが本音だった。

 何も知らなければ。ただ敵であるとだけ認識していれば罪悪感に苛まれることもない。剣を振るうのに迷いが少なければ少ないほど、生き残る確率も高くなる。久道は、若者たちの心を傷つけたくなかった。


 だが。

 フューリーによって真実を突きつけられた彼らは、久道が思っているよりもずっと強かった。

 一番辛い立場にある春近が、あんなにも穏やかな表情を出来ている。

 それを送り出す彼らが心配こそすれ、最終的には晴れやかな表情をしている。

 彼らを見くびっていたのは、他でもない久道自身であったことを思い知らされた。

 このようなものを見せられたら、否が応でも自分がお節介焼きな大人になってしまったことを自覚せざるを得ない。

 ――全く、年は取りたくないものだな。

 自嘲するように、久道は苦笑して。

『彼は、強いね』

「急にどうした」

 オープンチャンネルではない、久道個人向けの回線で話しかけて来たフューリーに眉をひそめる。

 その声に、いつもの余裕は感じられない。

 久道でなければ耳を疑うほど、彼女は弱り切っていた。

『私は彼に、自分の親を殺せと言ったんだ』

「ああ、そうだな」

 直接命じた訳ではない。

 ただし、フューリーが彼に与えた知識が。導き出した結論が、春近から逃げ場を奪ったという事実は厳然たるものだった。

 誰もが、フューリーらしいやり口だと思ったことだろう。

 普段の彼女を知る者であれば尚更だ。圧倒的な知識量を持つ科学者たるフューリーは、徹底した理詰めをもって自らの意思を通す。その場における最適解を示すことで、反論の余地も他の選択肢も与えない。


 それがフューリー・バレンタインという人物であると誰もが納得していた。

 他ならぬ、彼女自身を除いて。


『子が親を殺すなんて、あってはならないことだ。それでも私は、彼を脅し焚きつけた。必要なことだったからだ』

「……ああ」

 お前がやらなければ全員が死ぬ。

 お前にしか出来ないことだ。

 全ては事実である。

 だが、事実なら何を言ってもいいのか?

 体よく利用しても許されるのか?

 彼の心を踏みにじる権利なんて、誰にあったのだろうか。

『これじゃあ、本当に化け物なのはどっちなのかわかったものではないな』

「それが俺たちの選んだ道だ。大切な仲間を……家族を、守るために」

 フューリーの言葉を否定するつもりはなかった。

 初めて、この世界に変異体が現れた日。

 かつてライトが現れた時に見た、悪夢のような光景よりも更に悪辣な地獄へ叩き落された日。

 ガーディアンという組織が生まれた瞬間から、久道の道は決まっていた。

 例え相手が何者であろうと、その血に染まってでも愛する者を守ると。

 一度は捨てるつもりだった剣を再び握り、そう誓ったのだ。

 だから。

「全てをお前に背負わせるつもりは毛頭ない。事が落ち着いたら、一緒に謝ってやる」

『得意のハラキリでかい?』

「蒸し返すな。だがお前のためなら俺は、腹を切っても構わない」

『…………秀一君は、ズルいよ』

「知っているとも」

 拗ねたように呟く彼女へ、久道は微笑む。

 こうしてフューリーを言い負かすことが出来たのは、果たしていつ以来だろうか。

 良い機会だ。久しぶりに、家族三人で集まって話をするのもいいかもしれない。

 それこそ、腹を割って。


 ◇


「久道さん」

「友柄か」

 誰かと話していたらしい久道さんへ、会話が終わったっぽいタイミングで声をかけた。

 誰とどんな話をしていたのかはわからないが、彼もまたどこか清々しい表情をしていた。

「待たせてすみません」

「いや、こちらも家庭のことで少々立て込んでいた所だった」

「え、久道さんって結婚してたんですか?」

「もう一八年は経つな。忙しくて中々会えないが、娘も一人いるぞ」

「ま、まじっすか……」

 意外というか、初めて知った。

 全然そんな様子を見せてこなかったし、誰もそういう話題を出さないからてっきり独身なのかと思っていた。

 あとでラッドたちにも知っていたか聞いてみよう。

「覚悟は決まったか?」

 激励は充分に受け取ったと見たか、久道さんはただ短く是非を問う。

 俺の答えも、決まっている。

「やれます。あの変異体は……あの二人は、俺の手で楽にしてやりたいんです」

 これは、一つのケジメなのだろう。

 元の世界に本当の意味で別れを告げ、この世界で新たな人生を歩みだすための。

 これは、最初の一歩なんだ。

「……そうか」

 俺の意思を確認した久道さんも、これ以上何かを問うつもりはないらしい。

 閉じた瞳を、次の瞬間にはカッと見開き。

「――これより、作戦要項を通達する!」


 誰もが、彼の声に耳を傾けた。

 一つたりとも聞き逃すまいと、意識を集中させた。

 地面が軋み、『黒』が暴れる音すらも遠くへ置き去りに。

 ただ力強い言葉が、無線と肉声の両方で俺たちへと伝わってくる。


 そして、最後の一句まで全員が聞き届け。


解除(リリース)

 ミハイルさんが自ら、≪マスハンドラー≫を解いた。

 空気が正しい重量へと戻され、大地が泣き止む。

 重力の軛から解き放たれた『黒』が、ベキべキと音を立てながら元の姿へと戻っていく。

 肉体を完治させ、その怒りを表すが如く四つの剣を打ち鳴らしたのを合図に、

「作戦開始!!」

 最後の戦いが、幕を開ける。

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