Chapter05-3
「あなた、本当に馬鹿なんじゃないの?」
「え」
突然の罵倒だった。
「男のくせに女の子の前でウジウジして、ラッドとはアホみたいな話題で盛り上がって、フィーダと話すときはチラチラ胸ばっかり見て近くに私やノインがいる時は無遠慮に見比べたりもして!」
「ちょ、ちょっと待って」
心が痛い。
周りから刺さる視線が痛い。
「まぁ、何っつーか。ドンマイ」
ラッドがいたたまれない感じの目で見てくる。
「ハルさんは、そんな目でわたしを見てたんですね……」
フィーダがジトッとした目で見てくる。
「若いな」
「お嬢様。あなた様もお若いのに、またそのようなことを」
「……お前たち、今がどんな状況か忘れてないだろうな?」
大人たちが何やら懐かしむような、呆れたような目で見てくる。
『……』
遠くから、無言の殺意めいた何かを感じる。
おかしい。
誠に勝手ながら、俺は慰められているんじゃなかったのか。
あれ?
前にも、同じことがあったような。
「見なさいよみんながあなたを見る目を! これが変異体と同じ、化け物を見る目に見えるの!?」
「い、いや……」
どこからどう見ても、仕方のない馬鹿を見る目だ。
おぞましい何かへ向ける視線というには、到底及ばない。
そう呼ぶには、暖かすぎる。
「当たり前よ。だってあなたは普通に、人間らしく生きていたじゃない!」
「っ!」
「私は春近が楽しい時は笑って、辛い時には寂しそうにして……少しでも私たちに追いつこうと誰よりも必死に努力して、全力で生きようとしていたのを知ってる。いいえ、私だけじゃない。ここにいる全員が知ってる!」
畳みかけてくる。
ルナリアの言ったことを、誰も否定する気配はない。
「お、俺は――」
ここにいていいのだろうか。
人間を名乗って、いいのだろうか。
疑問が声に出るよりも前に、解は得られた。
「誰にも春近を化け物なんて言わせない。誰よりも孤独で、誰よりも苦悩して、それでも前に進もうとしたあなたを、例えあなた自身にも否定させはしない!」
力強く語るルナリアの目は、どこまでも真摯な感情を俺へと向けていた。
発っせられる言葉は、心にぽっかりと開いた隙間を埋めていくようだった。
触れ合った部分から伝わってくる熱が、凍り固まった俺の主張を溶かしていくようだった。
『……先ほど君は、自分が何者なのかと聞いたな』
「フューリー?」
『君に起きた変化は他の変異体に比べれば僅かなものだが、同時に不可逆なものでもある。例えどんなに時間を戻したとしてもね』
「……そうか」
彼女による解答は暗に、俺の両親を元の姿に戻すことは不可能であると告げているに等しかった。
薄々わかっていたことだが、やはりショックは大きい。
『で、だ。ここからは私の私見なのだが』
やけに私見という部分を強調するように、フューリーは前置いて。
『確かに君は変わった……だが、それは悪いことばかりではないだろう?』
「は?」
『シア君を助けられたのも、瑞葉君や秀一君への注意喚起が間に合ったのも、ひとえに君が如何なる精神状態に置いても一部冷静な思考を残せていたからだ』
言われてみれば、そういうことになるのか。
むせ返るような死体の山に囲まれた中、ほんの小さな呼吸音からシアへ辿り着けたのも。
衝撃的な再開の直後で憔悴していた中、ふと『黒』の異常性に気づき注意を促せたのも。
元の世界の俺なら、到底不可能な芸当だ。
『加えて、君が得た時間操作だ。我が祖父が生涯をかけても成しえず、私ですら手立てがなかった四次元の最大情報への干渉! これは革命だよ。君の能力を解析して技術的に再現できるようになれば人類は更なる発展に至るだろう! 私にとって、いや全世界の科学者にとって春近君は素晴らしい存在なのは間違いない!』
「つまり、何が言いたいんだ?」
『まあ、大したことではないんだが』
妙なスイッチが入りかけていたフューリーはふと、彼女に似合わずどこかぶっきらぼうな言い方で。
『君が何者であるかなんて、所詮は主観の問題でしかないということだ。つまらない違いに拘らず、なりたい自分になりたまえよ』
「――っ」
……これはあれか?
もしかして、あの人なりに励まそうとしているのか?
だとしたら。
「フューリー室長」
『何だね?』
改まって、今度はしっかりと普段通りに呼んでから。
「励ますの、下手くそかよ」
『…………さて、何のことやら』
たっぷり数秒黙り込んでから、白々しく嘯くフューリー。
やっぱり、酷く不器用な人なんだと思う。
今らならさっきのやたら神経を逆なでするような話しぶりにも納得がいった。
嘘をつくのも励ますのも下手くそだから、しらを切って憎まれ役を買って出るようなことしか出来なかったのかもしれない。
本当に、不器用な人だ。
嗚呼、畜生。
いっそのこと、全部嫌いになって拒絶できれば楽になれたかもしれないのに。
どうして俺の周りにはいい人しかいないんだよ。
悩みとしては、贅沢過ぎだ。
……なりたいようになればいい。
人間なのか、化け物なのか。そんなことで悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるアドバイスだった。
俺は――友柄春近は、どうしたいのか。
「ルナリア」
「な、何?」
唐突に名前を呼ばれたルナリアが、赤くなった目を見開く。
今更ながら、俺は抱き着かれてるんだった。首を少し傾ければ、額が触れ合う距離にルナリアの顔がある。目の端に残った涙の雫が光を反射し、宝石のように輝いている。
純粋に、綺麗だと思った。
鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている彼女へ、俺は。
「俺は、君のことが好きだ」
「……え?」
「あと、いつまでも抱き着かれてると恥ずかしい」
「――な、なななななぁ!?」
噴火したように顔を紅潮させたルナリアが、言葉にならない悲鳴を上げながら後ずさる。今までになかった反応だ。
その様子があまりにもおかしくて、つい笑みが零れた。
「ルナリアだけじゃない」
みんなの顔を、順々に見ていきながら。
「ラッドもノインもフィーダも、久道さんや瑞葉さん、ミハイルさんのことも……俺は、みんなのことが好きだ」
『おいおい、私をのけ者にするのは止めたまえ』
「フューリー室長のことも、まあ嫌いじゃないよ」
『むむ、何だろうなこの扱いの差は』
「普段の行いのせいだろう」
本気で疑問に思っているような素振りのフューリーへ、久道さんから冷静なツッコミが入った。
これを機に、彼女には常から他人への気遣いというものを意識した言動を心がけていってもらいたい。そうすれば久道さんの心労も多少は減るだろう。
「まだ、質問する時間はあるか?」
『ミハイル君は……もう左手か。あとどれくらい持ちこたえられそうかな?』
「今のペースでは、五分前後が限界でしょう」
『なら、なるべく手短に応えようか』
時間がないならないで、特に問題はなかった。
俺が今、フューリーに聞きたいことは二つだけ。
一つは、
「俺と俺の両親が世界移動に巻き込まれたのは、本当に偶然なのか?」
『……現在明らかになっているのは、変異体は平行世界から渡って来た存在であるということだけだ』
曰く、同時に出現した変異体の一部に共通して、この世界で発見されていないバクテリアを体内で飼っていたことからそう推測されているらしい。
実際に確かめようにも、変異体として出現した生命体には知性も自我もなかったため仮定の域を出ていなかった。
俺が現れるまでは。
『君が世界移動をする直前に見たという亀裂は、ライト教授の事例とは一致しない現象だった。これも所詮は推測に過ぎないのだが、晴近君を襲った現象は世界移動を無差別に、より広い範囲で引き起こすものだったのかもしれない』
「具体的な範囲はわからないよな」
『一地域に留まるのか、世界規模での災厄か……今の段階において、検証する術はないと言える』
「無理も、ないか」
結局の所、他に例がないからわからないという結論だった。
もしかしたら、こっちの世界へ両親以外の知人や友人が来ていて、同じように変わり果てた姿で現れるかもしれない。
可能性がゼロでない以上、覚悟は決めておくべきだろう。
この後、俺がしなければならないことのためにも。
「二人は……あの変異体は、時間を止める能力を持っている」
『そのようだね。瑞葉君たちの方にいたその個体が消えたのと全く同時に、君の方にいた変異体がバラされていた光景には不覚にも驚いてしまった』
やはり、止まった時間を認識できない人間からすればそのように見えていたのだろう。改めて驚異的な能力だ。『黒』がその気になれば、あの場で瑞葉さんたち三人を殺害することだって可能だった。
だが、それをせずに俺の方へ向かって来たということは。
『どうにも黒い変異体は君に強い執着を見せている。時間拡張でルナリア君に斬りかかったのも、君を奪われると思ったからだろうな』
「じゃあ、俺が今この場を離れようとしたら」
『時間停止後、君を除いた全員が殺される』
もはや自明の理であると。
逃げることは許されないと。
フューリーは断言する。
『優先順位として、最も上にいるのが春近君。その次が自身の生命維持と見た。君が比較的近くにいる今は≪マスハンドラー≫への対応に専念しているが、大きく距離を放そうとすれば即座に時を止めるだろうね』
ここまでは、俺自身でも確信していたことだ。
俺が彼女に聞きたい、もう一つは。
「……もし時間を止めたとして、その時点での損傷はどうなる?」
『すぐに元通りだよ。図らずもシア君で実証済みだが、時間遡行による再生は絶対――』
言いかけて、フューリーは無線の向こうで固まったようだった。
疑問には思っていたのだ。
どうして『黒』はルナリアの攻撃を受けた直後、さっさと時間を止めてしまわなかったのか。
時間遡行で即死級のダメージすら完治できるなら、まずこちらの動きを止めてしまえばいい。それから回復するなり、邪魔者を解体するなり自由にすればいい。
なのに、どうしてそれをしない。
二人は俺を友柄春近として認識しているのだろうが、変異体である以上最終的な行動は本能によるものなのだろう。力の出し惜しみなんて器用な真似は出来るはずがない。
もし、あの奇襲によって受けたダメージが致命的なものであったとしたら。
「時間停止を使っている間は、時間遡行が使えないんじゃないのか?」
生存を優先した結果、時間停止を行えなかったのではないだろうか。
『……充分にあり得る。単純に能力のリソースを割けないだけかもしれないが、そもそも固定された時間流の中で新たに時間の流れを生み出すこと自体が不可能なのかもしれん』
つまり、時間を止めている間、奴は再生能力を使えない。フューリーの推測が正しければ、他の時間操作に由来する力すらも封じられる。
止まった時間の中に限定して、『黒』はただの変異体に成り下がるのだ。
己のみが行動を許された世界でのみ、唯一の無防備を晒す。
こんなの反則じみている。弱点なんて、あって無いようなものだった。
――本来ならば。
「なら、二人を倒すには」
『時間停止中に殺すしかない。そしてそれが可能なのは、同じ時間操作能力を持つ春近君だけだ』




