Chapter05-2
文章全体に蔓延していた世界転移を世界移動に修正。
何でこんな紛らわしい名前にしてしまったんだ……
無線で割り込んできたその声に、空気が固まった。
その人物は全ての作戦において戦況を俯瞰しているが、作戦中にこちらへ干渉してくることは殆どない。
故に、フューリーが戦闘中に口出しをしてくるというこの状況に対し、誰もが身をこわばらせた。
『ミハイル君はそのままで結構。今の所、それの動きを止めるには≪マスハンドラー≫が最適なようだからね』
一方のフューリーはいつもと変わらず、この場においては不釣り合いな程の余裕を見せていた。
一連の戦闘を全て見た上でこの態度を取っていたとすれば、もはや勝算に値する強心臓っぷりだろう。
もしくは、
「何か、手立ては見つかったのか?」
俺の気持ちを代弁するように、久道さんが問いかける。
このタイミングで彼女から無線が来るということは、よほど特別な理由があったはずだ。転移者である俺がフューリーの元へ運ばれたのも、彼女による指示だったという。
だとすると、今回の事態もそれに類するイレギュラーと捉えるべきか。
『絶賛模索中さ。奴さんが次々にとんでもないことをしてくれたおかげで、解析データを何度も見直す羽目になって遅気味だがね』
「……薄々感づいてはいたが、やはりそうなのか?」
自分の推測を未だに認めがたいのか、尋ねる久道さんはどこか否定されることを望んでいるようにも見えた。
ただし、フューリーの解答はあっさりとしたもので。
『ああ。あの変異体は間違いなく時間を操っている』
それが既に一部実現したものであると知らない者たちへ、多大な衝撃を与えたようだった。
「じ、時間操作!?」
「いやいやいや、それは流石にヤバすぎんだろ」
『事実であれば先からの不可解な現象に解を得られるが、しかし……』
「何かの間違いじゃないですか?」
四者四様のリアクションを見せるルナリアたち。その殆どは当然と言うべきか、懐疑的なものだ。
対して久道さんら、俺の時間操作能力について知る大人たちは驚きこそすれ、実際に対峙した時の様子からフューリーの言葉が事実であると認めているようだった。
「では、奴の妙な再生や、私たちの攻撃が通用しなかったのも?」
『どちらも時間遡行によるものだろうね。前者は自身を損壊前の状態まで戻し、後者は次元兵器を起動前のニュートラルな状態へ戻したんだ。次元エネルギーの計測を行ったが間違いない』
「グッドマンの≪マスハンドラー≫は何故効いている」
『直接触れている必要があるんだろう。重くなった空気を戻すことは出来ても、大元の次元兵器を無効化できていないから結果として拮抗状態にある。時間制限付きのね』
フューリーの判断材料には、恐らく俺と行った実験のデータも含まれている。実際、時間操作が適応可能なのは俺自身か、俺が触れている物体に限定されていた。
『黒』の時間操作が俺と同質のものであるならば、根拠としては充分だろう。
それは、もはや逃れようのない事実を俺へ突きつけているに等しかった。
「フューリー」
『どうしたんだい晴近君。いつもとは雰囲気が異なるようだが』
「聞きたいことがあるんだ」
『……左手の≪マスハンドラー≫も合わせれば、まだしばらく持ちそうだね。時間内であれば、出来る限り答えて見せようじゃないか』
普段なら最低限の礼儀として室長と呼んでいた。それがないことに向こうも気づいたのかは知らないが、確かに普段とは違っているだろう。
問いたださなければならない。
この世界に来てから突きつけられてきたどんな現実よりも、現状は悪夢じみている。
いや、悪夢ならばどれだけ良かっただろう。
少なくとも、夢ならいつかは覚めるのだから。
「変異体ってさ、どこから来てるんだ?」
『世界のどこからでもさ。時には街中、時には山の中。海上に出現してそのまま溺れ死んだ例もあるね。何しろ奴らは水中を泳ぐには体積に対して体重が大きい――』
「そういうことじゃない!! 俺が聞きたいのは、そういうことじゃ……!」
自分でも思った以上に大きい声が出てしまった。
側に居たルナリアたちを驚かせてしまったが、彼女たちに気を配る余裕なんて既にない。
今俺の意識を支配しているのは、己の推測が万一に間違っていることを証明するべくフューリーへ解を求めることのみ。
既に答えは出ているようなものでも、専門家なら違う目線で切り込んでくれるかもしれない。
どうか、否定してほしい。
大きな間違いだと言ってくれれば、俺は迷わずに武器を取れる。
『それについて説明する場合、どうしても君に関する秘匿情報を明かすことになるが?』
「ルナリアたちにもう隠し事はしたくない。対外的なことに関しても、どうせあんたならどうとでもなるだろ」
『簡単に言ってくれるよ全く……まあいいさ。遅かれ早かれ、君は仲間になら秘密を打ち明けると思っていたしね』
渋々ながらといった感じで、フューリーは承諾した。
話に全く追いつけていないメンバーが困惑している中、彼らへ特に構うことなくフューリーは説明を始める。
『前に、世界移動を経てこの世界に現出した存在の大半は無事では済まないという話をしたのは覚えているかな?』
「あぁ、覚えている」
『なら話は早い。実際に何が起こるのかと言うと、増大化した次元エネルギーを許容できなくなった存在情報が深刻な欠損を起こし、正常な形を保てなくなる。私はこの現象を存在崩壊――オーバーフローと名付けた』
「存在、崩壊」
一度口に出して、新たな情報をインプットする。
聞くだにろくでもない単語だ。
だが、それが発生したことによりどうなってしまうのか。
『では、存在情報が著しく欠損するとどうなるか』
尋ねるより前に、フューリーは先を続けた。
『まずそのままでは再び三次元世界に出現できなくなる。だが高い場所にあるもは低い所へ落ちていくのが自然の摂理だ。三次元という地面に辿り着くために、欠損した情報を補完しなければならない』
「……どうやって」
『欠けた存在同士が互いを補い合うのさ。混ざると言った方がわかりやすいかな? かつてライト教授らが世界移動をして来た際の被害者は皆、二・三人分の人体が融合したような状態だった』
存在が混ざる。
融合した生体。
思うままにパーツを継ぎ足したような、奇怪な生物。
繋がる。
繋がってしまう。
『逆にいうと、欠損が極小であれば補完を受けずに出現が可能だ。これがいわゆる転移者という存在だよ』
「変異体もそうなのか?」
『……』
「あの『黒』も、世界移動に巻き込まれて欠けた存在が、互いを補いあって出来た生き物なのか?」
黙り込んだフューリーは。
直前とは打って変わって、驚くほどに感情の失せた声で。
『だとすれば、何だと言うのだね?』
――だから何だ?
こいつは、何を言っている。
わかった上で、しらばっくれているのか。
「俺がこの世界に来たのは、都市に変異体が現れたのと殆ど同時だ」
『奇妙な偶然があったものだ』
偶然であるはずがない。
都市の中に突然世界移動してきた俺と、都市の中に突然現れた変異体に実際どれだけの違いがある。
「初めて変異体と遭遇した時、奴は俺を無視していった。変異体は人間を無差別に襲うんじゃないのか」
『気まぐれな個体もいるものだな』
気まぐれであるはずがない。
奴は俺に遭遇するより前に、別の場所で多くの市民を殺害していた。次に会った際に襲い掛かってきたのは、俺がシアを抱えていたからだ。『黒』に殺された変異体だって、反対側へ移動した瑞葉さんを追っていたに違いない。
「俺と同じ能力を持つあの変異体は、俺の……俺の、良く知る人間と、同じ目をしていたんだが、これも偶然で片づけるのか」
『……それは』
フューリーは。
『他人の空似ではないのかい?』
最も言ってはいけないことを、言った。
他人の空似、か。
ははは、そうだったら良かったな。
嗚呼、本当に。
どこまでもふざけてやがる。
「……る訳ないだろうが」
『何だって? 声が小さすぎて聞こえな――』
「自分の親の目を見間違える訳が、ないだろうがぁ!!」
抑圧されていた感情が爆発する。
全力で握りしめた拳から血がにじむのすら厭わず、俺は地面を殴りつける。
何度も、何度も。
「どうして父さんと母さんがこの世界にいるんだよ。世界移動に巻き込まれたのは俺だけじゃなかったのかよ!」
手の皮が剥がれ、乾いた地面に血の跡が残されていく。
今この瞬間、流れている血の一滴に至るまで自分と言う存在がおぞましい。
「つーか転移者って何なんだ? 変異体が生まれる原因も世界移動なら、俺と変異体に何の違いがあるんだよ!? 現にあいつら、俺を仲間だと思ってんのか襲い掛かってすら来やしなかった!」
俺が変異体に対して恐怖を抱かなかったのはある意味自然なことなのだろう。
起源が同じ仲間を恐れる必要なんてないのだから。
本能レベルで、自分にとって危険ではないと知っていたのだから。
「両親は変異体になって、変異体が持っている能力を俺も持っていて……なぁ教えてくれよフューリー。俺って何なんだよ? どうして俺だけ人の姿をしてるんだよ!? 何で、俺が――」
「俺たちが、こんな目に遭わなきゃならないんだよ……!!」
気付かない間に、叩きつけ過ぎた拳から骨が露出しかけていた。
アドレナリンのせいか、そもそも痛みを感じるなんて人間らしい機能すら失ったのか。
考えてみれば、こんなにも悲しいのに涙は一滴も出なかった。シアの見舞いに行った時と同じだ。
あの時から化け物としての片鱗は見え隠れしていた。
転移者は世界移動で補完を受けなかった存在とフューリーは言っていたが、それって人間として必要な何かが欠けたままこの世界に来たってことだよな?
そりゃ人間性に欠けた冷静さも思考も出てくる訳だよ。人間未満なんだから!
最高だ。最高にくそったれだ。
いっそのこと、この理不尽な現実ごと砕けて消え去ってしまえばいい。
俺も父さんも母さんも……変異体は、この世界にとって異物なのだから。
俺は再び握った手を地面に叩きつけようとして――
「もう止めて!!」
失敗に終わった。
腕を振り上げようとした時点で、一番近くにいたルナリアによって抱き留められていた。一体どのような顔をしているのか、確認するのが恐ろしい。
無言で振りほどこうとしたがびくともしなかった。
俺はここまで非力だっただろうか。
それとも、もうそんな気力すら残っていないのか。
「離してくれ」
「駄目よ」
「どうして?」
「春近が傷つくのを見たくないの」
ルナリアの声は僅かに濡れているようだった。
何故、彼女が泣く必要がある。
滑稽じゃないのか?
化け物が化け物を倒そうと息巻いていたんだぞ。
「こんな傷すぐに治せる。俺はそういう存在なんだよ」
実際にやって見せた方が早い。
そう思い、俺はルナリアが見ているだろう目の前で時間遡行を使った。
実験で自分に付けた軽い切り傷を治したこともある。一度発動してしまえば、設定した段階まで自動的に損傷が巻き戻っていくのだ。
拳の皮が破れた程度なら、一秒足らずでこの通り。
「ほら、とんだ化け物だろ?」
これで気味悪がって離れてくれれば互いにとって一番良い。
これ以上、人間のフリをして彼女たちに迷惑をかけるのは耐えられない。
――なのに。
どうして、より強く抱きしめてくるんだよ。
「違う。春近は、人間よ」
耳元で囁かれる言葉は、どこまでも優しさに満ちていた。
「……何の根拠があって、そんな」
信じられない。
信じたくない。
もう嫌なんだよ。
何かに期待して、全部裏切られるのは。
「私には、春近と室長の会話の半分も理解できていないと思う。でも何となく、春近が今とても苦しんでいるのはわかってる」
「そりゃ、苦しいさ。この世界に来てからやってきたことも成してきたことも、全部茶番だったんだからな」
この世界で精一杯幸せに生きてみようと決心して、新しく出来た友達や仲間と日々を過ごして。足を引っ張らないようにと久道さんに師事して修行して、少しでも早く上達するために自主練までした。過去の戦闘データに関する資料だって沢山漁った。ルナリアたちに普段の戦闘で使っている戦術について聞いたりもした。
「生きている意味を得たいという一心で、これまでの人生で一番勤勉にやってきた結果が目の前のこれだ。俺は、元の世界にいた両親や知人や、見知らぬ誰かをぶっ殺すために生きてきたって言うのか?」
「……違う」
「違わないさ。現に、俺は――」
「違うって言ってるでしょうが!!」
鼓膜を破らんばかりの大音声に、俺は反射的にルナリアへ向き直っていた。
彼女は泣きながら叫んでいた。
至近にある二つの瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちている。
その表情には身を引き裂かれたかのような苦しみを湛えていて。
まるで、俺の心を鏡で映しているかのようだった。




