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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter05-1 アブソリュートエンド

「春近ぁぁぁぁぁぁああああああ!!」


 遠くから俺の名前を呼ぶ声が轟き。

 前方を埋め尽くす閃光の弾幕が、『黒』を視界の外へと押し出した。

 声が聞こえて来た方へ、緩慢な動作で顔を向ける。

 そこには。

「ギリギリ間に合った……!」

「間一髪ってとこだな。今のはオレも焦ったぜ」

「ルナリア、ラッド?」

 ラッドが操るサーフボード状のビークル――≪グラビティボード≫から降り立ったルナリアが、血相を変えて俺の元まで駆け寄ってきた。

 ≪アクセラレーター≫まで併用して急行してきたのか、二人の息は荒い。

 その手には既に展開済みの≪サイレントルーラー≫。駆けつけざまにこれを連射して、『黒』へ強襲を仕掛けたのだろう。

 ぼんやりと、そんなことを考える。

「ノインがあんな声を上げたものだから、生きた心地がしなかったわ……凄く顔色が悪いけど、大丈夫? 怪我はしてない?」

「あ、あぁ……」

 現実感が薄く、返事も曖昧なものになってしまう。

 外傷こそなかったが、大丈夫かと聞かれれば頷くことは出来なかった。

 ルナリアたちにとって、『黒』は俺を襲おうとした変異体に見えたのだろう。だからこそ初めから全力をもって排除しにかかったのだ。

 だけど俺にとって『黒』は、俺の――

「ぅ、げほっがは」

「ちょ、ちょっと本当に大丈夫なの!?」

 停止した世界で確信した事実を再確認した結果、その事実に対し体が拒絶反応を起こした。慌てるルナリアに取りあう余裕もなく、胃の中身を全てぶちまける。

 胃酸が喉を焦がす不快感が、嫌でも俺を現実に引き戻した。

 何なんだよあれは。

 何で、あの二人が、あんな姿でこの世界にいるんだよ。

 世界移動をしたのは俺だろ。二人は元の世界に残っているんじゃなかったのか。

 なのに、どうして――!

 何度も己に問い続けるが、答えなど見つかるはずもない。

 その代わりに。

 

「危ねぇ!!」

 遠くからラッドが叫んだ時には、手遅れだった。

 俺とルナリアを、影が覆う。

 反射的に目を向けた先から、ルナリアの攻撃によって吹き飛ばされていた『黒』が右の二肢を振りかぶった状態で迫ってくる。

 全身をレーザーで焼き穿たれていたはずなのに、外骨格には傷一つ見当たらない。見開かれた四つの目は怒りに燃えていて、殺意の矛先はルナリアへと向けられていた。

 速度は音速一歩手前。にもかかわらず地面を踏みしめる音は不自然な程小さく、高速移動特有の慣性や抵抗を感じられない不気味な動き。

 時間拡張、または加速。

 フューリーによって名づけられた俺の使える時間操作の一つと、その動きは一致していた。

 咄嗟に迎撃しようとしたが、振るおうとした右手には何も握られていない。たったさっき落とした正宗は、まだ地面に転がっている。

 奴との距離は三メートルも無い。拾っている間に『黒』はここまで接近してくる。

 そしたら、ルナリアは。

「く、そがぁぁああ!!」

 もはや他の手は考えられず、俺はルナリアと『黒』の間へ身を乗り出した。

 あれに俺を攻撃する意思が無いのなら、攻撃を止めるはずだ。

 もし止まらなくても……二人の手で終われるのなら、俺は――


「無茶はするなと言っただろう?」

 ピシリ、と。

 俺諸共ルナリアを切り裂かんとしていた『黒』の動きが、止まる。

 不自然な体勢のまま痙攣するその姿は、自らの意思で止めたというよりかは、無理やり止めさせられたようで。

 俺が空中に走る、細く鋭い金属光沢を見とめた、次の瞬間。

「セァ――――!!」

 裂帛の気迫を伴った嵐が、『黒』の周囲を吹き荒れた。

 琥珀色の尾を引く風が一つ吹くたびに『黒』の肉体が切断され、一度吹き抜けた風は全く異なる方向から再度標的へと襲い掛かる。一つ一つが音速を超越した斬撃が機関銃のように空気を爆ぜさせながら、執拗なまでに『黒』を切り刻む。

 やがて風が止むと、目の前には血塗れの刀を携えた久道さんが立っていた。

 彼が横合いに血を振り捨て、左手の鞘へと納刀したと同時に。

『黒』の全身が、拳大の肉片となって崩れた。


 ≪アクセラレータ―≫による暴力的な加速と、≪ブリンカー≫による連続転移の合わせ技。

 一人の剣士として完成し、長年の経験から次元兵器の性質を熟知してる久道さんだからこそ実現可能な超絶技巧だ。


「二人とも、無事か」

 こちらの身を案じる久道さんの声は、疲労の色が濃かった。

 あれだけの大技を繰り出した直後なのだから無理もないだろう。

「……はい」

「えっ、あれ……えぇ?」

 連続で推移した事態に理解が追い付いていないらしく、いつの間にか座り込んでいたルナリアは目に見えて混乱している。

 俺自身、辛うじて久道さんと瑞葉さんの助けがギリギリ間に合ったことくらいしか理解できていなかった。

「危うい所だったな。少々出遅れた」

『面目ありません。小官がもっと早く情報を伝達していれば……』

「こちらも急な事態に戸惑っていた、あまり気に病むな。……それにしても、これは」

「随分と細かくお刻みになられましたな、久道様」

 俺たちの側まで歩み寄って来た瑞葉さんとミハイルさんが、山のように積みあがった『黒』の残骸を一瞥し、若干引き気味に尋ねた。

 それに対し、久道さんは憮然とした表情で答える。

「一太刀目で急所を斬った手ごたえはあったのだが、妙に殺した気がしなくてな。仮に生きていたとしても反撃不可能な単位に肉体を分割しておいた。お陰で≪ブリンカー≫は冷却するまで使えんが」

「有言実行とは恐れ入った。しかし、これは流石に死んでいるだろう」

 賞賛と呆れがない交ぜになった言葉を送りつつ、瑞葉さんが『黒』の方へ向かおうとする。念のため、本当に死んでいるかどうかを確認するつもりなのだろう。

 彼女の言う通り、どんなに再生力のある変異体でもあのレベルで切り刻まれたら再生が間に合わず死んでいるはずだ。過去の変異体に関して言えば。

 ……でも、あれは普通じゃなかったはずだ。

 あの変異体は、俺と同じ――

「駄目だ」

 ここでようやく、俺は今の若干弛緩した空気が最も危険な状態であることに思い至った。

 もし、俺の予想が正しければ。

 ルナリアの奇襲を受けた『黒』が無傷だったのが、それによるものだとしたら!

「どうした友柄、今何か――」

「そいつに近づくなぁぁぁぁあああああ!!」

 久道さんの声を遮り、俺は叫んでいた。

 ギョッとした顔で振り返る瑞葉さんの、その後ろで。

 積みあがっていた肉片の一部が、ぶわりと浮き上がった。

「なっ!?」

 気配を察知した瑞葉さんがこちらへ飛び退ったのと殆ど同時に、全ての肉片が一斉に動き出す。

 音もなく宙を飛び交う残骸の一つ一つが決まった場所でピタリと止まり、連なるようにして一つの形を作っていく。まるでパズルを分解する動画を逆回しにするように。砂時計の砂が上側へと戻っていくように。


 全てのパーツが繋がるまでにかかった時間は、僅か三秒。

 切り刻まれる前と全く同じ体勢で復活した『黒』はごく自然な流れで、放ち損ねていた一撃を久道さんへ叩き込んだ。


「ぬぅ!?」

 超人的な反応を示した久道さんが、居合抜きの要領で二枚の剣をまとめて迎え撃った。

 三つの刃が打ち合い、けたたましい金属音と衝撃が周囲へ撒き散らされる。変異体の怪力によって振るわれた剣の重さは≪アブゾーバー≫の許容量を超え、完全に受けへ回った彼の体が僅かに沈んだ。

「何だこいつは……≪ディバイダー≫が機能していないのか!?」

 俺と久道さんの持つ刀に共通して搭載された≪ディバイダー≫。

 対象へ切り込んだ際にパッシブに働き、刃面に働く圧力を極大化することで万物を両断するはずの機構が『黒』の剣に通じていない。

「ならばもう一度動きを――!?」

 敵の背後へ回った瑞葉さんの手先から銀色の閃光が瞬く。

 『黒』の倍以上ある巨躯をも縛り付け、一時は『黒』すら止めて見せた強靭なワイヤーは、しかし奴へ到達する前に振るわれた左の刃によって切り裂かれた。

 次元兵器が悉く無効化されている。

 通じていたはずの攻撃が、一つも通じなくなっている。

「こんなの、嘘でしょ……!?」

 ルナリアは≪サイレントルーラー≫を構えるが、攻撃へ移れずにいた。

 空間内にレーザーのベクトルを変更するミラーポイントを設定可能なルナリアの武器にとって、射線上の障害物など存在しないに等しい。

 これより前に全力で放った攻撃が全く通用していなかった事実が、彼女に引き金を引くことを躊躇わせているのだろうか。

 脱出に最も適した≪ブリンカー≫は熱を持っているため使えない。

 絶望的な現実を強調するかのように、久道さんの体が更に地面へ向けて押し込まれ、

「グッドマン! 俺ごとやれ(・・・・・)!!」

「……畏まりました」

 血を吐くような叫びを聞き届けたミハイルさんが、スッと右手を『黒』へ向けた。

 それを見た瑞葉さんとラッドが、瞬時に色めき立つ。

「二人とも離れろ!」

「呆けてる場合じゃねえぞお前ら!」

「うぉあ!?」

「きゃあ!?」

 瑞葉さんが全力でその場から飛び退き、俺とルナリアは遠方から≪グラビディボード≫で急行してきたラッドに腕を掴まれて一気に後退させられた。

 肩が脱臼しかける痛みに耐えながら、俺はそれを目撃する。


加重(プラス)


 ズンッ、と。

 腹の底に響くような地鳴りと共に。

 久道さんと『黒』を中心とした円形の範囲が、一〇センチ近く沈み込んだ。

「――――ッ!」

 歯ぎしりの音がここまで聞こえてくるようだった。

 ミハイルさんの手先付近を境とした円内の重力が増加しているのだろうか。乾燥した硬い地面があれほど沈む重力など、≪アブゾーバー≫があっても耐えられるとは思えない。

 現に真上から巨大なハンマーで殴られたかのように久道さんの全身が振るえ、遂に膝を着いてしまう。

 だが、巻き込まれた『黒』も無事では済まなかった。

 もし口があったとしたら、苦鳴を上げていただろう。

 身体の大きい『黒』は久道さん以上の影響を受けているようで、彼と鍔迫り合いの状態に陥ったまま全身を大きくひしゃげさせていた。歪んだ先から元に戻ろうとしているが、修復で手一杯なのか身動きは殆ど取れていない。

「――るぁぁああああっ!!」

 攻勢が緩んだ僅かな隙を突き、久道さんは危機から脱した。

 上から押し付けられていた剣を横へ滑らすように地面へ導き、≪アクセラレータ―≫の最大加速で円の範囲から脱出。

 目だった外傷は無くても、俺たちのいる場所まで下がってきた久道さんは既に満身創痍だった。

「大丈夫ですか!?」

「かなり堪えたが、問題は、ない」

 青い顔をしているが意識はしっかりしているようで、ルナリアへの受け答えに遅れはなかった。

「久道さん、あれは?」

「……グッドマンの≪マスハンドラー≫だ。対象の質量情報を操作し自重で潰す使い方が主だが、今回は周囲の大気へ適用したようだな。直接の干渉は防がれる可能性があった」

 今もなお『黒』は効果範囲から逃れようともがいているが、それは叶わないでいる。

 死ぬ気配こそないが、動きを止めるという点においては最適解だったようだ。

「もっとも、いつまでもああして止められる保証もないがな」

 そう言う久道さんの表情は、どこまでも苦々し気だ。

 ミハイルさんの≪マスハンドラー≫が次元兵器である以上、長く使い過ぎれば久道さんの≪ブリンカー≫同様排熱が間に合わなくなる。

 再び解き放たれるまでに、俺たちは奴を倒す手立てを見つけられるのか。

 ――そもそも。

 俺は、あの変異体と……あの二人と戦うことが出来るのか?

「本当に遅ればせながら到着しました! で、どんな状況ですか!?」

 予定の一分をだいぶ超過して、フィーダが現場に到着した。

 時間停止が解除された直後の無線を最後にオープンチャンネルでの情報共有が出来ていなかったので、移動中だった彼女は全く状況を理解できていないらしい。

 にしても緊張感が無さすぎるフィーダへ周囲からの視線が刺さった。

「あ、あれー? もしかしなくても凄く大変なことになってたりします?」

「大変なんてものじゃないわよ……あのね」

 言いたいことは多々あるようなルナリアだったが、まずは情報共有を優先しようと口を開こうとし、


『その必要はない。私から全体へ説明しようじゃないか』

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