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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter05-6

 音が消える。

 風が消える。

 全ての動きが、止まる。

 ≪グラビティボード≫が巻き上げた砂埃が雲のように固まり。風に靡くルナリアの髪が不自然な位置で停止し。ただ前だけを見て操縦し続けていたラッドも彫像のように動かなくなっていた。

 先の遭遇で時間停止が解除された時とはまるで逆の感覚。

 俺はそれらの事象を、ハッキリと認識出来ていた。

 意識は……正常だ。指先にも、感覚がある。試しに正宗の柄を握りなおしてみたが、問題なく手は動いた。

 停止した世界への適応。

 たった一回。それも激しく混乱していた状況であったため本当に成功するかは賭けに近かったが、どうやら俺たちは賭けに勝ったらしい。押し寄せてくる安堵感に、大きく息を吐いた。

 これで最後の条件はクリアした。

 作戦は、最終段階へと移行する。

「……あそこか」

 遠方から徐々にこちらへと近づいてくる『黒』の姿を視認した。

 巨体であるが故に一歩の歩幅が大きく、素の移動速度も下手な乗用車より速そうだ。でも時間拡張を使えばより早くここまで辿り着けるだろうに、それを一向に使う気配がない。やはり時間を止めている間は、他の時間操作を行うことが出来ないのだろう。

 今ならやれる。

『黒』を倒せる。

 二人を――父さんと母さんを、殺せる。

「やれないことは……いや」

 さっきも同じように、自分へ言い聞かせていなかったか。

 その後、どんな結果になったか忘れてやいないか。

 これでは少々縁起が悪い。

 言い聞かせるなら、こうだ。

「必ず、やってみせる」

 一言、自らの決意を表明し。

 チャージ完了に際して使用可能になった≪アクセラレータ―≫を起動した俺は、次第に大きくなっていく『黒』へ向かって、


 一歩目を、踏み出すことが出来なかった。


「あ、れ」

 体が動かない。

 指先から感覚が失せていく。全身の体温が失われていくような錯覚に陥り、意図せずして膝が笑い始める。地平線まで見通せるほど澄んでいた視界が、急激に翳り始める。

 何なんだよこれは。

 一体、何が起こっている!?

 体は動かせた。意識も未だハッキリしている。時間が止まる前と止まった後で、特に変化はなかったはずだ。適応には成功したはずなんだ。

 なのに、このタイミングで俺の言うことを全く効かなくなるってどういうことだよ!?

 最初に動けるようになった時には、こんなことは起こらなかった。精神的なダメージは別として、体は何とも無かった。

 それが今になってどうして――

「……まさ、か」

 思考が荒れ狂う中、俺の脳内で一つの答えが出つつあった。

 第一に、これは時間停止ないし時間操作による副作用ではない。時間への如何なる干渉に対する反動が全て頭痛として現れることは、フューリーとの実験で確認済み。時間停止に関しては未知数だが、適応だけならば何も起こらないことも既に実証された。

 第二に、これは『黒』が隠し持っていた能力ではない。本能に従う変異体に出し惜しみなんて思考回路は存在しない。使える力があったのなら、先の久道さんたちとの死闘を乗り切るのに使っていたはずだ。

 よって、他に原因があるとして。

 それが他ならない、俺自身にあるとするならば。

「おいおい、本格的に笑えねえぞ」

 唯一動く口から、あまりの酷さに乾いた声が零れ出た。

 何のためにここまでお膳立てしたと思っている。

 何のために、みんなが体を張ったと思っていやがる。

 なぁ、友柄春近よ。


「どうして今になって、躊躇してんだお前は……!」


 それは拒絶反応だった。

 普通の家庭で、当たり前のように愛を受けて育った人間であれば誰もが持つもの。

 常識。倫理観。呼び方は数あれど。

 今、俺の体を雁字搦めに縛り付けているのは。

 自分の肉親を手にかけるという行為に対する、感情の離反であった。

 理性は殺せと命じた。

 感情は殺したくないと抗った。

 目には見えない内面の膠着状態が、身体の麻痺となって俺を拘束している。

「ふざ、けんなよ」

 どこまで醜態を晒せば気が済む。

 こうならないために覚悟を決めたんじゃなかったのか。

 俺自身の手で二人を楽にして、別れを告げるんじゃなかったのかよ。

「動け」

 こうしている間にも『黒』は着実に距離を縮めてきている。

 このまま動けなければ、俺をここまで運んで来たラッドやルナリアはどうなる?

 二人は俺を信じて命を託したんだぞ。二人だけじゃない。みんなが俺なら乗り越えられると信じてくれたからこそ、今の状況が出来上がったんだぞ。

「動けって、言ってんだろうが!」

 時間操作に対抗できるのは俺だけだ。俺がもし無事で済まなかったとしたら、次に標的になるのは久道さんたちか、それとも都市か。どちらにせよ、全員なす術もなく殺される。俺に関係ある人もそうでない人も、大勢死ぬ。

 俺が、腑抜けだったせいで。

「動け、動け動け動け、動け動け動け動け!」

 何度言い聞かせても、凍り付いた手足は震えるばかりでびくとも動かない。

 ラッドが全速力で稼いだ距離は既に三分の一も無かった。あと一分と経たず『黒』は俺たちを間合いに収め、最初の犠牲者が出るだろう。

 殺される順番に意味はない。時の流れが戻った瞬間、手にかかった全員が同時に死ぬこととなるのだから。

 何も出来ないまま、接敵まで残り三〇秒を切る。

 あれほど長く感じた一分が、今ではほんの一瞬のようだった。


 本当に、これで終わりなのか?

 信じてくれたみんなを裏切るのか?

 最後の最後で、残されたちっぽけな人間性にしがみ付いて。

 俺は、

「く、そぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ――ほんと、馬鹿ね。


 ドンッ、と。

 何か温かいものが、俺の背中を強く叩いた。

「ん、なっ――!?」

 想定外の強い衝撃につんのめり、五〇センチほど浮上していた≪グラビティボード≫から堪らず落下する。

 反射的に体が動いたおかげでどうにか足から着地できたが、バランスが悪く数歩ほどたたらを踏んでようやく停止した。

 迫り来る『黒』に対して致命的な隙を作らずに済み、ほっと一息ついて。

 ――あれ?

「体が、動く……いや、それ以前に」

 今、誰かが俺の背中を押したような。

 それに朧気ながら、声のようなものも聞こえた気がする。

 あり得ない。ここは時間が止まった世界なんだぞ。

 でも、確かにあの時俺は。

 信じられないと思いながら、俺は後ろを振り返った。

 そこには。

「……は、ははは!」

 あんなに絶望的な状況だったのに、腹を抱えて笑ってしまうのは何故だろう。

 目の前に移る光景が常識をぶっちぎっているから?

 世界の法則が乱れているからか?

 何だって構わない。

 俺にとって何よりも重要で、大切で、嬉しかったのは。


「時間まで止まってんのに、本気で突き落とす奴があるかよ……!」

 大きく手を前に突き出した状態で停止している、ルナリアの存在に他ならないのだから。


 理屈で説明することは可能だ。

 恐らく、必死に動かそうとして震えていた体の一部が彼女に接触したのだ。時間停止に適応した存在が触れた物体が一時的に呪縛から解き放たれるのも、この目で見た事実である。

 触れ合ったほんの一瞬で全てを理解したルナリアは、約束通り俺を突き落とした。

 有言実行とは、まさにこのことだろう。

 ついでに彼女の凛とした表情は、こう語っていた。

 とっとと行きなさい馬鹿、と。

 ……最後まで、背中を押してくれるんだな。

「最高だよルナリア。君は……最高に、いい女だ」

 俺から離れたことで再び停止したルナリアへ向けて、恥ずかしげもなく告げた。どうせもう聞こえていないのだから、何を言おうが構いやしない。

「フューリーも言ってたじゃないか。所詮、俺が何者かなんて主観の問題だって」

 この世界で出来た仲間を守るために、両親を斬る。

 こんなの人の所業ではない。それこそ、化け物と言われても仕方のない。

 だけど、ここにはそんな俺を受け入れてくれる人たちがいる。

 化け物なんかじゃないと、声の限りに叫んでくれた子がいる。

「俺は選んだんだ」

 みんなとこの世界で生きることを。

「俺は決めたんだ」

 大切な仲間たちと戦うことを。

 だから――!!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 声を高く、叫ぶ。

 最後の迷いを振り切るように、一歩目を踏み出して。

 ただ正面に斬るべき敵を見据え、走り抜ける。

 急激に『黒』との距離が縮まるさ中、俺は正宗の柄に取り付けられたトリガーを人差し指で思い切り引き込んだ。

 瞬間、視界が情報の瀑布で覆われた。

『マスターコマンド受理>エネルギー充填率一〇〇パーセント>起動シークエンス開始>物理ブレード展開>>2Dフィールド形成>>>>フィールド範囲にホロブレードを投影>>完了』


『≪アブソリュートエンド≫――起動』


 変化は劇的だった。

 初めに、正宗の刀身部分が真ん中から左右に割れた。刀身そのものが鍔に沿うように展開され、その断面からにじみ出るように青白い光のラインが伸びていく。星座の如く結びついたラインによって描かれたのは、元の刀身の倍近い幅と長さを誇る仮想刀身だ。

 重みも物理的な破壊力も持たないホログラフに過ぎないそれを右肩へ担ぐように構えて、俺は一気に加速する。

 ≪アクセラレータ―≫がある以上、通常の速度でしか動けない『黒』では俺の動きに追いつけない。

 急接近された『黒』が驚愕に目を見開き、身を強張らせたように見えた。

 懐かしい視線だ。

 二度と見れないと思っていた瞳だ。

 かけがえのない、眼差しだった。

 それでも、俺は――!

 

「だッ、ラァ――――!!」

 袈裟に一閃し、返す刀で水平にもう一閃。

 すれ違いざまに二度。

 久道さんに何度も叩き込まれて覚えた、基礎の二連撃。一太刀目で心臓を裂き、二太刀目で首を刎ねる必殺の型が『黒』を捉えた。

 仮想刀身はホログラフであるが故に、外骨格を一切の抵抗もなく通り抜ける。斬った手応えなど感じるはずもなく、ただ空中に刃が横切った軌跡だけが残る。

 交錯し、互いに数メートルほど進んだところで同時に静止した。

 全エネルギーを吐き切った正宗が仮想刀身を消滅させ、刀身も元の状態へと回帰する。特に汚れてはいないが師匠譲りの手癖で刀を一振りしたと同時に、『黒』が勢いよくこちらへと振り返り、


 その頭部が、ボトリと地面へと落下した。

 一呼吸遅れて『黒』の左肩から右腰へ掛けて赤い線が滲み、重力によって上半部が斜めにスライドし、落ちる。断面は鏡面のように鮮やかで、刀を振り始めて一週間弱の若輩によるものとは思えない見事な切り口だった。

 ホログラフでは到底引き起こせない現象は、ホログラフによって可視化された範囲に存在した2Dフィールド――限定的に生成された二次元の刃によるものだ。

 厚みゼロの刃自体に切断力は存在しない。そもそも、これは切断と言う現象にすら当てはまっていないらしい。

 フューリーの言を借りるのであれば、情報そのものの武器化。二次元の平面情報を三次元物体へ差し込むことで、構成情報レベルでの強制分断を実現したとのこと。

 難しい理論を抜きにして、俺が理解しているのは。

 ≪アブソリュートエンド≫による絶対切断こそが、正宗に秘められた真の力であるということだ。


 ――カチリ。

 この感覚には、覚えがある。

 時間停止が解除される前触れ。

 止まった時間が再び流れ出す前兆だ。

 これが発生したということは、つまり時間を止めていた『黒』がその状態を維持できなくなったということ。

 即死だったのだろうか。苦しまずに、死ねたのだろうか。

 俺は自らが落とした頭部へと歩み寄ろうとし――


「ぐっ――!?」

 頭痛。

 激しい頭痛。

 頭が内側から割れるような痛みが押し寄せ、目の前が赤く発火する。

「まさか、これは……!」

 明滅する意識の中、思い当たる節が一つあった。

 最初に時間停止が解かれたのは、『黒』自身によるものだった。

 だが、今回の場合は俺が時間を止めた『黒』を殺害したことにより、半ば強制的に解いたと言っていい。

 つまり、時を止めたことによるしわ寄せが全て俺へと降りかか――っ!?

 もはや思考すらままならない熱が脳を支配しつつあった。シアを直した時とは比べ物にならない痛み。きっとこのまま俺は意識を失うのだろう。酷ければ死ぬかもしれない。

 ――それでも、最後に。

 何度も膝を着きそうになりながら、俺は全身を引きずるように前へ進む。

 頭痛のみならず、≪アクセラレータ―≫の使用と極限の集中状態から来る疲労が合わさり、既に心身共に限界を迎えていた。

 今の俺を突き動かしているのは、たった一つの執念だ。

 ――最後に、一つだけ。

 辿り着く。

 足元には人より二回りほど大きい、黒一色の頭部が転がっていた。顔面は仮面を着けているかのようにのっぺりしていて、表面には頭の大きさに比して分不相応に小さい目が四つ。

 霞む視界で、俺はその顔を覗き込み。

「……あぁ――」

 よかった。

 最後の言葉は声にならず、俺はその場に崩れ落ちた。

 もうこれ以上は持たない。激痛に苛まれる中、俺を構成する全てが深い眠りを欲していた。

 目蓋が落ち、世界が闇に閉ざされる。遠くから誰かの声が響いてくるが、何もかもが遠い。だけど、悪い気分ではなかった。

 きっと今の俺は、安らかな表情をしているだろう。

 静かに眠るように閉じられた、二人の瞳のように。

 

 ――さようなら。父さん、母さん。

 体が地面に倒れる感触を最後に、俺は意識を手放した。

次回、第一章エピローグです。

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