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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter01-2

 サイレンが鳴り響いたのとほぼ同時期。

 都市の中央。

 市民からは『塔』とも呼称される管理局の作戦室内にて、久道秀一(くどうしゅういち)は集合したガーディアンたちに向けて矢継ぎ早に指示を出していた。

 変異体の出現が確認された以上、ことは急を要する。

「状況は既に開始された。カミカワとマイヤーズはA、B区の避難が遅れた市民を救助しつつ変異体(ヴァリアント)を排除、クラッツァはその援護に回れ」

「はい!」

 ルナリア・カミカワは威勢よく応え。

「うぃーっす」

 ラッド・マイヤーズは余裕を含んだ笑みを浮かべ。

了解(ヤー)、隊長」

 ノイン・クラッツァは鋭い光を瞳に湛える。

「ベイカーとグッドマンはCとDだ。レティエは二人に付いて防衛戦に慣れろ。可能だと判断したなら戦闘に加わってもいい」

「承知した」

 瑞葉(みずは)・ベイカーは気負う様子もなく。

「畏まりました」

 ミハイル・グッドマンは厳かに一礼し。

「い、いえっさー! ……あの、ちなみに残りの二区画は?」

 フィーダ・レティエの躊躇いがちな問いに、時間が惜しいので手短に回答。

「俺が片づける。総員出撃!」

 各々が三者三様の返事をしてから退出していくのを見送る。

 最後の一人が出て行ったのを確認してから、久道は大きく溜息をついた。

 何故、自分がこんなまとめ役のようなことをしているのだろうか、と。

 ガーディアンは管理局が抱えている正規の軍隊ではなく、対外的にはあくまで研究室付きの臨床技術試験員という体だ。都市の持つ技術力を恐れる国家は数多く、それらを無用に刺激しないための肩書でもある。

 軍隊ではないのだから、それを構成している人間に身分の差など存在しない。個々の実力差や年期といった要素から自然と序列が発生すること自体は仕方のないことだと思うが、だとしても全体に指示を出すなんて仕事は本来久道の管轄外だ。

 なのに最近は、一部の職員から〝隊長〟と呼ばれる始末である。

「『適材適所』とは、よく言ったものだな」

 聞こえの良い言葉を用いて雑務を押し付けて来たときの上司の顔を思い出し、久道は大きく顔をしかめた。

 彼女は研究者であり技術者であり、合理主義者だ。戦闘の指揮は戦闘の専門家に投げる――もとい任せるという判断は至極真っ当なものであり、間違っているとも思わない。

 ただ、先の言葉に続いたのが「面倒なことは全て君の仕事だろう?」でなければ、もう少し前向きに自らの立ち位置を受け止められていたに違いない。

「少々愚痴が過ぎたか」

 彼らを叩きだした手前、自分が何時までもぐずぐずしていては世話無い。

 上司に対する不満は一度片隅に置き、久道は視線を上げる。

 見据えるのは、作戦室の白い壁の向こう側。管理局の外壁を超えて、中央区を抜けた更に先。F区にてうごめく、人口が集中するA区へ向かおうとする気配の一団を捉え。

 

連結開始(リンク・オン)


 左腕に装着した≪リンカー≫を起動。

 空間に僅かなノイズを残し、久道の姿が掻き消える。

 彼の肉体と意識は指定座標――A区とF区の境界へと全く同時に遷移し、遠くに気配を感じる程度だった変異体の集団が、今や眼前へと肉薄していた。

 数にして五。

 殺到してくる速度はビークルを用いれば余裕で逃げ果せる程度のものだが、走って逃げる人間よりは速い。このままこれらがA区に流れ込めば、避難の遅れた市民が犠牲になるだろう。

 そして久道もまた、多分に漏れず人の身である。

 変異体の基本にして最悪な習性。必ず人間に襲い掛かるという性に従い、道に立ち塞がる彼へ向けて異形の爪と牙が殺到する。


「ジェラァァア――――」

「遅い」


 瞬間、颶風(ぐふう)が吹き荒れた。

 異形共の奇声は、音速を超える踏み込みから発生した衝撃波に飲まれて消える。獲物を狩らんとする躍動は凍り付いたようにピタリと止まり。狂気に染まった瞳からは、既に生の光が失せていた。

 疾風(はやて)の如く駆け抜けた久道の右手には、先程までは存在していなかった一振りの刀が握られていた。少量の血液が付着した、機械的な柄から伸びる曇りない刀身を一瞥。無造作に振り払い、左手に持っていた鞘へと納刀する。

 

 キンッ、と鋭い鍔鳴りが静寂を刺した直後。

 自重に耐えかねた五つの肉塊が、全身に刻まれた線に沿ってバラバラに崩れ落ちた。


「装置の補助があるとはいえ、まだまだ動けるものだ」

 一体につき七閃。

 計三五の斬撃を一息に放った久道は、四〇を目前にして存外自身の能力が衰えていないことに僅かな満足感を覚えた。

 だが真に驚くべきは、彼を未だ最強のガーディアンたらしめている装備たちにある。

 特に久道個人向けにチューニングの施された刀は彼の手によく馴染み、技の冴えに一切の翳りを与えない。思考と各種アシストとの間にも煩わしいラグはなく、全てが思い通りだ。

 憎たらしいまでの完璧な調整。

『天才』の呼び名を欲しいままにする彼女の実力の一端であり、普段は不満ばかりが先行する上司の数少ない評価できる点であった。

 次なる獲物を探ろうと、視界を巡らせていると、

「向こうでも始まったか」

 管理局を挟んで反対側のC区辺りから複数の爆発と黒煙の狼煙が上がり、自分よりも先に出撃したガーディアンたちも開戦したことを知る。

 爆発と言うことは、フィーダを戦闘に参加させたのだろう。

 自分に次いでキャリアの長いミハイルや瑞葉の判断を久道は信用している。彼らの担当する範囲は主に実験や訓練に用いる地域であり一般市民は立ち入らないので、多少派手な立ち回りをしても問題ない。

 久道が一手に引き受けたE・F区もまた然り。

 プラントや発電所といった、無人で稼働する施設が集積しているこの場所に、人間は現在久道ただ一人。細かく入り組んだ地形が広がるため、障害物を無視できる自分こそが適任であると踏んでの配置である。

 そして、最も混乱が予想されるA・B区――市民たちの生活基盤となっている居住区画には三人の若手を派遣した。

 中・近距離での遊撃に長けるルナリアに、機動力に特化したラッド。遠方より狙撃でカバーするノインからなるバランスに優れた組み合わせだ。彼らの連携能力は高く、個性が突出しがちなガーディアンの中にあって貴重な柔軟性を持ち合わせていた。

 都市に残っていたガーディアンは久道の指示の下、現在取りうる最善の布陣で展開されている。緊急の報告もなく、この調子でいけば被害は最小限で収まる見込みだ。

「最小限、か」

 それが必ずしも良い表現であるとは言い切れないが故に、久道は自嘲気味に口にした。

 最小限の被害。成程、数字だけ見れば確かに好ましい結果に違いない。

 だが、奪われた命は数字で数えられるものでは決してないのだ。

 変異体が都市に直接出現するなど、そう頻繁に起きることではない。大まかな周期以外には予測不可能なそれはある種天災に近く、時期が近付けば外出を自粛するように促すものの、犠牲をゼロにするのは不可能とされていた。

 理不尽だと、久道は思う。

 その時犠牲になるのは、ただ穏やかな日常を送っていた市民なのだから。失われた命に対し、運が悪かったと割り切ることは難しいだろう。

 しかし一方で。

 自らが築き上げた死骸の山を見やり、ふと自らに問いかける。

 運が悪かったのは、一体どちらなのだろうか。

 本当に理不尽なのは、一体――

「……いかんな」

 思索に耽るのは、昔からの悪い癖だ。

 浮き上がりかけた雑念を脳の片隅へ押しやる。そのまま捨て去ってしまえば楽なのだろうが、それは出来ない性分だった。

 代わりに、今この瞬間。

 戦いに身を投じている間だけは、忘れることにしよう。

「往くか」

 どこまでも言い訳がましい自分をせっつく様に呟き、担当する全域にはびこる変異体を殲滅すべく久道は再び空間を飛び越える。

 フィーダに大見得を切った以上、相応な働きはしなければならない。


 E・F区の変異体が一匹残らず消えたのはそれから一〇分後。

 A区にてとあるイレギュラーが観測されたのと、ほぼ同時だった。

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