Chapter01-1 手荒過ぎる歓迎
――俺は、悪い夢でも見ているのだろうか。
「ここは、どこだ?」
自然と小さく漏らしたその言葉に答える者はいない。
広い通りは閑散としており、人通りもまばらだ。誰もが心なしか早歩きで、道のど真ん中に突っ立っている男子高校生に何か目もくれていない。
というか、視界に映る街並みがそもそもおかしい。
少なくとも、まずご近所ではないのは確かだ。
見たままを一言で言い表すとすれば、未来都市だろうか。
道はコンクリートではなく金属質なタイルで覆われていて、その隙間を縫うように時折光のラインが奔っている。所々でスクリーンもないのにコマーシャルのような映像が宙を漂っていて、試しに近くを通ったものに触れてみるが何の手ごたえもなくすり抜けた。
道沿いに並ぶ建物も見慣れた民家とは全然違い、道路と似たような質感の壁には窓が殆どついていない。何かの店らしい建物のショーウィンドウには、どのように使うのか皆目見当のつかない道具が飾られている。
極めつけは遠くに臨む巨大な塔のようなもの。そこらの高層建築が可愛く見え、てっぺん辺りは霞んで殆ど見えない。あそこがこの都市の中心なのだろうか。
見れば見るほど俺の知る、ちょっと時代の波に乗り遅れたレトロ感溢れる景色とは乖離した光景だった。少なくとも俺の地元はこんな、その辺で耳のない猫型ロボットが歩いてそうな場所ではない。
じゃあ、ここは一体どこなんだ?
……落ち着いて、一つずつ思い出してみよう。
今日は水曜日で、俺は通学途中だったはずだ。学校での話題に思いを馳せながら歩いていたのは閑静な住宅地で、一年以上歩き倒した通学路を間違えるわけなんてない。それ以前に、これは道を間違えたなんてレベルじゃない景色の変わりようである。
それから、変な叫び声みたいなのを聞いたんだ。凄まじい音量だったのに、何故か鼓膜が痛まなかった。明らかに異常で、ただ事ではないと思って声が聞こえてきた方を――空を見上げて。
そこには、確か――
「ぐっ……」
蜘蛛の巣のような亀裂が広がった空。
現実的にあり得ないその光景が脳裏に浮かぶと共に、頭の奥が疼いた。堪らず頭を押さえるが疼きはあっという間になりを潜め、嘘のように消え去ってしまう。
不可解ではあったが、ハッキリしたことが一つ。
丁度、俺の記憶は空を見上げた時点で途絶えていて。
意識が戻ったときには、既に見知らぬ未来都市にいたのだ。
「ますますもって、訳がわかんねえぞ……」
思い出してみたはいいものの、ここへ至るまでの過程がすっぱりと記憶から抜け落ちていることを再確認しただけだった。
この状況を説明できる仮説は、パッと思いついただけで三つ。
一つ目は最初に疑問に思った通り、これは悪い夢である説。俺は起きて学校に行く途中のつもりだったが、実はまだ家で惰眠を貪っているのだ。一番現実的で、今のところ最有力候補。
二つ目はこの都市が巨大なセットで、俺が壮大なドッキリ企画に放り込まれている説。ぶっちゃけ色々と無理があるような気がするが、三つめと比べればまだ現実味があると思われる。
何を隠そう、三つ目は俺が何らかの異常現象に巻き込まれ、未来にタイムスリップあるいは高度な文明を持つ世界へと送られてしまった説。そう、巷で流行りの異世界転移ってやつだ。
俺自身はあまりそういう小説や漫画は読んだりしないんだが、友達の一人にやたらとハマっている奴がいる。そいつから聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていないが、今のシチュエーションは正にそんな感じじゃなかろうか?
もしそうだとしたら、俺はこれからこの世界を守るために壮絶な戦いへ身を投じたり、個性豊かなヒロインたちとキャッキャウフフなやりとりをしたりするのだろうか!?
と一瞬だけテンションの上がってしまう健全ボーイな俺だったが。
「いや、ないわ」
夢のある話ではあるが、それは現実でないからこそ夢があるというのであって。
速い話、ただの高二――ステータス的には村人Aの男に突然、
「世界がヤバい! 助けて!」
と縋ったところで返せる返答は、
「ごめんなさい、無理です!」
所詮、現実なんてそんなもんである。
漫画の主人公とかならご都合主義に凄い能力を得たりするのだろうが、生憎と俺にそんな気配は無さそうだ。試しに野菜な戦闘民族が如くオーラを出そうと全身で力んでみるが、体温がちょっと上昇しただけに終わった。
「うん、やっぱないわ」
と言うわけで、仮説三は却下された。
あと残っているのは一と二な訳だが、手っ取り早く確認できるのは前者か。
「試しに頬でも抓ってみますかね」
これで痛けりゃ、業腹だがこの突発的ドッキリ企画に付き合わなければならないだろう。
だとしたら、今日は学校に行けそうにないなあと。
俺は小さく溜息をつきながら、頬に右手を近づける。
けたたましいサイレンが鳴り響いたのは、その時だった。
「な、何だ!?」
尋常じゃない雰囲気に頬を抓る動作を止め、俺は周囲を見渡す。
どこからともなく大音声でサイレンが鳴り響いた瞬間、どこからでもなく悲鳴が上がり、通りを歩いていた人々が一斉に走り出したのだ。
その表情には一様に恐怖が張り付いており、何も知らない俺でもこれから良からぬことが起きるのだと理解できた。
かといって急な展開に行動を起こすこともできず立ち尽くしている俺を更に混乱させるかのように、新たな音声が流れ始める。
『警告します。都市内にて変異体の出現を確認しました。安全のため全建造物の出入口を強制的にロックした後、≪アブゾーバー≫を展開致します。屋外におられた市民の皆様はルートガイドに従い、最寄りのシェルターへと早急に避難してください。これより、ガーディアンによる掃討を開始致します』
予め録音したものを流したかのような、朗々とした女性の声。
知らない単語が次々と出てきたが、要するにこれは避難勧告なのか?
今必死の形相で走っている人たちは、その都市に現れたヴァリアントとかいう何某から逃げている最中で、あんなに必死になってるってことは相当ヤバい状況ってことで?
「つまり、俺も逃げなきゃヤバいってことなんじゃ……!」
その判断に至るには、少し遅かった。
即座に邪魔になると判断した鞄を放り捨て、とにかくみんなが向かっている方へ走りだそうとし、
踵を返した直後、背後で空気が爆発する。
「ぐぁ――!?」
暴風に全身を打たれ、バランスを崩した俺はなす術もなく路面に転がされた。
金属質な見た目の道は見た目に反してクッションのように衝撃を吸収し、数メートルほど派手に吹っ飛ばされた割には体に痛みは少ない。だが、痛いことには痛かった。
痛みがあるということは夢ではないし、ドッキリにしたって素人相手にやり過ぎだ。
「んだよこれ……一体、何が――」
一層混乱を極めながらも、手をついて立ち上がり。
「――は?」
俺を着地の風圧で吹っ飛ばした存在の姿を見て、言葉を失った。
球状の肉塊から四方に伸びた、甲殻に覆われた節足動物の脚。更に肉塊から生えている胴体は全身に鱗を纏っており、その両腕は蟷螂のような棘付きの鎌。三メートル近い体躯に比して小さな頭は山羊のそれで、俺を見下ろす三つの目は複眼だった。
バラバラになった動物のフィギュアを滅茶苦茶に組みなおしたような造形。大よそこの世の物とは思えない外見をしているそれには確かな息遣いがあり、全ての起点となっている肉塊は不気味に脈動し続けている。
生き物だ。
これは間違いなくこのような姿をした、生物なのだ。
キメラという単語が、ふと脳裏を過った。
RPGの敵キャラとしては比較的ポピュラーなモンスターで、名前と漠然とした見た目なら記憶にある。実際それらは複数の生き物を掛け合わせた姿をしていたが、目の前にいるこれのように生理的嫌悪をもたらす外見はしていなかった。
そもそも、キメラなんて現実には存在するはずがない。あれはあくまで空想上の存在だ。
なら、目の前のこいつは何だ。
「……変異体」
確か、あの警報はそう呼んでいた。
今目の前にいるこの化け物が、まさにそれなのでは?
そして、俺の予想が正しければこいつは――
「人を、襲う?」
確かめるように言ったそれがトリガーだったのか。
「ギィィィイイイィイィィイイイィイイ!!」
黒板をひっかいたような耳障りな咆哮を上げながら。
異形の化け物が、こちらへ目がけて猛然と移動を開始した。




