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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
23/104

Chapter04-4

 初日を含めて、都市に来てから五日経った。

 この五日の内に俺の生活リズムはほぼ確定したと言っていい。我ながら、一週間足らずで随分と馴染んだと思う。

 午前中は実験棟でフューリーと時間操作に関する検査や実験。頭にシールみたいな電極を貼った状態で力を使い、脳や空間にどのような作用がなされているかを調べているらしい。

 今までは無意識下で行っていたため、最初の内は自分の意思で発動することは全然出来なかったが、何度も試している内に少しずつ感覚のようなものが掴めてきた。極度な意識の集中が必要な上に頭痛も洒落にならないので、実験自体はそこまで長時間にならない。

 実験の後の少し余った時間には開発中の武器について話をしたりもする。細かいデザイン面の希望や機能にどれだけオプションをつけるかなどを聞かれるのだが、正直何をどうすればいいかはわからないのでシェフのお任せにしている。

 昼前には訓練場で久道さんと剣術の稽古。訓練初日のような試合形式の時もあれば、余計な力を使わない刀の振り方や歩法といった細かい技術の指導をする時もあるようだ。

 昨日は軽く≪アクセラレータ―≫を使った動きの練習をしたりもした。使ってみて初めてわかったことだが、加速度を上げるとそれだけ凄まじいGがかかる。試しに限界ギリギリまで上げてた時は、もう意識を保つので精いっぱいだった。

 俺が久道さんに弟子入りしたことは周知の事実であり、ラッドやルナリアといったいつものメンバーや、たまにそこへ瑞葉さんやミハイルさんが加わって観戦している。フューリーは開発で忙しいのか、最初以降は来ていないようだった。

 昼食は局内の食堂を利用し、午後は基本的にフリーな時間である。

 部屋でネットサーフィンをしてこの都市や世界に関する知識を深めたり、ノインやルナリアの訓練に付き合ったり、フィーダのマシン談義でSAN値を削られたり、ラッドと秘密の本屋へ出かけたりなど色々だ。

 そして六日目である今日の午後は――


「ようこそいらっしゃいました、友柄様」

「ど、どうも」

「では、こちらへ」

 今日も今日とて完璧なお辞儀を決めて来たミハイルさんに釣られて、俺もつい畏まってしまう。

 そんな俺の様子にミハイルさんは微笑むと、巨大な門の内側へと先導していった。

 瑞葉さんから前に言っていたお茶会のお誘いを受けて、ホイホイ俺が来てしまったのはA区の中でもいわゆる高級住宅地に相当する場所だった。

 家主である個々人の趣味が反映されているのか、ラインに沿って並ぶ家は他のコピペしたみたいな建物とは違って細かいデザインなどが千差万別。外から見て回るだけでも結構楽しそうだ。

 俺がミハイルさんのお辞儀を受けたのは、その中にあって更に個性を主張している邸宅の前だった。敷地面積は他の家の優に三倍はあり、建物も西洋的な建築を踏襲している。

 しかし、馬鹿のように広い中庭は日本庭園だった。

 もう一度言う。日本庭園だ。

 石畳の敷かれた道の周りは砂利が敷き詰められ、東屋の近くには錦鯉の泳ぐ池まである。他にも苔むした岩が生えてたり、灯には灯篭が採用されてたり、まさかとは思い探してみたら盆栽まであった。

 この都市に来て、またもや異世界に迷い込んだ気分になるとは。

 ミハイルさんが英国風の執事として完成しているだけに、彼ががっつり和風な庭をよどみなく突き進む姿は何ともちぐはぐと言うか、シュールな絵面である。

 通された屋敷の中は流石に普通だった。

 普通と言っても滅茶苦茶広く、小市民からすればこっちも充分に異世界なんだが。

 田舎者みたいにキョロキョロあちこちへ視線を泳がせながらミハイルさんについていき、通された部屋におっかなびっくり入っていくと。

「よく来てくれた。急な申し出で悪かったな」

「いえいえ。俺も割と楽しみにしてたんで」

「なら良かった。ほら、家の中なのだから立っていないで座って話そう」

「あ、はい。失礼します」

 出迎えてくれた瑞葉さんに促されるまま、俺は一言断りを入れてからテーブルを挟んで反対側のソファに身を沈める。

 間髪入れず、ミハイルさんが音も無く二人分の紅茶のカップとクッキーが入った皿を置いていった。

 いつ用意したんだ? あの人なんも持ってなかったし、俺とほぼ同時に入ってきたはずだよな?

 この世界では一流の執事ともなれば、無から紅茶と茶菓子を用意できるのか?

 疑問は絶えなかったが、瑞葉さんの方から話しかけて来た。

「庭を見て驚いていたようだな。あれは父の趣味なんだ。春近は東京の出と聞いていたが、向こうではあれが標準なのか?」

「いえ、流石にあそこまでの庭は一般家庭には無いと思います」

「成程、そちらでもスタンダードとはならないか……ところで、この世界にはもう慣れたか?」

「……と、都市での生活にはだいぶ慣れました。瑞葉さんを含めて、みんな良くしてくれてるので」

 唐突に妙な聞き方をされて一瞬ドキリとしたが、どうにか当たり障りのない返事をすることが出来た。

 にしても、『都市』ではなく『世界』と来たか。

 一応俺はフューリーの工作で東京出身――この世界の住民ということになっているはずだ。お陰で過度な詮索はされないが、自分が転移者であることがバレないよう彼女に厳命されているので、割と自分の出自に関しては慎重に言葉を選んでいる。

 まさか感づかれているなんてことは……。

 後ろめたさからカップの中身を見つめていると、不意に瑞葉さんが小さく吹き出す。

「ふふっ、そう警戒するな」

「けけ警戒だなんてそそそんな!?」

「動揺しすぎだ。ははは、全く」

 遂に耐え切れなくなったのか、瑞葉さんは大きく肩を揺らして笑い始めた。

 美人に笑われているという構図が何だか物凄く恥ずかしくなってきて、ソファに座ったまま縮こまってしまう。

 それを尻目に未だに笑い続けている瑞葉さんを、そのすぐ後ろに控えていたミハイルさんが窘めた。

「お嬢様、あまり笑われると友柄様に失礼ですよ」

「あ、ああ。そうだな、すまない。あーおかしかった。こんなに笑ったのは久々な気がする」

「お嬢様?」

 笑顔のまま、ミハイルさんは再度短く忠告する。

 怒っている人の笑顔は、恐い。

「わ、わかっている……すまないな春近、お前があまりに素直な反応をするものだから、ついからかってしまった」

「え、えーっと?」

 状況が飲み込めず疑問符を浮かべていると、瑞葉さんがとんでもないことを口走った。


「春近が転移者であることは、一日目から私とミハイルも知っていた」


「……えぇぇぇえ!?」

 何で!? という質問が俺の顔に書いてあったのか、彼女は聞かれるまでもなく俺の疑問に答える。

「お前がガーディアンに配属された日、私たちは秀一殿に呼ばれて席を外しただろう? その時の話というのが、春近の出自に関する情報の扱い方についての話だったんだ」

「そうだったのか……でもどうして久道さんは瑞葉さんたちにだけ?」

 あの久道さんが、彼女らの口が特別固いからという理由だけで重大な機密を明かすとは思えないのだが。

「私はガーディアンとしての身分を持つが、それ以前にベイカー家の長女でもある。ベイカー家は都市において特別なポストにあるからな。だから春近のような存在についても認知しておく必要があったんだ」

「な、なるほど」

 そういうことなら納得である。

 都市の前身となった研究施設の設立や、建設地となった太平洋沖に存在する無人島の開拓等、あらゆる面で人材の手配や出資を行い都市の創立に寄与したのが、世に名だたる大富豪であったベイカー家。

 瑞葉さんは現当主である父と東京生まれの母との間に生まれた一人娘だそうだ。

「なら、瑞葉さんは滅茶苦茶お嬢様ってことじゃ」

「名目上はな。祖父は現役で管理局の重鎮だし、父も研究室でフューリー殿までとはいかなくともそれなりの立場を得ている」

「……どうして瑞葉さんはガーディアンを?」

 偉い人の子供が戦場で武勲を上げなきゃいけないのは、戦国時代の理だ。

 やんごとなき身分なら、本来は後方に下がって保護されるべきじゃないのか?

「言いたいことはわかる。自分で言うのも何だが、私は家名によるものとは言えそれなりの地位を持つからな。だが、なればこそ私には都市で暮らす市民を守る義務がある」

 そう語る瑞葉さんの瞳には、未だ湯気のたつ紅茶よりも熱い光が灯っている。

 見ているこちらが火傷しそうだ。

「都市を創立から支えて来た家の者として、私は戦う道を選んだ。もっとも、ミハイルまで一緒にガーディアンになってしまったのは誤算だったがな」

「ベイカー家に仕える者として、お嬢様だけを矢面に立たせる訳にはいきません」

 困ったように笑う瑞葉さんに対し、ミハイルさんはさも当然といった態度で対応する。

 なし崩し的にガーディアンとなった俺と違って、瑞葉さんたちは高い志を持って戦いに身を投じているらしい。

 ……俺も、見習うべきなのかな。

「何か、迷っていることでもあるのか?」

 どうにも俺は心の変化が表面に出やすいらしく、正面にいた瑞葉さんからはお見通しのようだった。

 良い機会だし、正直に白状してみる。

「いやその。俺って割と自分勝手な理由でガーディアンやろうとしてるから、なんか瑞葉さんが眩しくて」

「別に私の戦う理由に対して恐縮する必要はない。ガーディアンはあくまでこの都市における職業の一つだ。大多数は生活のためだろうし、フィーダなんか趣味のためだぞ」

「それは、そうなんですけど……」

「お前は、男の割に随分とナイーブなんだな。ラッドとは大違いだ」

 自然な流れでラッドがディスられた。

 確かにあいつKYな所あるけど、根は悪くないんですよ?

 場をわきまえず不適切な話題を振ってきて返答に困らせてくることもあるけど、基本的には良い奴なんですよ?

 あれ、あいつの良い所が具体的に浮かばない。

 ごめん、これ以上の弁護は無理だ。

「お前は一度全部失っているんだ。多少は好き勝手に生きてもバチは当たらないんじゃないか?」

「まあ、その通りと言えばその通りなんですけど……」

 世界移動の発生により、俺は元いた世界から姿を消した。

 俺は今までの繋がりを全て断たれ、この世界に放り出された。

 この世界に、友柄春近という人間は存在していなかった。

 なら、今ここにいる俺は一体何者なのだろう。

 何の意味があって、今生きているのだろう。

 そんな不安から取り乱したのが、初日の夜の顛末だった。

 今でも部屋の中に一人でいると、ふと不安に思うことがある。

 だが、その度にルナリアの言葉を思い出した。

 シアが目覚めた時に、この世界でこれから先も生きていこうと思えるくらい俺が幸せにならなければいけない。

 要約すれば、好きなように生きる。

 ふわっとはしているが、これが当面の目標になるのだろう。

 だからこの五日間は、思うままに過ごした。

 果たして、俺は今も空っぽなままだろうか――

「とは言え、お前はもう手ぶらではないか」

 先の言葉は、瑞葉さんによって告げられた。

「失った分に釣りあうだけとはいかずとも、それでもこの世界で得られたものはあったのだろう? ここ最近、初日と比べてお前は随分と穏やかな顔をするようになった」

「……そんなに変わりましたかね?」

「見違えるようにな。今日もそうだが、露骨に考えていることが表情に出るようになったぞ」

「それって褒めてるんですか!?」

「勿論」

 心の中がスケスケと言われても全く嬉しくないんですが!

 しかも今ミハイルさんも少し笑いおったぞ。さりげなく口元隠してるけど見てたからな。

 くそー、いじけてやる。

 クッキー食ってやる。

 美味しい。

 俺の機嫌は直った。

「このクッキーはミハイルさんが?」

「はい。この屋敷における炊事全般は全て私が承っていますので」

「へぇ、やっぱ出来る人は違うなぁ。そう言えば瑞葉さんは料理とかするんですか?」


「…………ふっ」

 あれ?

 何で俺今、鼻で笑われたの?

 理由を問う前に、瑞葉さんが口火を切る。

「ところでお前の周りは結構な美少女揃いな訳だが、誰が好みなんだ?」

「急に何を言い出すんですか!?」

 突然、ギャルゲーの主人公の友達みたいなことを言い始めた瑞葉さん。

 もしかして話題逸らせようとしてる?

 にしても下手くそすぎだろ! 何で急に料理の話題から女子の好みの話題に移り変わっちゃうんだよ!

「一番話をしているのはルナリアのようだが、やはりそういうことなのか? でもフィーダやノインとは同じ宿舎に暮らしているんだから何かしらイベントはあっても……だがノインはまだ一四歳だ。手を出すのは駄目だぞ?」

「しかも必死か!」

 必死に話を逸らそうとするあまり、どんどん話題が飛躍していく。

 実際ルナリアとはよく話すけど、それは戦術とか連携について教えてもらっているのであって。

 宿舎でイベントはあったけど、家の前で行き倒れていたフィーダのどこにラブコメを予感しろと。

 つーかノインに手を出したら犯罪だろ!

「もういいですから! もう聞きませんから!」

「そう言うな。皆には内緒にしておくから、ここは一つ年長者の私に思いの丈を打ち明けるが良い」

 駄目だ、この人俺の話を全く聞く気がない。

 このままだと俺の中で形成されつつあった、瑞葉さんの出来るお姉さんなイメージが粉微塵に砕ける。

 どうしてこの都市の人たちは誰もかれも最低一癖あるんだよ!

 縋るような視線をミハイルさんに向けるも、「お手上げ」のジェスチャー。

 あんたが匙を投げたら止める人間がいなくなるでしょー!?

 誰でも、いや何でもいい。

 この状況を打開する切っ掛けを――


『緊急招集発令。都市常駐のガーディアンは直ちに集合せよ』


 耳障りな警告音と共に、真っ赤なアラートが視界一杯に表示される。

 これがフィーダの言っていた緊急招集!?

 何でもいいとは言ったけど、よりによって変異体(おまえら)かよ!

「全く、時をわきまえない無粋な連中だ。もう外壁まで近づいて来たのか」

 半透明の表示枠の向こう側で、瑞葉さんがため息交じりに吐き捨てながら立ち上がる。

 そこには先ほどまでの頓珍漢な雰囲気はなく、研ぎ澄まされた刃のような闘志が湧き出ていた。

「しかし、丁度良い機会でもあるか。春近」

「は、はい!」

 慌てて返事をして立つと、彼女は強気な笑みをこちらへ向けて。

「一緒に迎撃へ向かうぞ。お前も、そろそろ実践を経験しておくべきだ」

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