Chapter04-3
……。
…………。
………………?
あれ?
数秒間の沈黙を経て、俺は未だに打撃を食らっていないことに気づいた。
おかしいな。さっきまでの調子でいったら今頃強かに打ちのめされているはずなんだが。
しかし待てども暮らせども、新たな痛みはやってこない。
一体どうなっているんだ。もしかして勝負が確定したから攻撃を中止したとか?
訳もわからず俺は、視線だけを横に回り込んできた久道さんへ向ける。
――ばっちり攻撃中ですやん。
久道さんは右肩へ担ぎ込むようにして振りかぶった竹刀を、そのまま俺を袈裟に斬り捨てるようにして振り抜こうとしていた。
否、している。
彼が放った、竹刀でありながらもはや斬撃と言っても過言ではない鋭さの攻撃は、今まさに俺をぶちのめさんと迫ってきている。
ただし。
ものすごーく、ゆっくりと。
ハイスピードカメラで撮影した映像を再生しているかのように、俺の目には久道さんの動きがスローモーションで見えているのだ。
何これ。急な展開過ぎるんですが。
もしかしてフューリーの悪戯か何かか?
そう思って今度は後ろにいるフューリーの方を見ようとしたが、何故か体がうまく動かなかった。
と言うよりか、少しずつ、ゆっくりとしか動かせない。
ええっと、何だ?
これは俺の意識だけが通常速度での運行で、それ以外はみんなスローになってるってことなのか?
ますます訳がわからない。
あー、でもなんかどっかで聞いたことがあるな。
車に轢かれる寸前とかで死を間際に感じた人間の脳は生存能力を高めるため、意識だけを急激に加速させる。そのせいで視界内の景色がスローモーションに見えるとか何とか。
なるほど、俺の脳みそは久道さんの殺意剥きだしなムーブに対して死の危険を感じたということなのか。
確かにこのスピードなら余裕で回避できそうだが、現実は非常である。
俺も動けないんじゃどうしようもないよ。寧ろゆっくりぶっ叩かれる分長引いて損なんじゃね?
考え事している内にほぼ目の前まで竹刀迫ってきてるし。これ脳天コースか。今まで頭は狙われてなかったから新しいパターンだ。食らったら多分気絶するな。
はぁ、せめて通常の二分の一の速度でいいから体が動いてくれれば――
――ん? 待てよ。
俺さっき目を動かして久道さんの方を見たよな?
試しにまた正面へ視線を……戻せた。
再び久道さんの方へ目を向けることにも成功。
体がゆっくりで目だけが正常に動く? そんな絶妙な例外があってたまるか。
意識はいつも通りに働き、目も普通に動かせる。
なら、体だって頑張れば動かせるんじゃないか?
その考えに至った途端、根拠のない自信が全身に満ちていくのを感じた。頭の天辺からつま先まで力が漲り、己の全てを掌握したかのような感覚。
今なら、いける!
確信と共に、俺は脚に力を込めた。
「――――っ!」
果たして、通常速とは言わないまでも俺の体は。
低速で動く久道さんを遥かに凌駕する速度で行動を開始した。
ほぼ触れるか触れないかの所まで接近してきていた竹刀を、潜り抜けるようにして回避。腕が伸びて無防備になった右側面の領域へと侵入し、両腕を思い切り振り上げる。
直後、俺は全ての速度が元に戻ったことをはっきりと認識した。
間を空けずして頭の奥に鋭い痛みが走った。
だがその痛みはすぐに引いていき、激しい状況の推移に飲まれて消える。
「何!?」
久道さんは一連の流れが全く把握できていなかったのか、空振りに終わった自身の攻撃と横に回り込んできた俺の姿に驚愕の声を上げている。
俺にだって何が起きたのかさっぱりわかっていない。これは意識が加速云々をとっくに通り越した謎現象だ。
ただし、今の俺の頭の中を圧倒的に占めているのは。
今この瞬間が、久道さんに一発叩き込む最大のチャンスであるということ!
「おりゃぁぁぁぁぁああああああ!!」
もはや技術もへったくれもない。
全身の力をフルに使って棒を地面へ叩きつけるような、単純な速度で言えば最高速の一撃が久道さんへと襲い掛かった。
――あ、加減。
頭かち割れよとばかりに竹刀を振り下ろしてから、これこのまま当たったら流石にやばいんじゃと心配したが既に遅――
パァン!! と。
大量の風船をまとめて割ったかのような破裂音と共に、両手を強烈な痺れが襲った。
「ぐっ……!?」
手先から肩までを貫く衝撃に、堪らず得物を取り落とす。
金属タイルで舗装された地面に落ちた竹刀はカランカランと乾いた音を立て、コロコロと転がっていく。
思わずそれを目で追うと、
竹刀の刀身が、根元から消失していた。
「え?」
見間違いかなと思い二度見するが、丁度そのタイミングで無くなっていた刀身がクルクル回転しながら柄のすぐ側に落下してきた。
「ええ?」
何かの間違いだと信じたい一心で、久道さんの方を見る。
久道さんは、
「少々。いや、かなり驚いたな、今のは」
などと言いながら斜め上に振り上げた竹刀を降ろし、佇まいを直していた。
ちょっと待って欲しい。
俺の竹刀が無残な姿になる直前――つまり俺が竹刀を振り下ろさんとしたその瞬間、彼は言っちゃ悪いが盛大に攻撃を空振りしていたはずだ。
あの体勢から無理やり体を捻るように使って竹刀を逆袈裟に振り上げた……まあ、それくらいならまだ許容できる。久道さんレベルの達人なら可能かもしれない。
でもそれって、あの竹刀で俺の竹刀を迎撃したってことだよな?
つまり、あの竹刀で俺の竹刀を根元からぶった切ったってこと、だよな?
「えええええええ!?」
あり得ないだろ!?
いくら竹刀に「刀」って漢字が含まれてるにしたって無理だって!
かなり驚いた?
驚いたのはこっちの方だよ!!
「おいおい秀一君」
混乱の極みにいる中、フェンスに寄りかかって傍観者に徹していたフューリーがこちらへと近づいて来た。
その顔には「心底面白おかしくて堪らない」と書いてあるようだった。
もうこの時点でね、嫌な予感しかしないんですよ。
「あれだけ装備は使うなと言っておきながら、君が≪アクセラレータ―≫を使ってまで防御するのは少々大人気なさすぎるのではないかね?」
「……あまりにも常軌を逸した動きをされて、驚愕と焦りから反射的に手が動いてしまった。お前も見ていたならわかるだろ」
「それに関しては心中お察しする。目の前であの動きをされたらさぞ焦るだろうよ」
指摘された久道さんはバケツ一杯の苦渋を飲み下したような表情で、珍しく弁明した。フューリーも追撃を行うことなく、珍しく久道さんに対し同情的である。
常軌を逸した動きって何だ。
久道さんから見て、俺は一体どんな動きをしてたんだ。
「春近君は、自分がどれだけとんでもないことをしでかしたのか自覚がないと見える」
「な、何だよ。俺そんなにヤバい動きしてたのかよ?」
「ヤバさで言えば激ヤバだね」
「激ヤバ!?」
「まあこれを見たまえよ」
フューリーは藪から棒に俺へ映像データを送信してきた。
恐る恐る再生してみると、場面は丁度俺が久道さんに対し迫真のフェイントを仕掛ける直前だった。
こうして俯瞰的に見てみると、疲労とダメージを差し引いても俺の動きが素人丸出し過ぎて涙が出そうになる。久道さん完全に見切ってるわこれ。
既に知っていることではあったが、動画でも久道さんは華麗に回避。ここから彼がすぐさま攻撃へと転じてくるのだが。
ふむふむ。
へー、なるほど。
ははは、何これ。
……うわぁ。
「フューリー室長」
「何かね?」
動画を最後まで視聴した後、俺は念のため確認を取る。
「これ、編集してないよな?」
「無編集だし無修正だよ。おっと、後者の表現は少しいかがわしいね」
言わなきゃ気にしねえことを敢えて口にするなよ。保健体育の授業中に特定の単語で一々盛り上がる中学生か。
って今はそんなことどうでもいいわ!
「じゃあ、これってガチなのか?」
「ガチだとも。で、自分の動きを外側から見た感想は?」
「……」
俺は無言のまま、もう一度動画ファイルを再生する。
またもや久道さんに攻撃を避けられた俺。
回避行動をそのまま攻撃行動へと繋げた久道さんの鋭い一撃が、絶賛空振り中の俺へと迫る。
竹刀が当たるか当たらないかの瀬戸際。
問題のシーンは、そこから一秒にも満たない短時間であり。
故にこそ俺の異常性が明確に表れている、その場面。
一人だけビデオの早回しのような挙動で、久道さんの側面を奪った俺に対して抱ける感想なんて、
「超絶気持ち悪!?」
気持ち悪い以外にあるだろうか?
「え、何これマジで気持ち悪いんですけど! 何で俺だけ倍速で動いてんの!? もしかして無意識のうちに加速装置起動してた!?」
それはむしろそうあって欲しいという願望に近かったのだが、久道さんとフューリーはすぐさま否定した。
「いや、友柄の≪アクセラレータ―≫の起動は確認できなかった。仮に起動していたとしても、速度相応の慣性を伴わないあの動きは不自然すぎる」
「それにあんな速度で動けばソニックブームが発生する。君も秀一君が竹刀を振った時に聞いただろう?」
「あの音って衝撃波だったのか……いや、てことは」
「君の倍速移動は≪アクセラレータ≫に由来しない、全く違う要因があるということだ」
俺の言葉を引き継ぐように言ったフューリーが、新たなデータを寄越してきた。
これは、折れ線グラフか?
途中までは殆ど数値が変わっていないが、ある時点でのみ目盛の最大値を振り切るように山が突き上がっている。
ただ、一見しただけでは何のグラフかはさっぱりだ。
「今送ったのは、君自身を対象に計測した次元エネルギーの時間変化だ」
丁度いいタイミングで、フューリーによる補足が入った。
「あまねく存在は情報量に応じた次元エネルギーを持ち、グラフが平行になっている所は人間一人当たりの総エネルギー量と一致している」
「へぇ。でも一か所、画面を突き抜けてるとこがあるんだけど」
「問題はそこなのさ。君はその時点……より具体的に言うならば秀一君のカウンターを食らいかけたその瞬間、次元エネルギーを爆発的に上昇させたのだよ」
曰く、次元エネルギーを計測するための計測器が振り切れるなんて現象は本来あり得ないとのこと。
何故なら、計測器は現在都市の技術で干渉可能な、三次元上に存在する情報を全て計測可能なように設計されているからだそうだ。
「やれやれ。まさかたった二日の間に二度も、自分の正気を疑うことになるとは思わなかった」
「えーっと、つまり?」
「君が行ったのは、三次元では本来干渉しえない情報への干渉――」
満を持して、フューリーはその事実を告げる。
「四次元の最大情報。すなわち『時間』の操作だ」
「時間、操作?」
いつになく真面目な表情で嘯かれ、つい復唱してしまう。
俺の察しが悪すぎるのか、ただ単に言われたことのスケールのデカさに理解が追い付いていないのか。
どちらにせよ、ザ・一般人である俺には似合わなすぎる語句であった。
「何かの間違いじゃないのか? 俺にそんな大それたこと出来ないって」
「間違いなものか。現に春近君はたった今、我々の目の前で自らの固有時間を引き延ばして見せたじゃないか」
「な、なんだって?」
「我々の一秒が、君にとっては何十秒もの時間になっていたということだ。君自身に高速移動したという自覚がないのであれば、加速よりも時間拡張という表現が相応しい」
どうやらあの早送りは時間拡張と名づけられたらしい。
いや名前とかは良いんだよ。
実際俺に早く動いた自覚なんてなかったけど、そもそも時間を操ったなんて自覚もないんだってば。
「それに私の推測が正しければ、君が時間操作を行使したのは今回が初めてではない」
「えぇっ、いつだよそれ!? 身に覚えがないぞ!」
「昨日、春近君がシア君の救助に勤しんでいた時だよ。ちなみにこれが、ルナリア君たちが君たちを発見した際のシア君のカルテだ」
本日で三度目となる、データの受信。
展開すると、シアの顔写真が添えられたテキストが表示される。
患者シア・フリーゼ。
ルナリア・カミカワによる発見の時点で軽傷……?
背部に刺突によるものと思われる傷が見られたが生命を脅かす危険性は無し。出血量も安全圏内である――って嘘つけぇ!
「俺が保護した時点で傷は腹まで貫通しかけてたし血もドバドバ流れてたぞ!?」
「私も映像を確認したが、シア君は確かに致命傷だったよ。だが、君が気を失った後に回収された時には命に別状がない所まで持ち直していたし、傷も塞がりかけていた」
「ナノマシンで治したんじゃなかったのかよ」
「傷跡を残すのも忍びないし使ったには使ったさ。ただあの程度の傷なら、普通に手術をしても一時間程度だろうよ」
「んな馬鹿な……」
てっきり魔法のナノマシンで重篤状態から脱したのだと勘違いしていただけに、開いた口が塞がらない。
「私はあれも、君の力によるものだと考えている。精密検査をかけた結果、傷口には細胞分裂の痕跡がなかった。再生と言うより、肉体の状態を巻き戻したかのような治り方だ」
「俺が、時間を戻したとでも?」
「あの状況でシア君に接触していたのは君しかいないからね」
「むむむ……」
ここまで状況証拠が揃っていると、もはや認めざるを得ないのだろうか。
俺ってば、いつの間にそんな超能力者になっちゃった訳?
「でもどのタイミングで使ったとか、そういう確信的なのはないんだが」
「何か思い出せることはないかい? あの時と今回とで、何か共通して起きたことは?」
「共通、したことか」
フューリーに問われ、俺はおずおずと記憶を探る。
パッと思いついたのは、あの時も今も、俺が追い詰められていた状況だった。
危機に瀕したことで眠っていた力が目覚めた……なんてことはあり得るのだろうか。昨日ならともかく、今日のはただの訓練だぞ。
あと他にあったことと言えば……頭痛?
そういえばルナリアに助けられた直後、滅茶苦茶激しい頭痛に苛まれて気絶したんだった。さっきも時間感覚が元に戻ってから少しの間、頭が痛かった。
あと共通点ではないが、気絶する直前にシアの記憶らしきものを見たような気がするのだ。あれももしかして関係したりするんだろうか?
念ためそのことを説明すると、フューリーは興味深そうに頷き。
「頭痛か。効果が効果だけに、脳へ負担がかかっているのかもしれないな。症状の差も、干渉の深度による差だろう」
「能力を強く使うほど反動も大きくなるってことか?」
「恐らくね。それと記憶に関してだが、これも『過去』という、時間に関係する情報と言えなくもない。傷を治すためにシア君へ深く干渉する過程において、一部の記憶が逆流してきたとも考えられるな」
「何にせよ、好き放題に使うにはリスクが高そうだな……」
上手く使いこなせるようになれば、戦闘の補助として非常に役立つと思ったんだが。
一々使うたびに頭痛が発生したり、よしんば仲間を治療しようとした時に記憶が逆流なんてしてたら戦いどころじゃなくなる
「――いや。逆に言うならば、適切に使用できればこの上なく強力な武器となる」
だが、久道さんはそう思っていないようだ。
「あの状態から攻撃を完全に回避した上で反撃に移るなど、初心者では早々不可能な芸当だった。それを可能にする力となれば、伸ばす価値は充分にある」
「そ、そうですか?」
「知覚の加速は≪アクセラレータ―≫でも不可能だ。もしこれから戦闘技術と共に時間操作の技術も向上させていけば、すぐにでも俺を超えるかもしれん」
そこまで言うか。
俺としては、≪アクセラレータ―≫を使ったとはいえあの状態から竹刀を竹刀でぶった切ってきた久道さんを超えられるビジョンが全く見えない。
しかし変なスイッチが入っているのか、時間操作によって広がる戦術の多様性を語る久道さんの目はなんか輝いてる気がする。
「先程は他の者に師事することも考えろと言ったが、お前はやはり近接戦闘向きだ。友柄が良ければ、これからも指導を続けていきたいのだが」
「は、はい! それに関してはこちらからもお願いします」
久道さんの訓練は滅茶苦茶スパルタだったが、ただキツいだけではなく得た物もたくさんあった。
向こうからお墨付きを頂けるのであれば、こちらとしては全力で着いていく所存だ。
「なら、春近君の武器は秀一君と同じ刀にするべきかな。その方が訓練と実践での違いも出にくいだろう」
「俺の武器も造ってくれるのか?」
「丸腰で戦えと言うほど私も鬼じゃないさ。丁度、今研究中の技術を組み込んだ一品を作りたいと思っていたからね。いやー、被験者を探す手間が省けたよ」
「え」
「喜べ。君は最新の次元兵器を扱う、記念すべき第一号だ」
「……ア、ハイ」
――実験台一号の間違いでは?
満面の笑みで肩を叩いてくるフューリーを前に、そういえばこういう職場だったなぁと今更ながら雇用条件を振り返り黄昏るのだった。




