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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter04-2

 場所は本棟から移って、管理局敷地内の訓練場。

 敷地内と言っても、位置的には都市中央から北西に離れたD区の辺りである。工房や実験棟では行えないレベルの稼働試験や都市の防衛に関わる局員たちの訓練が出来るように、D区は丸ごと局の管理下にあった。

 フューリー経由でお呼び出しを貰った俺が指定された場所へ向かうと、フェンスで四方を囲まれた、サッカー場くらいの平地が広がっていた。客席部分が存在していない分、単純な面積はより広い。

 久道さんはその外側で待っていた。

「事前の連絡も無しにすまんな」

「い、いえ。俺としてもどうしたもんか迷ってたんで」

 相変わらず殊勝な態度の久道さんに対し、俺はあくまで下手に出る。

 誰に訓練を見てもらうか散々選びかねていた所への呼び出しは渡りに船だった。最初は一番経験の豊富そうな彼に頼むのが最善だとも思っていたが、初めて会った時から忙しいオーラが全開だったので頼みにくかったのだ。

「友柄は新人なのだから、変な気を使う必要はないぞ。存分に胸を借りると良い。それより、何故お前までいる」

 微笑んでいた久道さんが一転、胡乱気な視線を向けた先にいるのはニヤニヤしながら俺に引っ付いて来たフューリーである。

「おやおや、秀一君は私がいたら困るようなことを春近君にする気かね?」

「……ほぅ」

「ほら訓練とはいえ春近君の初戦闘だからな。念のため取れるデータは取っておこうと思ったのだよ。つまり仕事。真面目な理由。これでいいかい?」

 一瞬、直接向けられてすらいないのに死を覚悟するレベルの殺意が放たれ、珍しくフューリーが慌てた様子で弁明していた。

 今気のせいじゃなきゃ、遠くの方にいた鳥も飛んで逃げてったぞ……久道さんだけは絶対に怒らせないようにしよう。

「それなら止める理由もない。好きに見ていけ」

 一応それで納得したらしい久道さんは、先に訓練場へと入っていった。

「ふぅ、危うくお爺様と再会する所だった」

「そんな慌てるくらいなら煽らきゃいいのに」

「馬鹿を言うな。秀一君をおちょくるのは私の権利にして最大の楽しみの一つだ」

「んなこと言って、ストレスで久道さんが禿げたらどう責任とるんだよ」

「大丈夫。彼の毛根は恐らく通常の人間より強いから」

「どういう理屈だそれ!?」

「まあ彼の毛の話は置いておくとして。何か浮かない顔をしているようだが?」

「……別に、俺の訓練なんか見てて面白くないと思うんだけど」

 フューリーは俺の戦闘データをご所望らしい。

 期待して貰ってるとこ悪いが、俺は戦いに関してはマジでズブの素人だ。

 こっちの世界で俺と同年代の少年少女がどれほどの戦闘力を持っているかは知らんが、少なくともラッドたちは随分とこなれた様子だった。俺と一か月差であるフィーダですら、前線へ出ていたそうだし。

 平和な世界……悪く言えば温室育ちの俺じゃなぁ。

 俺の心情を察してか、フューリーは神妙な顔で頷き。

「何だそんなことで悩んでたのか。予め明らかにしておくが、私は君の戦闘力に関しては全く期待していない」

「わかってたけど改めて言われると傷つくなおい!」

「現状に関して言えばだ。これから先には大変期待しているし、私が見たいものはそこ(・・)とは別にある」

「はぁ? 何だそれ」

「考えるよりも動いた方が早い時もあるさ。さぁ、秀一君が待っているぞ」

「あ、あぁそうだった」

 折角稽古をつけてもらえるというのにフューリーとお喋りしているばかりでは作ってもらった時間がもったいない。

 妖しく微笑むフューリーの姿に何となく不安を覚えつつも、言われるがままに俺は開いたままの入り口から訓練場へと進入した。


 入り口周りのフェンスから数十メートル離れた位置に待機していた久道さんと合流し、まずは主要装備の細かな仕様について簡単に教示してもらうことになった。

「装備は持ってきているか? なければ俺の物を使って説明するが」

「はい、あります――連結開始(リンク・オン)

 俺はポケットから≪タグ≫取り出し、中身を足元に出現させる。

 すると久道さんは三つの内から、二つを取り上げて俺の目の前まで持ち上げて見せる。

 確か右手のバッジみたいなのが≪アブゾーバー≫で、左手のリストバンドみたいなのが≪アクセラレータ―≫だったかな。

「≪アブゾーバー≫は都市の保護に使われているものを対人用に小型化したものだ。対象を覆うようにフィールドを展開し、外側から入力されたエネルギーを減衰させて無効化する」

「防弾チョッキみたいなもんですかね?」

「近いが少々異なるな。物理的な衝撃のみならず、炎などによる熱も防げる。ただし減衰が間に合わない速度や威力の攻撃や、薬品による化学反応は防御できないから留意するように」

 つまり、完全な無効化は出来ないということか。

 前回はたまたま物理のみの変異体に遭遇したが、毒ガスを吐いてくるタイプがいないとも限らない。充分に気を付けておくとしよう。

「≪アクセラレータ―≫は名が示す通り加速装置だ。こいつは対象の運動速度を無理やり引き上げる。常人を超えた戦闘行動を可能にするが、肉体への負荷も大きい」

「なるほど。やっぱ生身じゃ、黄色いマフラーのサイボーグみたいにはいかないんですね」

「例えが随分と古いな……ともかく、こいつは緊急回避や戦闘の要所で使用するものだ。長時間の連続使用は経戦時間を著しく損なうから気を付けておけ」

 加速装置もリスクありと。

 こうやって話を聞いていると、やっぱ万能な兵器っていうのは存在しないんだな。つーかそんなもんが出来てたら今頃この世界も平和になってるだろうし。

「下に放置されてるのはいいんですか?」

 片耳用のイヤホンっぽいそれは、≪サードアイ≫用の受信機だったかな。

「それを使うのは一部のガーディアンだけだな。俺の場合は≪ブリンカー≫を使う際の座標指定に、クラッツァの場合は狙撃時の索敵に利用している」

 言われてみると、久道さんの右耳には俺が支給されたのと同じものが装着されている。

 耳につけているからと言って、音が聞こえなくなるとかそんなことはないようだ。

「今後使うにしても、視点が複数になる感覚は慣れが必要だ。最初の内は無理に使用する必要もないだろう」

「なるほど。じゃあこれは仕舞っておきますね」

「これらも返しておこう」

 俺は久道さんから装備を受け取って装備してから、受信機を拾い上げてひとまずポケットにつっこんでおいた。

 収納する時は他の装備と一緒にと思ったが、よくよく考えてみれば他の二つにしたって相当ウェアラブルだ。

 折角貰った≪タグ≫は有効活用したいし、緊急時にすぐ動けるよう装着したままにした方がいいかもしれない。

 当面用のない受信機くんは家の棚にでも仕舞っておこう。

「では訓練へと移ろう。初めに言っておくが、俺は近接戦闘専門のガーディアンだ。今日の所は俺のやり方でやらせてもらうが、気に食わなければ他の人間に師事すると良い」

「いやいや教えてもらう分際で気に食わないとかそんな!?」

「そう焦るな。銃撃の適性があるのであればそれこそクラッツァやカミカワに教わればいいだけのこと。俺は剣を振るしか能がないのでな」

 そう言って久道さんは苦笑し、毎度お馴染み≪タグ≫を取り出して、

連結開始(リンク・オン)

 ≪リンカー≫の起動と同時に、展開。

 空中に吐き出され、乾いた音を立てながら地面に落ちた二本のそれは、

「……竹刀?」

 もはや見間違えようのない、剣道で使われているような。

 この都市では浮いているにも程がある武器だった。

「真剣で斬り合う訳にもいかんだろう」

 久道さんは何でもないように言って、竹刀を二本とも拾い上げると片方を俺に放って寄越した。

 反射的にキャッチするが、やはり普通の竹刀だ。合金製で滅茶苦茶重かったりしなければ、持ち手にあるスイッチを押すとたちまちビームサーベルになる未来兵器だったりはしないようである。

 期待していた訳ではないのだが、やはり拍子抜けではあった。

 次の久道さんの言葉を聞くまでは。

「じゃあ、始めるか」

「え、何を?」

「好きな様に打ってくるがいい。基本先手は譲るが、俺も適当に打ち返す」

「防具とか着けないんですか? それとも≪アブゾーバー≫使うんですか?」

「そんなものはいらん」

「ファ!?」

 ――防具は装備しないと意味がないよ!

 ふと、そんな幻聴が聞こえた気がした。

 現実は「装備するな」だけど。

 っていやいやちょっと!

「装備を活かすも、根本的な体捌きがあってこそだ。同様の理由で≪アクセラレータ―≫の使用も禁ずる。それに、多少痛みを伴った方が覚えが良い」

「怪我しますよ!? 俺が!!」

「跡が残らないように加減する。安心しろ、友柄は加減などせず全力で打ち込んで構わんからな」

「全く安心できないんですけどぉおお!?」

 こういう、たまに人の話を聞かなくなるのは一体誰に似たのだろうか。

 離れた場所からこっちの様子を見ているフューリーの、にやけ顔が目に浮かぶようだった。


 あれから何度打ち込んだだろうか。

「もう限界か?」

「ま、まだ、いけます」

 体の至る所が痛みを発する中、俺はもう意地だけで返事を返していた。

 剣道なら中学の体育でやったことがあるからワンチャンあると思ったが、昨日食べたソーダうどんやコーラカリーよりもゲロ甘い幻想だった。

 うろ覚えで振った竹刀は久道さんにかすりもせず、カウンターで放たれた竹刀は吸い込まれるように直撃してくる。

 何がおかしいって、殆ど目で追えない。最初の内は空振ったと思った次の瞬間には剣先を叩きこまれていた。今でこそギリギリ認識出来ているが、避けて反撃なんて到底不可能である。

 しかもあの速度で振っておきながら、先の予告通り俺の体には痣一つなかった。それでもかなり痛いのに変わりはないのだが。

 これが意味しているのはあれだけのスピードで振り回している竹刀を、俺に当てる寸前で急減速しているということに他ならない。しかもずっと片手で。

 どんだけ馬鹿げた筋力があればそんな真似が出来るのか。

 悠然と佇む久道さんは良くも悪くも日本人らしい体格の域を出ていないが、その身に秘めた力は明らかに常人の域を超えている。これで装備によるアシストがないと言うのだから末恐ろしい。

 既に十五分もの時間が経過しているが、これだけやっても久道さんに一発かますビジョンが見えなかった。

 俺だってずっと考え無しに打ち込んでいる訳ではないのだ。

 一矢報いたい気持ちから相手の動きを素人なりに先読みしたり、フェイントを混ぜたりもしている。

 加えてぶっ叩かれすぎたからか、空振りの直後にどこを攻撃されるかが何となく察せるようにすらなってきた。

 確かに久道さんの言う通り、痛みを伴う訓練は効果的かもしれない。

 直接打ち込まれるから嫌でも体で覚えるし、何より痛い思いをしたくないからこちらとしても必死で相手の動きを見定めようとする。ぬるま湯でふやけ切った一般人の闘争本能を引き出すには最適かもしれない。

 ただ、痛い。

 物凄く痛い!

 詳しい終了条件は最初に定めていなかったが、これはもう完全に俺が有効打を入れるまで解散できない流れになっている。

 既に体力は何百メートルも走らされた後みたいに限界ギリギリだ。骨の内側から滲んでくるような痛みを必死に噛み潰し、どうにか立っている状況である。

 久道さんは涼しい顔をしているが、相対する俺は汗だくだった。こうなるとわかっていればもうちょい動きやすい格好で来たものを……。

 肩で息をしながら、下がっていた竹刀の切っ先を意地と根性で久道さんへと向ける。それに対し久道さんは今までと同じように、力むことなく若干低めの構えを取っていた。

 あの状態から上下左右、全方向から打ち込んでくる。視線はどこか一点を定めているのではなく、俺の全身の動きを隈なく追い続けている。

 にらみ合っている時間が長引くだけ、体力的にも力量的にも不利。

 ならば。

「っぉぉおおおお!!」

 両の脚に最後の気力を込めて、二メートル程の間合いを一気に詰めた。

 踏み込みの直前、脇を締めて竹刀を体の内側へ引き込むように構える。

 俺が最後の攻撃に選んだのは突き。

 狙いは最も面積が広い胸のど真ん中。正中線をそのままぶち抜くイメージで、駆け込んだ勢いを利用し切っ先を突き入れる――


 ――と、見せかけて。


「っ――!!」

 ギリッと奥歯を噛みしめ、腕を伸ばし切る寸前で上段へと振り上げる。

 直前まで竹刀を真っすぐ向けていた分の間合いを更に一歩分踏み込み、肉薄。

 突きを警戒させた上で振り下ろしへと切り替え、同時に間合いを変えることで回避のタイミングをずらす。

 今の俺が出来うる限りの、二重のフェイントからなる乾坤一擲の一撃だった。

「当たれぇぇぇぇええええええ!!」

 半ばヤケクソに近い叫び声を上げながら、全力で振り下ろす。


「その意気や良し。だが、まだまだ未熟」


 声は、横合いから聞こえて来た。

 竹刀を振り下ろすさ中、俺は偶然にも捉えていた。

 全てのフェイントを瞬時に看破した久道さんが身を低くして、迫る切っ先を掠めるように俺の脇をすり抜けていったのを。

 構えから攻撃に移るコンマ以下で見極め、最も相手が無防備を晒した位置へと体をねじ込んだのだ。

 今までの軽く体を逸らすような回避とは物が違う。

 それは回避(・・)と呼ぶには、あまりにも攻撃的すぎる進攻(・・)だった。

 恐らく、これが久道さんの本来のスタイル。

 最後の最後に見せてくれたのであろう、相手の脇腹を真正面から食い破るような飢狼の如き剣戟。

 ――一体、何年やればここまで辿り着けるんですかね?

 永遠にも感じる刹那の間、ぼんやりとそんなことを思いながら俺は竹刀が叩き込まれる瞬間を待った。

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