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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter04-1 変異体

 いつものように、携帯のアラームによって叩き起こされる。

 半分寝ぼけたまま携帯を手に取り、アラームを停止させるのもいつも通り。

 ただし、次第に意識が覚醒していくにつれ今の状況が普段とは異なっていることを再確認する。

 天井も床も、カーテンの隙間から見える外の景色も。

 俺が普段寝起きしている自宅の自室とは、遠くかけ離れたものだった。

「……あー、そういやここ、異世界だっけ」

 おはよう異世界。

 つーかアラームだったらBC(ブレインチップ)のアプリにあるじゃん。どうしてわざわざスマホの方を使ったんだろう。

 いつもの癖か。アプリの方が確実に起きれそうだし、そっちに移行するべきか。

 とは言え通信会社もWi-Fiもないこの都市じゃ、我が二年来の相棒も本来の使命は果たせまい。ならせめて目覚まし代わりに使ってやろうではないか。

 まあそれも、充電が切れるまでの命だ。

 この部屋コンセントないし。

「――っ、起きるか」

 春先の布団に長期間滞在するのは非常に危険だ。

 再び迫り来る睡魔軍に対抗すべく大きく伸びをして、俺はすこぶる快適なベッドから戦略的撤退をした。


 シアの眠る一室でルナリアにこってり絞られ、宿舎の俺に割り当てられた部屋に着いた頃には夜の八時を回っていた。

 宿舎とか言うもんだからてっきり学生寮風のワンルームを予想していたのだが、実物を見たら完全に都内のマンションだった。

 一人暮らしの学生では絶対に持て余す1LDK。内装も小奇麗な感じで、風呂付きな上にトイレ別。これが家賃ゼロとか嘘でしょう奥さん。

 ルナリアの叱咤激励+αですっかり調子を取り戻していた俺は修学旅行みたいなウキウキ気分だったのだが、広いリビングで待ち構えていたのは八番ラインで買いに買った追加の家具や消耗品の山だった。

 それらの片づけを終え、家具を適切な位置に配置し終わったのが九時過ぎ。そこから風呂に入ってパジャマに着替え、BCのマニュアルを読みふけっていたら一一時。最後にフューリーから貰った≪タグ≫の中身を改め、それらの仕様についてあれこれ弄りながら確かめてたら日付が変わっていた。

 二〇一四年、四月二三日、午前零時。

 暦も時間も全く同じなのに、世界はこんなにも変わる物なのだろうか。

 というか、物凄い濃い一日だった。

 精神的疲労は言うまでもなく、結構歩き回ったので肉体的にも疲労は溜まっていた。

 そんな訳で昨日は――正確には今日なのだが――さっさと寝ることにした。

 昨日までの学生時代だったら平気で二時過ぎまで夜更かししていたが、今の俺は社会人だ。戦闘職である以上は体が資本になるのだから、規則正しい生活を送るのも大切な仕事である。

 ただ、いくら異世界で社会人とは言え、朝のルーチンに大きな変化があるかと言われればそうでもない。

 まずは朝食の準備。

 キッチンがあったのは僥倖だった。これでも料理スキルは人並み以上にある春近さんである。

 何せ、中学に上がるくらいまで母さんの料理はクソ不味かったのだ。俺が先に料理を覚えて、母さんに教えるという逆説的な解決法をもってメシマズからくる家庭崩壊は回避された。

 お陰で家庭料理レベルならば一通りこなせる。

 と言っても今朝はそれほど凝ることもなく、簡素にベーコンエッグにトーストといった洋風な組み合わせ。明日は和食の予定だ。

 使用した料理器具を食洗器に放り込み、テレビでニュース番組を見つつリビングで朝食を頂く。

 元の世界にいたころはニュースなんて毛ほども興味はなかったが、こっちの世界のニュースは色々と新鮮な気分になれて面白い。

「東京で対変異体の新型兵器を発表ねぇ……何これかっこいい。ロボット? いや、どちらかと言うとモビルなスーツに近いのか? 都市では導入しないのかな……」

 妙に偏った知識をつけつつ朝食を終え、食器も食洗器にポイしたら次は風呂場の横の洗面所へ向かう。

 ラッドにお勧めされた超振動歯ブラシは丁寧に固辞し、普通の歯ブラシを購入した。あいつ目が笑っていやがったし、言われるままに買ったら絶対ろくなことにならなかったと思う。

 寝ぐせは軽く整え、顔を洗った頃にはすっかり目が覚めた。

 いつもならここで制服に着替えるが、管理局は……と言うか、ガーディアンは私服OKな職場である。

 ファッションセンスなんて持ち合わせていない俺は他のメンバーに勧められるままに購入した服の中から、なるたけ自然な組み合わせを選んで着用した。学生服より目立つということはないだろう。

 左腕にリンカーを装着し、寝る前に装備類をまとめて収納した≪タグ≫を持っていることを確認し、準備完了。

「よし、行くか!」

 昨日は見苦しい所を見せてしまったが、今度こそ心機一転。

 この世界に来てから二日目の生活を始めるべく、俺は扉を開いた――


「み、水……」

「えぇ……」


 開いた扉を全力で閉めたくなった。

 何でこんな未来都市に行き倒れが。全力で見なかったフリをしたい。

 でも世話になった手前事情を聞かない訳にもいかず、どこぞの世紀末漂流者が如く干乾びていたフィーダに声をかける。

「おい、どうしたフィーダ。何でお前が俺んちの前で寝てるんだよ」

「あ、ハルさん……いきなりで大変申し訳ないんですが、水を一杯ほどくれると……」

「ホントいきなりだな……ちょっと待ってろ」

 今にも力尽きそうな姿が哀愁を誘い、俺は一度引き返してまだ使ってないコップを水で満たし、再び玄関へ戻る。

 無言でコップをフィーダの前に置くと、震える手でそれを掴んだかと思えば一気にその中身を呷った。

 中々いい飲みっぷりだ。

「んくっプハァ! あー、生き返りました……」

「そりゃ良かった。で、行き倒れた理由を聞いてもいいか?」

「あ、はい。それがですね」

 フィーダは俺やルナリアと別れた後、ノインと共に工房へ戻った。今日使った装備のメンテナンスを済ませるためだ。

 ノインの方はすぐに終わったらしいのだが、一度に大量の武装を使うスタイルらしいフィーダの整備は夜が更けても終わらず、結局終わったのは日が昇ってきた後だったそうだ。

 もはや宿舎の端にある自分の部屋に戻る体力すら残っておらず、一か八かエレベーターから近い俺の部屋の前で待機して、今に至るという。

「インターホン鳴らしてくれれば出たのに」

「いやあ、もう体を起こすこともままならなかったもので……ハルさんはこれから管理局ですか?」

「フューリー室長に呼ばれててな」

「朝からお疲れ様です。わたしは午後まで暇ですから、昼くらいまで寝ます」

 やはり徹夜明けで辛いのか、小さくあくびをするフィーダ。

「適当だな……ガーディアンってシフトとか無いのか?」

「フューリーさんの実験か、変異体の襲撃がない限りは暇ですし。それにどれだけ眠りが深くても、召集がかかればBCの機能で強制的に起こされますから」

「そんな機能もあるのかよこれ!?」

「目覚めは最悪ですけどね」

 まさかの強制目覚まし機能である。しかも評価は最悪と来た。

 こういうことは普通「えいっ」ってぶち込む前に説明することじゃないのかよ室長さんよぉ!

 しかもフィーダの言葉はやけに実感が籠っている。恐らく一度被害に遭っているのだろう。

 出来ることなら変異体の皆さんにも、夜間の襲撃は控えていただきたいものだ。

「まあいいや。それじゃ、俺は行くから」

「はい、いってらっしゃいです……あ、それと」


「今日は、元気そうで良かったです」

「……お陰様でな」

 寝ぼけ眼でそう言ってくるフィーダに、俺はただ小さく笑って背を向けた。


 ◇


「昨日の朝以来、頭痛や吐き気は?」

「無いな」

「ふむ。では自分の体について何か変わったと思うことは?」

「体の方だと、特には」

「ふむふむ、そうかそうか」

 それほど広くない部屋の中で、正面に座るフューリーと短い問答を繰り返す。

 管理局本棟の一室で待っていた彼女から言い渡されたのは、転移者である俺の体調に関する問診だった。

 世界移動を経て生き残る人間は非常に稀有であるという話は初日に聞いたが、それでも高次元を通過する際に多少の影響を受けている可能性があるらしい。

 前例が殆ど無いのでデータも皆無。確実な検証方法はないと言っていい。

 よって完全な手探り状態であり、まずは本人に自覚症状レベルで影響が出ているかを確かめたいというのがフューリーの言い分だった。

 俺が質問に答えるたびに、フューリーは手に持ったボードへボールペンを素早く走らせている。

 ハイテクを駆使する科学者がどうしてそんなアナログな方法を取るのかと問えば、

「手を動かせば脳が活性化されて、思考もシャープになるのさ。科学者たる者、ハイテクを使いこそすれハイテクに使われているようではいけないのだよ」

 などと、途中からよくわからないことを供述しており。

 とにかく、この方法がフューリーに最適だってことは理解できた。

「しかし『体の方は』と言うことは、心理的な不調はあったのかね?」

「不調っていうか、何だろうな。昨日はどうも情緒不安定だった気がする」

「はて、私にはそうは見えなかったが」

「あんたと顔を合わせてた時や、ラッドたちと局や都市を見回ってた時は普通だったんだけどさ。あの子の……シアのいる部屋に入った途端、どうにも弱い部分が露呈したっていうか」

「……成程。条件に不明瞭な点が多く、それを世界移動の影響とするには尚早だと思うが、一応留意しておくことにしよう。もっとも、君の置かれた状況を考えれば情緒不安定になっても仕方がないと思うがね」

 新たにボードへ項目を追加して、いつの間にか文字で埋め尽くされていたA4紙を一つ下のものと入れ替えながらフューリーはふと意地の悪い笑みを浮かべる。

「ホームシックは別に恥ずかしいことではないぞ?」

「茶化すのは止めてくれ。今はもう何ともないから」

 きっとまだ完全に割り切れた訳ではないかもしれないが、少なくとも昨日のような醜態を晒さない自信はある。

 あの一件は今思えば黒歴史でしかないから、わざわざ言う気も無いが――


「だろうね。これも全て、ルナリア君の愛の叱咤の賜物かな」


 ピキリと、全身が凍り付く音が聞こえた。

 何故知ってる。

 いやそれ以前に、何処まで知っている――!?

「君の彼女に対する発言の失礼さも然ることながら、あんな恥ずかしいお仕置きを――」

「うわァヤメロォー!!」

 あまりに必死過ぎて声が裏返ってしまった。

 何処までだって?

 全部じゃねーか!

「見てたのか、全部見てたのか!?」

「治療を施した者として、シア君の様子は二四時間体制で責任をもって見守っているからね。想定外に面白い絵が見れて私はとても満足している」

「畜生、こんな時に限って真面目に働きやがって!」

 一体どうやって覗き見していたんだ。

 あの部屋に監視カメラらしきものはなかったはずなんだが。

 これもまた、次元技術のトンデモ効果だったりするのだろうか。

 BCの強制目覚ましといい、フューリーがその気になればこの都市はディストピア待った無しだな……。

「安心したまえ。私の口は堅い。うっかり滑らせることはあるかもしれないが、君が協力的な内は大丈夫だと思われる」

「結局脅しに使うんじゃねえか!」

 全く持って安心できない。

 人の弱みに付け込むとは正しくこのことだ。

 そんなんだから久道さんに汚い大人呼ばわりされるんだ。

「ともあれ、君の意見は貴重なデータだ。参考にさせてもらうとしよう」

「そりゃよござんした……今日の用事はこれで終わりか?」

「そうだな……」

 フューリーは短く思案した後、

「ちなみに、この後の予定は?」

「誰かしら捕まえて、装備の詳しい使い方でも教えてもらおうと思ってたんだけどさ。誰に頼めばいいのかなって」

 ホイホイガーディアンになってしまった俺だが、その実態はろくに喧嘩もしたことがない元高校生である。

 戦闘経験なんて皆無だし、このまま戦場に放り出されても囮が務まれば万々歳と言った所か。後は喰われて腹でも下してくれれば大金星。

 無論死ぬのは嫌なので、ここは真っ当な戦力として活躍したい。そのためには訓練が必要だし、フューリーから貰った装備を使いこなさなければならない。

 彼女に使い方を聞いてもいいのだが、実際に使用して戦っている先達に教えを乞う方がより実践的で良いと、素人なりに考えている。

 しかし実際誰に依頼するのかと聞かれると、どうしようかなと。

 何しろ、俺は仲間たちの戦闘スタイルを殆ど知らない。俺自身のポジションも定まっていなこともあり、今もなお迷っている最中のだ。

「ああ、それなら丁度良い」

 俺の説明を聞き終えたフューリーは、我が意を得たりとばかりに手を叩き。


「秀一君が、君をご指名だよ」

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