おまけ話 神薙家にて~道場破りの巻~
久しぶりに地球の神薙家の様子です。
「え~! なんでまだ叔父様が帰ってないんですか~!」
山神 芽来の叫声がナゲルの耳に炸裂した。
彼女の顔は全く納得が行かないといった感情が表に出ており、そしてナゲルに関しては辟易とした表情を見せている。
「んなこと言われても仕方ねぇだろ。戻ってないんだから」
「ちょ! いくらなんでも投げやり過ぎですよ! 孫として心配じゃないんですか!」
「じっちゃんがふらふら出て行って戻ってこないなんて別に今に始まったことじゃねえしな」
腕を組みダルそうにナゲルがいった。父親の前では絶対に見せない態度だが気心の知れたメクル相手であればいつもこんな感じであるし、祖父のこともじっちゃんと呼ぶ。
「はぁああぁあ~本当、こんな叔父様不幸の孫を持って、ああ、叔父様ナガレ様は本当に可哀想でございます」
「ちょっと大げさすぎるぞお前」
「大げさなんかじゃありませんよ!」
ナゲルを振り返りメクルがその顔に指を突きつけた。
「大体叔父様がいなくなって一ヶ月以上になるんですよ! こんなのおかしいですよ――もしかしたら、もしかしたら何かとんでもない事件に巻き込まれているのかも!」
「ないよ、ない、ない」
言下に否定しナゲルは大きく手を振った。勿論ただ事件に巻き込まれたというだけならば、妙にトラブルに巻き込まれやすいナガレであればないとも言い切れないが、メクルの言っている意味はナガレが事件に巻き込まれ危機的状況にあるのでは? という意味だ。
そんなことは絶対にありえないとナゲルは断言出来る。大体ナガレがピンチに陥っている姿など孫の彼にも全く想像が出来ない。
世界中の国家がナガレを敵と判断し、一斉に核ミサイルを打ち込んできたとしてもナガレにかすり傷一つ負わせることは不可能だろう。
そもそもからしてナガレは核ミサイルぐらい過去に何度でも宇宙に投げ飛ばしている。
しかも宇宙に影響が及ばさないよう合気による密閉空間を作り出し、宇宙に達した時点で爆破させ合気の中に有害な物質は全て閉じ込め、なんなら合気による特殊変化でマイナスイオンに変化させて地球に返したぐらいだ。
ナガレの合気はもはや達人の域すら超えているのだ。ナガレの合気に掛かれば壊れたオゾン層も回復し砂漠に緑が溢れ少子化問題も解消される。
そんなナガレの身を案じるなんてことは、深海魚が溺れないか心配するぐらいの意味のない話である。
「本当に警察とかに届けなくてもいいのかな……」
「やめとけやめとけ、そんなことしても鼻で笑われるだけだぞ」
薄笑いを浮かべながら軽く返すナゲルをジト目で見やるメクルである。
しかしちょっと考えればそれがただの杞憂であることぐらい、メクルほどの腕前ならわかりそうなものだが、やはり恋は盲目といったことなのだろう。
「ここか、神薙流合気柔術の道場ってのはよ! おい貴様! ここの責任者のナガレを出せ!」
ナゲルが面倒くさそうにメクルの相手をしていると、随分と威勢のよい声が横から割り込んできた。
ただ雰囲気的に面倒事に違いないことはこれまでの経験からナゲルも理解が出来た。
神薙流はこの業界ではかなり有名であり、その為か時折こういった輩がやってくる。
「悪いけど祖父は不在でね。祖父に用があるならまた日を改めて来てくださいよ」
一応ナゲルはそれなりの態度で相手に応対した。尤もこれで納得してくれるならこんな楽なことはないのだが。
「あん? おいおい、この世界最強の空手家、波野 弾様がわざわざこんな辺鄙な道場までやってきたというのに留守とは失礼なやつだ」
「ちょっとどっちが失礼よ。大体どこが辺鄙なのよ、投げ飛ばすわよ」
横で聞いていたメクルが随分と物騒なことを言い出した。尤も確かにそこまで言うほど辺鄙ではないだろう。近く(二〇〇キロメートル先)には買い物に便利な巨大スーパーだってある。
ナゲルの息子(七歳)でも一〇分もあれば往復できる手頃な距離だ。神薙家の敷地を端から端まで移動するのに比べればちょっとした散歩みたいなものである。
「ふん、随分と威勢のいい女だな。なんだお前のこれか?」
「ざけんな、冗談でもそんなこと言うんじゃねぇ! 妻にはっ倒される!」
小指を立て下衆な勘ぐりをするダンに思わず素で怒鳴ってしまうナゲルである。ナガレの孫であり神薙流の師範を務める彼であっても奥さんには頭が上がらないようだ。
「ふん、まあいい。だったら仕方ない祖父っていうぐらいならお前が孫なんだろ? だったらナガレの代わりにお前が相手しろ。そして俺が勝ったらここの看板は貰う!」
「看板って……そんなの貰ってどうするの?」
「…………」
指を突きつけ得意顔を見せるダンだったが、冷静なメクルの突っ込みにその姿勢のまま固まった。
「こいつは道場破りだよ。たまにいるんだよこういうの」
「え!? 嘘! 私都市伝説だと思ってたわよ道場破りなんて!」
どうやらメクルは道場破りを見るのは初めてなようだった。
「それにしても面倒なのがきたな……親父がいればそっちに投げときたいんだが、今日は国際合気連合協会の会合で出ちまってるんだよな」
唸りながら頭を悩ますナゲルである。今の彼に自分で何とかするという選択肢はないのである。
「ねえ、何か面白そうだし私が相手していい? 叔父様とも会えないしストレスたまちゃってるのよね」
「うん? やってくれるのか? だったらありがたいな。なんならタオス(七歳)連れて来て相手させようと思っていたぐらいだし」
「……それは流石に無責任すぎだと思うけど」
「お前ら俺を無視して勝手に話を進めてんじゃねーーーー!」
半眼で突っ込むメクルだがそこでダンが怒声を上げた。
「大体そんな女に俺の相手が務まるわけがないだろうが! まだ餓鬼だろ!」
「おいおいメクルを舐めるのはやめといた方がいいぞ。こうみえてメクルは俺の祖父の――」
「婚約者よ!」
「な!? こ、婚約者だと!?」
「違うよ馬鹿! お前何とんでもないことぶっ込んでるんだ!」
チッ、と舌打ちするメクルである。どうやら既成事実的なものを作ってしまおうと考えたようだ。
「ふう、とにかくこのメクルも祖父の教えを受けてるから十分強い、舐めてると痛い目見ることになるぞ」
「そうよ。それとも女に負けるのが嫌なの?」
「くっ! いいだろう! そこまで言うならやってやる! 後で後悔しても知らないからな!」
しめしめとナゲルは悪い笑みを浮かべた。一見するとこのような少女に看板をまかせるなど無責任と思われそうだが、実際はそうではない。
なぜならメクルは直接的には神薙流と関係がないからだ。つまり例えメクルが負けるようなことがあっても看板を渡す必要がないし、そもそもからしてナゲルは一言も看板をかけることに応じていないのだ。
そしてナゲルはメクルの実力も知っている。見た目と裏腹に相当な実力者である彼女と勝負すれば、例え相手が勝ったとしても無事でいるはずもなく、更に看板と関係ない戦いだと知れば意気消沈して大人しく帰るだろと考えたのだ。
ナゲルはわりとこういう悪知恵が働く。
「さてやるか」
三人が入った入り口から五〇キロメートル程離れたところにある手頃な庭で、ダンとメクルが対峙した。
そしてダンが右手を突き出し構えを取る。メクルもいつの間にか柔道着に着替えていた。柔道着越しでも靭やかな肢体は健康的で美しい。
一方で相手は登場時から変わらず空手着のままだ。あとなぜか肩口がギザギザに破れている。改めて見ると筋肉の鎧に包まれたような筋骨隆々の体つきは見事なものだ。
上背も高く二メートルを優に超えている。剣山のように尖った髪と暑苦しい顔をした男だが、いざ勝負となると肉食獣の光をその双眸に宿す。
すると、荒々しい踏み込み、一気に距離を詰め、鋭い鉾のような突き――しかしメクルは上半身の動きだけでそれを避け、腕を取りにいく。が、拳の引きが速い。
「甘いぜ! 【爆裂豪旋風】!」
拳を引きながら身体を回転させ、軽く跳躍した後鋭い蹴りの乱打。
重畳する竜巻のような回転蹴りは動きこそ荒っぽいが威力は申し分ない。
蹴りの軌道から逃れようと飛び退くメクルだったが、何発か貰い更に蹴りによって引き起こされた突風で吹き飛ばされる。
「あ!?」
思わずナゲルが目を見開き驚嘆する。構えの状態に戻りそれを認めたダンが、にやりと口角を吊り上げた。
「どうやらやっと俺の実力に気づいたようだな。だが、今更遅いぞ、戦いとなりゃ俺は女だからって手加減は――」
「おい! 後で倒した木はしっかり戻しておけよ! 折れたのは弁償な!」
ナゲルが叫んだ。ダンは途中で口を止め、周囲を見回すが、確かにダンの放った技の影響で植樹された木が倒れたり折れたりしている。
「……それに驚いていたのかよ。くっ! けち臭い男だ!」
「全くよ。それに少しは私の心配ぐらいしたっていいでしょ?」
「何だよ心配して欲しいのか?」
「べっつに~」
軽口を叩き合いながら余裕の表情で戦線に戻ってきたメクルを見て、ダンの表情が変わった。
「……なるほど確かに女にしてはやるようだな」
「あ、カッチーン。ちょっとイラっときたかな。嫌いなのよね、その女にしてはみたいな見下した言い方。少し懲らしめちゃおっかな~」
「あん? ふん、出来るもんな――!?」
そう口にした瞬間にはメクルがダンの懐に入り、飛びつくようにして腕と相手の空手着を掴み、そこから巧みな腕さばきで相手のバランスを崩し傾倒させる。
かと思えば、相手を巻き込むようにメクルも横に何回も回転しその勢いを乗せてダンを地面に叩きつけた。
「ぐふぉ!?」
ダンの口から呻き声が漏れる。そしてメクルは後方に跳ね、何回も回転した後地面に着地した。
「う、ぐぅ……」
「へ~これでも立ち上がるんだ。結構タフね」
口元を拭いながら起き上がったダンに感心した顔を見せるメクル。だがダンは悔しそうな様相を見せている。
メクルを睨めつける瞳も先程より凄みが増した。殺気すら感じさせる。
「……なるほどな。どうやら俺も少しは本気をだす必要があるか」
「え? 何それ、本気じゃなかったっていいたいのかな? すごく負け惜しみにも聞こえるけど」
挑発じみた言葉を吐き出すメクルにナゲルは苦笑した。相手をイラッとさせるのが上手いなと思う。尤も本人は狙ってるわけでもないと思うが。
だが――その時、ダンの口元が僅かに緩み、その瞬間ナゲルは気がついた。
瞬時にメクルの背後に移動し迫るソレを全て掴みとる。
「……全く伏兵とは恐れ入るぜ」
え? とメクルが顔を巡らせナゲルの手を見た。そこには人差し指ぐらいの長さがある三本の針。
どうやらメクルの背後から狙って投擲されたものなようであり――最初はぼんやりとだったが、段々と襲撃者の姿が顕になっていく。
それは長髪で随分と小柄な男であった。見た目には少年といった様相で、全身が黒で統一され口元は同じく黒いスカーフのようなもので覆われている。
「ちょっとあなた卑怯じゃない!」
メクルが思わず叫ぶ。だが、はん、とダンは悪びれた様子も見せず。
「何が卑怯だ? 言っておくがそいつは俺の弟の波野 影、俺と同じく波野流最強空手の使い手だ。そして俺達は元々ふたりで一つよ。直接相手をするこの俺と、影から暗器で兄であるこの俺をサポートする弟のエイ、これが俺たちの必勝パターンだ!」
「……いや、それ弟空手関係ないわよね?」
げんなりとした顔で突っ込むメクルである。
「大体こっちは別に試合するために来てるんじゃねぇ。これは勝負だ! どんな手だろうと勝負は勝てばいいんだよ!」
そして兄のダンが開き直る。それにやれやれと頭を振るナゲルであるが。
「そうかよ、だったらこっちもふたりになっても問題ないよな?」
そう言ってナゲルが弟のエイに睨みを効かせた。弟の肩がビクリと震える。ナゲルの目に宿る鋭い合気を垣間見たのが原因だろう。
「に、兄ちゃん……」
「びびってんじゃねぇ! 俺たちは最強の波野兄弟だ、こんな奴ら――」
その時であった――突如ふたりの足元に光。何? とほぼ同時にふたりが足元をみやると、そこには青白い魔法陣が浮かび上がっており――
「な、なんじゃこりゃーーーー!」
派手な叫び声を残し、ふたり――波野兄弟はその場から姿を消したのだった。
「……て、は? 何だ今の?」
「……だ――」
一瞬の出来事に唖然としてナゲルが口にする。すると、背中からメクルの何かを呟く声。
怪訝な顔でメクルを振り返るナゲルであったが。
「い、異世界召喚だ! 今の異世界召喚だよ! きゃ~~~~! 本当にあったんだ! 嘘、信じられない!」
「……は? 異世界召喚?」
「そうよ! 知らないのナゲル! 無力転生とか! LVゼロから始まる異世界生活とか!」
「いや、知らんこともないけどよ……」
興奮してまくし立ててくるメクルを可哀想なものを見るような目でみやるナゲルなのである。
「あ~~! その眼、信じてないでしょ!」
「いや、そんな突飛な話、信じろって方が無理だろ。全く、どうせあれはあのエイとかいうのの仕掛けだろ。ちょっとこのままじゃまずいかなと思って罰が悪くなって逃げたんだろ」
頭を掻きながらそう判断するナゲル。しかしメクルは全く納得せず異世界召喚説を強く推し、更には、
「きっと叔父様も異世界召喚に巻き込まれたんだわ!」
ととんでもない考察を始めてしまう程であった。
そんなメクルを見ながら、やはりやれやれと頭を抱えるナゲルである――
(全く、じっちゃんは今頃どこで何をしているのやら……)




