第一四八話 サトルと黒騎士
『サトルよ、ここは素直にヘラドンナに頼ったほうが良いのではないか?』
サトルの脳裏に悪魔の書の念が響き渡る。確かにヘラドンナを頼れば戦いはかなり楽になるだろうが。
「……いや、ここは彼女の手は借りず違う戦法でいく。それに彼女だと全員殺してしまいかねないしな」
『……まさかここにきて殺しを躊躇っておるのか?』
木々をかき分け進みながら答えるサトルに、悪魔の書が疑問の声を浴びせる。
「そうじゃない。障害は排除するまで、それは変わらないけどな。しかし一人ぐらいは生け捕りにしておきたい。何故帝国の騎士が俺を狙ってるのか知っておきたいしな」
『ほう? あれが帝国の騎士だと?』
「ああ、鎧にしっかり紋章が刻まれていたからな。帝国の紋章はこれまでも色んな所で目にしていたからすぐに判ったさ」
サトルの返しに、よく見ておるな、と感心したように悪魔の書が言う。
「どっちにしろ……帝国の騎士が動いているということは、俺だってバレていないにしても俺が殺した連中の件で嗅ぎまわっている可能性はある。ただ、だとしてもなぜピンポイントで俺を狙ってきたのか――知っておく必要はあるだろう」
『ふむ、それは理解したが――しかしヘラドンナの力なしでなんとかなるのか? それともより高位の悪魔を呼び出すのか?』
それじゃあ意味が無いだろ、とサトルは苦笑した。安易に強い力には頼らずここは乗り越えておきたいというのが本音である。
そうでなければ、今後もし更に手強い相手と遭遇した時に対応しきれないかもしれない。
だが――かと言ってサトルだけでなんとかなる相手ではないのも確かである。
ならば――と頭をフル回転させ。
「俺に考えがある」
そう言ってサトルは山中の森を駆け抜けた。
派手な爆轟に耳が痛くなりそうであった。サトルのすぐ後ろでボルトが着弾、その瞬間地面が爆ぜたのだ。
どうやら見つかったらしい。そしてこの爆発でサトルの位置が他の黒騎士にも知られることとなった。
当然のように夜陰に紛れて飛び出してくる黒騎士。手持ちの武器は長剣である。さっきのようにあっさりと呪縛されてはたまらない、と、サトルは後方に大きく飛びくるりと方向転換。
黒騎士を正面に捉え、アゾットソードを構えた。黒光りする重そうな鎧に包まれているにも関わらず、長剣の騎士の動きは中々に軽やかだ。
手早く剣を振り上げ流れるような斬り下ろし、しかし今度はサトルはそれをしっかりと己の刃で受け止める。
だがしかし――その瞬間、剣から伸びた鎖がまたしてもサトルの身を縛り付けた。
どうやらこの技は、別に地面に突き刺さなくても発動可能なようだ。
寧ろ、なまじ攻撃を受け止めた分、反応が遅れてしまったと言えるだろう。
当然だがぎりぎりと締め付けてくる鎖によってサトルは身動きがとれない。
するとガサガサと言う音を残し、大剣を持った黒騎士が飛び出してくる。
長剣使いはサトルから距離を置き、それとほぼ同時に黒騎士の地月残がサトルに直撃――ぐはっ! と苦しそうな呻き声を発しサトルの身が派手に浮き上がり地面に落下。
そのままピクリとも動かなくなってしまった。サトルを見下ろす黒色の騎士。
その背中に向けて長剣使いが口を開いた。
「どうやらやったようだな」
「…………」
男の問いかけに大剣の騎士は黙ったままだった。
長剣使いはそれでも構わず、
「それじゃあ中身を確認するとしよう」
と口にし不用意にその傍へ近づいていくが――
「おい! そいつは誰だ!」
藪から飛び出した大剣持ちの黒騎士が声を荒げる。
その瞬間、え? とぎょっとした声を発した長剣使いであったが、同時に首から上が無くなっていた。サトルを倒したはずの黒騎士に振り向きざまに斬首されたのだ。
な!? と大剣を持った黒騎士が驚きの声を上げたが、同時にサトルがデビルフライヤーの翅を広げ黒騎士へと飛び出した。
剣戟を鎧の騎士に叩きつける。だが、浅い。やはり相手は手練の騎士だ。咄嗟に頭を切り替える。
「この!」
黒騎士が振り向きざまに剣を振るった。これをまともに受けるわけにはいかない。既にサトルの生命力は半分を切っている。大剣使いの攻撃は鎧による防御を無視して直接内側に通してくるので油断は出来ない。
だが――勝機はある。この大剣使いは長剣使いに比べると動きが鈍重なのである。だからこそこの大剣使いを活かすための奇襲、そして長剣使いのスキルによる呪縛だったのだろう。
しかし既に動きを止める仲間はいない。だとするとあと頼るべきは援護射撃による足止めであろうが――しかし今度はサトルが地面に剣を突き刺し衝撃波を発す。
爆散した土が煙となり視界を覆った。これで遠距離からサトルを狙ってきている相手も上手く照準を合わせることが出来ない。
「くっ、くそ! どこへいった!」
そして大剣持ちの黒騎士も、サトルの一手によって視界を奪われた。逃げようにもうかつなことは出来ないだろう。
何せ近くにはサトルの使役したデスナイトがいる。
(見た目がほぼ同じで助かったよ)
サトルの搦手が見事に嵌った形だ。デスナイトは紋章が無いこと以外はほぼ黒騎士と見た目が変わらない。更にデスナイトは相手の技である地月斬も完璧に再現してみせた。勿論サトルにダメージが通らない形でではあるが。
このおかげで更に本物との見分けがつかなくなったといえるだろう。
勿論咄嗟に紋章にまで目が向けばバレる可能性はあったが、戦いの最中しかも一瞬飛び出してきた相手のそれを見分けるのは簡単なことではない。
それにデスナイトは長剣使いが近づいてくるまで背中を見せ続けていた。帝国の鎧の紋章は正面にこそ刻まれているが後ろにはない。
その為長剣使いの騎士はすぐには気がつけず不用意に近づいてしまった。
勿論この手の場合、相手の仲間である大剣使いには気づかれる。
しかし突然現れた謎の黒騎士を見たことで大剣使いにも迷いが生まれたはずだ。一体何者なのか? と考え、その迷いが仇となった。
何かがおかしいと気が付き飛び出して警告の声を上げた時には既に遅しである。
これは完全にサトルの読み勝ちとも言えた展開だった。三人の騎士は連携も取れていたし、サトルを舐めてかかるようなこともなかった。
だが――連携が取れすぎていたのだ。故にパターンはある程度決まっていた。これは黒騎士三人がお互い離れていても問題のない方法を選んだが故の弊害だ。
一つの行動に対しある程度次のパターンを決めていた為、遠距離からの攻撃の後やってくるのは長剣使いによるスキル攻撃と判断することが出来たのだ。
そして長剣使いの呪縛が決まれば止めに大剣使いが来る――サトルを確実に仕留めるために。だからこそ、そのタイミングでデスナイトを動かし、サトルはやられる振りをしたのだ。
動きの重い黒騎士に止めを刺すのはそれほど難しいことではなかった。
ある程度場所の予想がつけば後は勝手に黒騎士が位置を教えてくれた。サトルを探そうと身体を派手に動かすのでガチャガチャと鎧の擦れ合う音が耳に届く。
あとはその位置に向けデビルフライヤーによる加速も乗せて突っ込めばいい。いくら鋼鉄の鎧でもこの突撃を受けては耐え切ることなど不可能。
鎧が穿たれ刃が胴体を貫いた。血反吐を吐き出す音。微かな呻き声――そして重厚な塊が大地を響かせる。
黒騎士は死んだ。
「残りは一人か……」
黒騎士の遺骸を認めた後サトルがそう呟く。勿論更に伏兵が潜んでいる可能性を疑っていないわけではないが、もし他にも潜んでいるならとっくに行動に移してもいてもおかしくないだろう。
サトルは手出しこそ不要と言っているが、怪しい何かがいれば知らせるようヘラドンナに伝えている。
だが特に知らせがないということはそういうことなのだろう。
そして残りの一人――遠距離から鬱陶しかった黒騎士は存外簡単に見つけることが出来た。
上空で何体かのリトルデビルがある一点に攻撃を加えていたからだ。
リトルデビルはデスナイトと一緒にサトルが召喚しておいたものだ。悪魔の書の中では最弱に近いステータスの悪魔だが、小柄で空を自由に飛び回れるのが大きかった。
こういった木々が鬱蒼と茂る中では小さな身の方が自由がきく。
何体かのリトルデビルは残った相手の矢弾にやられてしまっているが、それも相手の位置を補足するのに役だった。
そもそもサトルに放たれたボルトは、軌道からみて地面より高い位置から射たれた物であることは明白であった。それに他の黒騎士と同様にあの鎧を着て行動しているなら、それだけの重量を支えることのできる樹木は限られてくる。
その上でサトルから補足されにくい位置に当たりをつけ、リトルデビルに向かわせたのだ。
おかげで既に敵は丸裸にされたも当然であった。位置さえ捕捉できれば後はなんとでもなる。
サトルはデビルフライヤーの翅を細く長く変化させた。靭やかなこの翅は上手く使えば相手を捉える縄としても利用できる。
あ!? という驚嘆。そして手応え。後は地引き網に捉えられた魚みたいなものだ。
そしてサトルは見事黒騎士の一人を生け捕りにすることに成功させた。
「…………」
「だんまり決め込んでもいいことはないと思うけどな」
ヘラドンナの力で黒騎士の身は蔦で縛められている。ヘラドンナの利用する植物はそう簡単に解けない。黒騎士は右腕の篭手に小型のクロスボウを装着していた。それでサトルの事を狙っていたのだろう。
そして黒騎士を縛めた彼女も戦いが落ち着いたことで姿を見せていた。サトルの傍で寄り添うようにして立っている。
「……まあとりあえず顔を見せてもらおうか」
そう言ってサトルは黒騎士の兜を外した。現れたのは中々整った顔立ちの男であった。金髪碧眼で年齢的にはまだ若そうだ。尤も若いといってもサトルよりは上で二四か二五歳程度といったところだろう。
「それで帝国の騎士が何故俺を狙う?」
サトルは改めて詰問を繰り返した。だが男は顔を背けサトルの質問に答えようとしない。
先ほどからずっとこの調子である。
「主様、よろしければ私にお任せ頂ければすぐにでも口を割らせてみせますよ」
ヘラドンナが自信ありげに口にする。なんとなくサトルはハナメデの時の拷問ぶりを思い出した。
確かに彼女ならなんとか出来そうな気もするが――
「いや、わざわざそんな事をしなくても情報だけならいくらでも聞き出せるさ。いでよ悪魔の書一五七位ブレインジャッカー――」
悪魔の書を現出させ彼が召喚の言葉を唱えると、不気味な様相の悪魔が姿を見せた。
できの悪いエイリアンのような外見しているこの悪魔は、相手の頭にへばり付きその記憶を読む。
「な、なんだそれは――」
これまで沈黙を保ってきた黒騎士が、初めて声を発した。帝国の騎士といえどこの不気味な悪魔を目にしては不安を隠しきれない様子。
「こいつはお前の頭に乗りその記憶を探る。だから黙っていても無駄だ。どんなに拒んでも記憶を隠すことは不可能だからな。さて、どうする? それでも黙っているなら勝手にすればいいがその場合記憶を読んだ後お前を殺す」
声色を変えできるだけ低い声で相手に告げる。一応はそれなりの威圧を込めているつもりだ。
「……話せば、助けてくれるのか?」
「……嘘がなければな」
サトルがそう答えると、項垂れ観念したように、判った、と男が言った。
そして知っている限りのことをサトルに話して聞かせるが――
「私達にこの魔の山脈へ向かうよう提案したのはアケチ様で――」
「アケチだと!?」
黒騎士の発したアケチの響きに、思わずサトルが声を豹変させた。その異質さを感じ取ったのか黒騎士の肩がビクリと震える。
「……アケチ様を知っているのか?」
「……それは、お前には関係ない。余計なことはいいからアケチについて教えろ」
「私も、そこまで彼のことについて詳しく知っているわけではない。古代迷宮の攻略に向かうということで急遽陛下より護衛につくよう厳命を受けたのだ。尤もアケチ様の実力は底が知れない。我々の護衛など本当に必要なのか? と思えるほどだったがな」
黒騎士の男はアケチがまるで息をするようにレッサードラゴンを倒したこと、そして陸海空もアケチほどではないにしても相当な実力者であることを告げてくる。
そしてどうやらアケチはあの姫騎士が消息を断ったことで何かを感じ取り、更に敵対者がいることを察しこの魔の山脈を通り自分たちを狙いにやってくるかもしれないことを推理したようだ。
だからこの魔の森を通る人物がいたら容赦なく狙い、殺してしまったとしても死体さえ回収して戻ればいいと、そう命じられたらしい。
それを聞いている間、サトルは腸が煮えくり返る思いでもあり、そして酷く気持ち悪くもあった。あの三人とアケチの名前を耳にするだけで、どうしても妹のことを思い出す。
「以上が私の知り得る情報だ」
「……そうか、だが一応確認はするぞ」
サトルは男の頭にブレインジャッカーを取り付けその記憶を読んだ。
「……嘘はないようだな」
「なら、これで命は助けてくれるのか?」
「…………」
サトルはすぐには答えなかった。だが――
「頼む――妻と娘がいるんだ。娘もまだ一歳になったばかりで……私は今死ぬわけにはいかない……」
絞りだすような声で男が訴える。それを耳にしたサトルはヘラドンナに顔を向け、
「……もういい判った。ヘラドンナこの縛めを解いてやってくれ」
と告げた。
「……宜しいのですか?」
ヘラドンナがそう問い返す。サトルは一つ頷き。
「この男を殺したところで俺には何の得もない。俺が狙うべき相手は他にいるんだからな」
「……承知致しました」
ヘラドンナが頭を下げ、指を鳴らすと黒騎士を縛り上げていた蔦が解け元の状態に戻っていく。
「……一つだけ言っておく。こんなことはもう二度と無い。もし再びこの俺の障害になるようなことがあれば――その時は容赦なく殺す」
サトルはそう言い残し踵を返した。そして次の復讐目指し歩みを再開させるが――その時、ドスッ――という響き。背後から男の呻き声が耳に届いた。
弾けたようにサトルが振り返る。その視線の先には右手のクロスボウをサトルに向けた黒騎士の姿。その胸は槍と化した木の根で貫かれている。
「――な……」
最後に何かを呟きそして黒騎士の命は尽きた。地面に倒れた彼はただの骸だった。
「……主様はこの男に最後の慈悲をお与えになられました。しかし、にも関わらず主様を背後から狙うような真似を――ですので始末すべきと判断致しました」
サトルの横に並ぶヘラドンナが淡々と述べる。そしてサトルをみやり眉を落とした。
何か間違っていたでしょうか? と聞いてくるような視線。
「……何も、間違ってなんていないさ」
サトルが男の傍まで引き返しその死に顔を認めた。最後の言葉が脳裏によぎる。
『――マーニ、ごめん、な』
サトルは黒騎士の記憶を見た。その中では確かに愛娘を抱き上げ幸せそうに笑う彼の姿があった。マーニはその娘の名前だった。
「……か野郎が――馬鹿野郎が! 娘が大事ならどうして大人しくしてなかったんだ!」
吐き捨てるようにサトルが叫び、そして踵を返す。心配そうにサトルを見ているヘラドンナに、大丈夫だ、と告げ、そして後方で待機させていたユニコーンに跨がり駆った。
(何があっても――俺は復讐を果たす……待ってろよ、絶対に、絶対に!)
唇を噛み締めサトルは奴らの顔を思い浮かべユニコーンを走らせた。
サトルは止まらない、その復讐を果たすまで。
断罪すべきクラスメートは残り――一六。




