第九十一話 ハンマの街防衛戦③
「【狼爪嵐武】!」
ハンマの街に向けて侵攻を続ける魔物の群れに向け、ロウが飛び込みその爪を振るった。
銀爪の拳闘士――それが鋼の狼牙団のリーダーたるロウの称号である。
そして彼の武器はその称号とも合致する鋼鉄製の爪。拳まで庇護する籠手に五本の爪が備わったタイプであり、この爪は籠手に仕掛けられたレバーを操作する事で自由に出し入れが可能となっている。
その鋼鉄の爪を用いて、ロウは円を描くような動きで次々と魔物たちを切り裂いていく。
横一直線に駆け抜けることで前衛の魔物たちが先ず地に伏した。
だが、迫る集団の勢いは衰えることなく。そのまま前進を続けていく。
「――スネークハンティング」
だが、そこへビッチェの振るった刃が伸長し、畝るような動きで集団の後方にいたリノケラランスの急所を見事に貫いた。
獣の鳴き声が周囲に響き渡るが、構うことなく、ビッチェは手首を器用に動かし細分化された刃を巧みに操り、内臓近くの骨に引っ掛けるようにしてその巨体を釣り上げた。
チェインスネークソード――それがビッチェが得意としてる得物の名称。
普段は何の変哲もない長剣にしか見えないソレだが、その実、刃の部分には伸縮自在な特殊なワイヤーが施されており、剣身部はボタン一つで節々が等間隔に分断され、これによって鞭のように扱う武器へと変化する。
その構造の複雑さゆえ整備にも手間が掛かり、また扱いの難しさから使いこなせる者が殆どいない、ある意味武器コレクターあたりがお飾りで購入する武器と揶揄される事も多い得物なのだが――その分使い熟せるまで練度を高めた場合はまさに唯一無二の武器と化す。
今のビッチェがまさにそれと言えるだろう。
更に言えば彼女の持つチェインスネークソードは、その中でもより拘りをもって作成させた特注品であり、刃の分かれ方はより細かく、ワイヤー部には特殊な魔物の素材を組み合わせ、より細く、それでいて強靭に、伸びる距離も従来の数倍となり、数十メートル先の相手すら貫くことが可能である。
そしてこの特異な武器を使用し、リノケラランスを仕留め、そしてハンマの街に向けて突き進み続ける魔物の進行を防ぐように連中の進む先へその遺骸を落下させる。
勿論、落下の衝撃によってある程度魔物を倒すことを想定してギリギリのタイミングを狙った。
更にそれを二度三度と繰り返す。リノケラランスはかなりの重量がある魔物だが、前進する力を利用することで腕に掛かる負担を軽くしている。
その為ビッチェの表情からはそれほど苦労してる様子は感じられなかった。
「……中々やるみたいだな」
その様子を遠巻きに見ていたロウは、彼女を認めるように呟いた後、胸の前で腕を交差させ、どこか冷たさも宿る双眸で目標を見極める。
そして――
「【螺旋狼牙爪】!」
大地を蹴り上げ、強烈なスピンを加え、高速回転しながら滑空し、軌道上の魔物を左右の爪でズタズタに切り裂いていった。
ロウにとって十八番とも言える強力なスキルである。
これによりゴブリンは疎かホブゴブリンやデュアルウルフも次々と片付けていった。
「ギュヒュイ!」
「グギョ!」
「ギャヒュ!」
ゴブリンが扇情的なビッチェの色香に釣られ、わらわらと彼女に押し寄せてくる。
だが――残念ながらその欲情が満たされることはなかった。
スネークチェインサークル――己を中心に円形状に囲むように刃を広げ、範囲内に足を踏み入れた相手を容赦なく切り裂くスキルだ。
今ビッチェに近づこうとしたゴブリンの首を刎ね、腹を貫き、胴体を切り株に切断したのもこのスキルによるものである。
ビッチェの扱う剣は、ただ伸長するだけではなく、幾つにも枝分かれが可能な特殊な作りでもある。
尤も、チェインスネークソードはその形状が複雑化すればするほど扱いが難しくなるため、これだけの機能を持った武器を使いこなせるのはビッチェぐらいであるのだが。
ともあれ――ビッチェとロウ、このふたりだけでも戦力としてはかなり強大であり、一見するとふたりだけでも十分に魔物の大群を凌駕しているような、そんな雰囲気さえ漂っていたのだが。
しかし、異変に先ず最初に気がついたのはビッチェであった。
そう、最初の変化、それはメルルの魔法によって倒された魔物たちから訪れた。
魔法で生み出された水龍により、数百の魔物が駆逐された。だが、その倒された魔物たちが――起き上がり始めたのだ。
しかも、その姿はより凶悪なものに――肉体が変化し、ゴブリンの骸だったそれすらも、その変化はあまりに衝撃的であった。
筋肉は膨張し、体長は比べ物にならないほどに変化し――その姿はビッチェも当然良く知っているものであり。
『グウウウウウゥウウウウゴオオォオォオォオォオオオオオ!』
そして、戦場に響き渡る雄叫び。しかも一つではない。百を優に超える雄叫びが戦場にこだましたのだ。
魔物の中で尤も数の多かったゴブリンは、この中では間違いなく尤も弱い存在でもあった。
だからこそ、当然群れの中でも最も死にやすく、つまり魔物の死体の多くはゴブリンであり、その数は下手すれば既に一〇〇〇に届く程。
だが、その現象を皮切りに、その場に倒れていた全てのゴブリンの骸が、変異種であるグレイトゴブリンとなって復活したのである。
しかも――ゴブリンだけではない。最も多かった骸がゴブリンであったのは事実だが、それ以外の魔物も死を迎えたものが次々と変異種として復活していく。
ホブゴブリンはグレイトゴブリンより更に巨大で驚異的な変異種――マウンテンゴブリンに。
その体長は三メートルを超えるグレイトゴブリンの更に倍以上。
まさに山のような巨体が大地を震わせた。
ビッチェが障害として放置したリノケラランスも、背中から砲身状の突起物を生やしたリノケロファルマンに変化し、デュアルウルフもデュアルホーンライトニングという変異種として生まれ変わる。
「……これは、流石にキツイ――でも」
この突然の魔物の変異によって、当然ビッチェの周りに転がっていたゴブリンもグレイトゴブリンとして復活し、改めてビッチェを取り囲み始めた。
スネークチェインサークルによって、近づくグレイトゴブリンにもその刃が反応するが、やはりゴブリン程楽な相手ではない。
一匹であればまだなんとかなったかもしれないが、数十のグレイトゴブリンに囲まれては、完全に対処するのは不可能である。
「グォォオ……」
そして、一体のゴブリンの腕がビッチェに伸びる。
どうやら彼女を捕らえてどうにかしてやろうとでも考えているようだ。
このあたりの性質はゴブリンに準拠している。
だが、なまじ身体が巨大化し全てに於いてゴブリンを凌駕する変異種である。
捕まった時の凄惨さはゴブリンの比ではない。
その事もよく理解しているビッチェは、一旦サークルを解き、驚異的な跳躍を見せ、グレイトゴブリンの頭上を飛び越えつつ、刃を伸長させその巨体に巻きつけた。
「……スネークバインドミキサー――」
そして、巻きつけたソレを一気に引き抜くと、グレイトゴブリンの身から血飛沫が上がり、ズタズタに引き裂かれたような痕をその身に残し大地に崩れ落ちた。
「……変異種はもう復活しないのか――」
そして、ピクリとも動かなくなったグレイトゴブリンを認めながら、確認するように独りごちる。
「……中々面白い事になってきたな」
一方Aランク冒険者であるロウも、その変化に気が付き、どこか楽しそうにそんな事を口にした。
「……この程度の魔物相手じゃ物足りないと思っていたんだ――だが、この相手なら」
ロウの周囲にも次々と変異種と化した魔物たちが集まり始めていた。
その多くはグレイトゴブリンだが、デュアルホーンライトニングやマウンテンゴブリンの姿も確認できる。
しかし、それでも臆する事なく、ロウは得意の爪による攻撃でグレイトゴブリンの集団を切り刻んでいく。
だが――やはり変異種のグレイトゴブリンはゴブリンと違って一撃で倒されるような事はない。
狼爪嵐武による連撃を受けても、構うことなくその拳を振るってきた。
更に着地際にはデュアルホーンライトニングの角から発せられた電撃が撒き散らされ、ロウの動きが一瞬鈍る。
ロウは身のこなしを活かした戦い方を得意とする戦士だ。その為防具も動きやすさを重視した薄手の鎖帷子を着衣しているぐらいであり、つまり重い攻撃に対する守りは弱い。
勿論本来であれば相手の攻撃を躱し、カウンターを決めに行くぐらいの実力を有しているのだが――しかし、電撃を受けた事でその動きも止まり、結果、マウンテンゴブリンの拳がその身に叩きつけられた。
グレイトゴブリン以上の巨体を誇るマウンテンゴブリンは、拳だけでもロウの体格を超える程に巨大だ。
それは大岩を投げつけられたかのごとく衝撃であった事だろう。
彼の身は真横に吹き飛び、地面に何度も身体を叩きつけられながら十メートル以上も飛ばされてしまった。
全身の骨が粉々に砕けてしまっていたとしてもおかしくはない。
だが、それを見ていたビッチェにも助けに向かう余裕はない。
己の周囲にいる変異種達を相手するだけでも手一杯の状況だ。
そして、当然だが捌き切れない分はより激しさを増してハンマの街へと侵攻を続けていく。
しかも多くの魔物が変異種に変貌した事で、その脅威度は確実に増していた。
「……全く、とんでもない依頼に俺は参加してしまったのかもしれねぇな――」
ハンマの街からビッチェやロウが戦いを繰り広げていた戦場を結ぶ、その中間地点でジェロニモは嘆くように呟いた。
その背後にいる冒険者達も、この現象に恐れを抱いてしまっているのも少なくはない。
こればっかりは、いくらジェロニモのスキルを持ってしても解消する事は不可能に近かった。
だが、それでも――
「逃げるわけには、いかねぇよな……」
巨大な戦斧を握りしめる力を強めながら、ジェロニモは決意をみなぎらせ、恐怖の軍勢に対抗する為迎え撃つ体制に入るのだった――




