第九十二話 ハンマの街防衛戦~市街地にて~
「おい聞いたか! 街に向けて大挙してきている魔物が次々と変異種に進化してるって!」
「数千のゴブリンがすべてグレイトゴブリンに変化したと聞いたぜ」
「マジかよ……グレイトゴブリンなんて一体でも災害級と言われる魔物じゃないか……」
「なんでも今回の件には魔神が絡んでるって話もあるらしいんだが――」
「魔人? 吸血鬼族とかのあの魔人か?」
「いや、そっちじゃない。伝説の魔神の方だって話だって」
「どっちでも変わらねぇよ。魔人にしろ魔神にしろそんなのに目を付けられたらこの街は終わりだ!」
「落ち着けって。どこまで本当かなんて判らないし、変異種だって話が大きくなってるだけだろ。数千のグレイトゴブリンなんて聞いたことないし、大げさに吹聴してるのがいるだけだって――」
中央広場に集まった人々が口々にそんな会話を繰り広げていた。
多くの住民には緊急警戒警報が発令され、住民は出来るだけ外出を避け、それぞれの住まいに立て篭もり、鍵を掛け自分の身を守ることを優先させるよう推奨されている。
とは言ってもこの発令に強制力はない。それに実際問題、もし魔物の大群が街なかにまで入り込んでしまっては、建物の中に篭っていてもそれほど意味はなさず気休め程度にしかないだろう。
ただ、外に出る事を抑制することには意味がある。
なまじ外に出られてパニックに陥られては、街の守りに配置された衛兵も動くに動けないからだ。
ただ、強制ではない以上、全ての住人がそれに従うわけではなく、特にある程度腕に覚えのあるような男連中はこのように広場に集まったりして情報交換をしあったりもする。
尤も街門も閉じられ外の状況は市街からでははっきりと確認出来ないため、噂の出元は衛兵などの会話を盗み聞きしたなど、そういった信憑性に欠けるものも多いのは事実だ。
しかし、それでも時折聞こえてくる魔物の咆哮や、地面を伝わる振動などにより、楽観視出来るような状況ではないことは彼らも肌で感じ取っていた。
だからこそ黙っていることが出来ず、こうやって外に出て他の人間と会話したりしながら少しでも不安を和らげようとしてるのかもしれないが。
「なあ、ところでこれは知ってるか?」
ふと、そこで別の男が発言。皆の視線が興味深そうに男に注がれた。
「なんか最近街なかで黒装束の連中が目撃されてたって話だ。それが妙に怪しい連中だって噂になってたんだよ」
「黒装束?」
「あ~そういえば俺もチラッとみたかもな。フードを目深に被った妙な奴らだよ」
「ふ~ん、でも魔法使い系ならそれほど珍しい格好でもなくないか?」
「確かにそうなんだが、でも杖は持ってなかったって話もあるんだよな」
「……なあ、その連中ってもしかしてあいつらか?」
え? と一人の男が指差した方向へ全員の視線が動いた。
気が付くといつの間にか噂の黒い連中が広場に集まり、男達を囲んでいたのである。
「……ちょっと待てって、いや冗談だろ? たまたまだよな。こいつらだって外の様子が気になって情報集めに来たとかそんなとこだろ」
「いや……だからってこんなに揃いも揃って黒装束は、流石におかしいだろ――」
男達の表情が明らかに引き攣り、完全に怯えた様相を見せるものも出始めている。
しかも黒い連中は終始無言で彼らを囲い込むような状態でジリジリと距離を詰めてきているのだ。
「お、お前らなんなんだよ! 一体俺達に何のようだ?」
「そ、そうだ! 黙ってないでなんとか言えよ!」
上擦った声で誰何するものもいるが、やはり連中は無言を貫き。
「な、なんなんだよ! 大体こんな怪しい連中が彷徨いているのに衛兵たちは何を――」
一人の男が至極当然の疑問を口にするが、その瞬間、爆発音が広場にまで届き、東地区にもうもうと煙が上がり始める。
「おいおい冗談だろ――なんで街なかで爆発なんて……」
だが、その答えを示すかのように、黒装束の者達が一斉にローブの中から十字型のソレを取り出し構え始める。
「――ッ!?」
それを認めた事で広場の男達が一斉に目を見張った。
その表情は驚きと恐怖に満ちている。
連中が取り出したのはクロスボウ――その中でも小型で折りたたんで持ち歩くことも可能なコンパクトクロスボウであった。
通常のクロスボウに比べると携帯性を重視している為、張力が弱く、その威力は決して高くはない。
だが、この位近くからであればそれも関係無いだろう。見たところボルトも金属製であり、急所にあたれば只では済まない。
そして、黒装束の集団の一人がトリガーを引いた。
威嚇射撃のつもりなのか直接は狙わずその足元を狙った一撃であった。
だが、ボルトが地面に着弾したその瞬間――小爆発が起こり地面に人の頭程の窪みが出来上がった。
これにより何故街なかで爆発音のようなものが響き渡ったのか、その理由が判明した。
どうやらコンパクトクロスボウにセットされたボルトは、ただのボルトではなく、魔道武器として加工されたものなようである。
なるほどこれであればコンパクトクロスボウの威力の低さを爆発で補う事が可能だ。
もしこれが腕や脚に命中したなら、あたった箇所を軽く吹き飛ばすことぐらい可能であろう。
それに例え小さな爆発とはいえ、集団で一斉に撃ち込めば石造りの建物であっても破壊させる事は可能だ。
そんな不穏な空気を滲ませた集団の発射口が、改めてガチャガチャと耳障りな音を奏で広場に集まった住人たちに向けられる。
畜生、と誰かが悔しそうに呟いた。こういった状況だけに、集まった男達は護身用の武器ぐらいは携えて出歩いている。
だが、それでも状況的には多勢に無勢。おまけに相手は距離が離れていても殺傷できる武器を構えている。
例え勇敢な者が飛び出したとしても、切りかかるよりボルトが命中するほうが先なのは自明の理である。
そしてそうこうしてる間にもやはり爆発音や轟音があちらこちらから響き渡っている。
それを耳にし祈るように目を瞑る者もいた。せめて妻子だけでも無事でいることを願う――そんな者も多いのだろう。
必死に震えを抑えようとしているものや、腰を抜かす者、硬直し全く動きの見えないものなどその反応も様々。
ただ――その多くはこの時点で死を覚悟しているようであった。
もうどうしようもない、と――黒装束の連中から放たれる凶器を受け入れる体勢。
だが、その時――ボンッ! 何かの弾ける音と共に灰煙が広場に立ち込めすっかり視界を覆ってしまった。
「散りな! とにかく動くんだよ!」
な、なんだ? と疑問の声が上がる中、女性にしては逞しい声が全員の耳朶を打つ。
その命令に近い叫びに、弾かれたように男達が動き始めた。
と、ほぼ同時に、おらぁ! という掛け声が煙の中に響き渡り、数体の影が宙を舞った。
それが黒装束の連中である事は位置的にも明らかである。
足を止めクロスボウを構えていた奴らは、咄嗟の事に完全に反応が遅れてしまっていた。
なまじ住人を囲むような位置取りを保っていた為、視界を防がれた状況でボルトを打ち込む事に躊躇いが生まれたのだ。
何せこの状況で外せば同士討ちの可能性は十分にある。
ただのボルトではなく爆発の効果が付与された魔道武器である。
そんなものを視界も確保できない状態でむやみに使用するわけにもいかない。
そして、だからこそ一気に形成は逆転した。
煙に巻かれたこの状況ではクロスボウよりも近接武器の方が遥かに有利。しかも相手が黒装束であることは判っている上、大体の位置も掴めている。
「武器を持っている奴はとにかく連中のいた場所に切り込みな! 接近さえしてしまえば、相手の衣装で判断が付くんだからね! ボサッとしてるんじゃないよ! 私達の街は住人である私達で守るんだよ!」
勇ましい声に先程まで諦めかけていた男達も触発されたようで、うぉおおぉおぉお! と掛け声を上げながら、黒装束の連中がいたと思われる場所めがけ突っ込み始めた。
これにより広場は乱戦状態に突入するが、クロスボウを手にした連中の方が不利なのは雰囲気から察する事が出来た。
「それにしてもこの声――さては宿屋のバーダンか! 元冒険者とは聞いていたがな……だが、助かったぜ!」
「お礼なら息子にも言ってやって。この煙玉はスコムの作った物だし、使用したのもスコムだからね」
そういいながらも先端にトゲ付き鉄球を備えた打撃武器を振るい連中を殴打していくバーダン。
どうやら冒険者としての勘は鈍っていないらしい。
そんな中、一部の黒装束達は広場から一旦の撤退を試みようと煙の中からの脱出を試みるが。
――ドス、ドス、ドス。
連中のお株を奪うようなボルトの連射。
それが黒装束の肩や脇腹辺りに命中する。
ただボルトそのものは黒装束が持っていたコンパクトクロスボウのより更に小さく、殺傷力そのものは低いようにも思えるが。
だがしかし、ボルトをその身に受けた連中は次々と地面に倒れ動かなくなってしまった。
見たところ身体も痙攣しているようであり――つまりボルトには麻痺を引き起こす神経毒が塗布されていたという事である。
そして建物の影には特製の連射式クロスボウを手にした少年。
バーダンの息子スコムの姿があったのだった。
◇◆◇
「おらあ!」
ビルが愛用の調理用ナイフを使い黒装束の連中を撃退していく。
冒険者時代、戦闘に関して言えばからっきしだったビルだが、料理に目覚めた今、調理用ナイフを持たせて彼の右に出るものはいない。
「た、助かったよ。ありがとうビル」
そして黒装束に追いかけられ、間一髪のところを助けられた男がビルにお礼を言った。
バーダンとビルふたりが切り盛りする宿屋近くに逃げてきたのは彼にとって幸運だったと言えるだろう。
だが――
「あ、あぶねぇビル!」
そこへ宿屋の影からコンパクトクロスボウを向ける黒装束。
ビルもしまった、とギョッとした表情を見せるが――ゴツン! 二階の窓から落とされた壺がその頭に命中。
結果、黒装束は地面に倒れ気絶した。
「パパ大丈夫?」
「キュートか! ありがとうおかげで助かった」
親指を立ててニカッと微笑む父親。
それにしても中々肝っ玉が座っている。この辺りはバーダンの血かもしれないな、とビルは微苦笑を浮かべた。
「ところでビル、奥さんはどうしたんだい?」
「バーダンならスコムと広場に向かった。何か怪しい動きがあるって情報が伝わってきててな。スコムもそれで事前に色々用意しててくれた」
「本当かよ。それにしてもつまりはこんな連中が他にもいるって事かよ。全く外からも魔物の大群が押し寄せてきてるって言うし、大丈夫なのかこの街は」
男が肩を落とし不安そうにそんな事を言った。
だがビルは男の背中をバンバンと叩き。
「大丈夫だ。愛用のコンペイトウを持ったバーダンはそう簡単にやられねぇ。それにこの街にはまだまだ頼れる連中が控えているし何より――」
ビルはそこまで言った後、どこか遠くを見るような目を空に向けた。
そして――きっとあの男がなんとかしてくれるさ、と誰かを思い出すように口にするのだった。




