第九〇話 ハンマの街防衛戦②
一方その頃、西門側においては緊急依頼として募った冒険者達が堀の前で集まり、迫る魔物たちに目を向けていた。
ハンマの街西部は魔草採取にもよく利用される森林地帯と、ちょっとした丘陵地帯を抜けてしまえば後はなだらかな平原が広がっている。
これは東にしろ南にしろほぼ条件が一緒だ。
つまり彼らの目に入った時点で既に障害と言えるようなものは特にない状況であり、街を守るものは周囲に設けられた堀と街を囲む外壁だけという事になる。
外壁部は幅が広く、つまり相当に分厚く、街門にしても門と落とし格子の二段構えでそうそう敵の侵攻を許すような事はないが、それでも数が数である。
特に魔物の中には超絶した突進力を誇るリノケラランスの姿もある。
槍のような角を有し、それを利用しての突進は下手な破城槌など凌駕する威力を誇る。
そんなものを何度も喰らえばいくら頑強な街門であろうと、外壁であろうと、持ちこたえる事は不可能であろう。
尤も冒険者にとって大事なのは敵をそこまで近づけない事である。
魔物の大群を堀まで近づけるだけでも、西部を任された冒険者達にとっては敗北と一緒だ。
しかし――それなら何故冒険者達は堀の外側に出ようとしないのか?
まさかそのような状況で、瀬戸際まで引き寄せて迎え撃つつもりなわけもあるまい。
勿論――これは作戦の一つであった。東南西に一箇所ずつ存在する街門の左右にはそれぞれ尖塔が備わっており、それを登ることで外壁の上に出る事が出来る。
分厚い外壁はその上を衛兵が通行することが可能であり、緊急時は外壁を伝って尖塔間を移動する。
壁の上部はのこぎり型の狭間となっている為、敵兵が迫ってきているような状況に於いては、ここに弓兵が身を隠しながら矢を射れるようになっている。
ただ、今回は別に冒険者が出る前に先に弓矢で先制攻撃を行おうというわけでもない。
そもそも、弓術の例えば達人などのスキル持ちであっても、支給品の弓での有効射程距離は三〇〇~四〇〇メートル程度である。
千を超える魔物の群れをそこまで近づけるのは得策とはいえない。
だから――今壁の上において、近づいてくる魔物を俯瞰するように佇む人物は衛兵などではない。
それは下から見上げる冒険者達から見ても確かな事だ。
そもそも格好がそれとは異なる。裾の短い黒のドレスと頭の上にとんがり帽子を乗せた彼女はとても兵士には見えず、この場にそぐわない風貌である。
「あ、あの子が今回の要?」
「冒険者ではないらしいが、ギルド長からの推薦だったらしいな」
「俺あの子知ってるぜ! 確か魔道具店のメルルだ!」
「魔道具店の娘が要? ふむ……それにしてもなんかエロいな」
「あ、あぁ。それにここからだと中が覗けるんじゃ――」
「ゴホン!」
そんなどこか妖艶な雰囲気さえ漂う美女――メルルの登場で、こんな状況にも拘らず男の冒険者達が鼻の下を伸ばして彼女のスカートに注目し始めた。
しかし、冒険者は別に男ばかりというわけではなく、何人かの女冒険者の咳きや、軽蔑するような冷たい視線に、男の冒険者達は面目ないといった表情を見せる。
だが、それでもやめようとしない冒険者はやはり一定数いた。
腕を組み堂々と覗き行為に集中する猛者もいるほどである。
「全くあいつらは判ってないな」
「そうそう、確かにあのスカートの中が気になるのは判る。しかし!」
「今目の前にあるエロスこそが! 俺達にやる気を与えてくれるのだ!」
そんな中、彼らとは別の存在に注目、というかガン見し続ける冒険者達がいた。
そう、壁の上のメルルとはまた別種のエロスを振りまく彼女にもまた、多くの冒険者の視線が降り注いでいたのである。
何せこの女ときたら、これといった防具も装備せず、その格好はほぼ半裸。
健康的な褐色の肌とメリハリの効いたボディ。面積の極端に少ないビキニスタイルは男の欲情を掻き立てるには十分な代物だ。
「……見過ぎ」
とは言え彼女、ビッチェもあまり注目されるのは好ましく思わないようで、なので自然に気配を消し、多くの冒険者から存在が認識できない状態となった。
そのおかげで多くの冒険者が彼女を見失い、あれ? あれ? とキョロキョロしだす始末だ。
実際はそこまで移動したわけでもないのだが。
「――開け魔道第三門の扉。発動せよ水術式【ウォータードラゴン】」
そして、そうこうしている内に壁の上では水晶付きの杖を掲げたメルルが魔法を行使し終えていた。
詠唱と術式を組み合わせる事で発動せしは第三門の超高位魔法である。
そして魔法の発動と同時に堀に張られていた水に流れが生まれ、更にその勢いが増し、激流となり、最後には水の龍へと姿を変えた。
一方で外壁の上では一気に燃焼した魔力が外側へと溢れだし、上昇し、彼女のスカートを捲り上げる。
「す、凄いわ! 水の龍が魔物の群れを次々と駆逐していく!」
「す、すげぇ! マジかよ! この子、何もはいてねぇ!」
そして女冒険者側と男冒険者側に別々の驚きの声が上がり、全員の目を釘付けにした。
ただ、見ている方向に関しては全く違ったのだが――
(……メルル、魔法の威力は流石。でも――はき忘れたか……)
ビッチェが従姉妹であるメルルを見上げると、一見動じてなさそうに思えるその変化がビッチェには判った。
そして――魔法を行使しおえたメルルは若干俯き加減に壁を歩き、そして尖塔へと引っ込んでいった。
ちなみにメルルをギルド長に推薦したのはビッチェである。
機先を制すには彼女の強力な魔法が不可欠だと考えての事であった。
「魔道具店のメルルちゃんか……俺俄然ファンになっちまったぜ!」
「何を見てファンになってるんだよ!」
「いや! よく考えてみろよ! きっとメルルちゃんは俺たちを勇気づけるために敢えて何もはかずにきてくれたんだよ!」
「そうだぜ! しかもあの美しさ! 余計なものが何も生えてないあれはまさに女の神秘!」
「俺達の女神だぜメルルちゃん!」
「あんたらもっと他に褒めるところがあるでしょうがーーーー!」
魔法そっちのけでスカートの中に興奮していた男どもに向けて、女冒険者が吠えた。
そして軽蔑からこんどは汚物を見るような目に変化していく女冒険者達である。
ちなみにメルルのスカートの中を見逃した冒険者の中には、かなりがっかりきていたものも多かったようだ。
涙を流しているものさえいる。
「ふん! あんなものはパフォーマンスにしか過ぎぬわ!」
そんな中、一人の巨漢が誰よりも早く跳ね橋を渡り、迫る魔物の大群を見据えながら、背中から巨大な戦斧を取り外し、構えを取る。
メルルの魔法によりかなりの数の魔物が大地に沈んだが、それでもまだまだ大挙する魔物の数は多い。
彼ら冒険者にとって、メルルのいなくなったここからこそが本番と言えるだろう。
「……随分と威勢がいいな」
すると、跳ね橋を渡った巨漢の横にまた一人。逆立った銀髪が印象的な男で、隣の巨漢と比べると小柄だが、その双眸はまるで狼の如き鋭さである。
「……鋼の狼牙団リーダー、ロウだったか? 最近随分と調子がいいみたいじゃないか」
「――別に俺は好きにやってるだけだ。それと、俺はお前を知らんぞ」
ロウの返事に巨漢が眉を顰めるが。
「そうか、だったら今からでも覚えておくんだな小僧。俺はA4級冒険者ジェロニモだ」
「……俺は俺が認めた奴しか覚える気は――ない」
ロウは無表情でそう応えると、地面を蹴り上げ、そして目にもとまらぬ速さで魔物の大群との距離を詰めていく。
「――若いな。しかも単騎で突っ込むなんて命知らずもいいところだぞ」
ジェロニモは太く逞しい腕を胸の前で組みながら、やれやれと言わんばかりに声を発す。
あれだけの数の魔物を相手にするには冒険者同士の協力が不可欠だとジェロニモは考えているようだが。
「……でも、ぼやぼやもしてられない」
ん? と声の方へ顔を向けるジェロニモだが、彼には風に靡く銀髪しか視認することが出来なかった。
だが、彼もAランクの冒険者。ビッチェの存在自体はしっかり認識していたこともあり、思わず肩まで伸ばされた赤茶けた髪をガシガシと掻き毟り、全くもって勝手な連中だ、と呟いた後――
「うぉおおぉおおぉおぉおおぉおおぉおおお!」
突如、天に向けて吠え上げた。
何事かと思う冒険者達であったが、一人の冒険者が、何か能力が増した気がする、と呟いたことで、他の冒険者もそれに気が付き始めたようだ。
「戦神の雄叫びを使用した! これで体力や攻撃力が相当底上げされてるはずだ! てめぇらいつまでもぼさっとしてんじゃねぇぞ! 俺たちは意地でも魔物どもを街に近づけさせるわけにはいかねぇんだからな!」
ジェロニモの発言により冒険者達の気持ちが瞬時に切り替わった。
そして強化魔法が使用できる魔術師の手により脚力や防御力も強化され、こうして――ロウとビッチェに続けとばかりに残った冒険者達も魔物に向けて突撃を開始したのだった。
うっかりさんなメルルです。




