十二 拍手の外側
署名式のあと、真壁宗一郎は会議場の庭へ出た。
雪は止んでいた。
石灯籠の上に積もった雪が、冬の日差しを受けて少しずつ溶けていた。
真壁は、外套の襟を立てた。
そこへ、小野寺美咲がやってきた。
「大佐」
「小野寺さん」
「お疲れさまでした」
真壁は、少し笑った。
「まだ、終わっておりませんよ」
「そうですね」
小野寺は、庭を見た。
「でも、今日の合意は大きいと思います」
「ええ」
真壁は頷いた。
「ただ、現地の兵士たちが従ってくれるかどうか」
「難しいですか」
「難しいでしょうな」
真壁は、しばらく考えた。
「軍人は、命令に従うよう訓練されています」
「はい」
「しかし、長く戦ってきた者ほど、戦いをやめる命令に戸惑うことがあります」
小野寺は、真壁を見た。
「なぜですか」
「自分がしてきたことを、どう受け止めればよいのか分からなくなるからです」
真壁は、ゆっくり続けた。
「戦争が終われば、戦友の死も、負傷も、苦労も、すべて過去になります」
「それは、良いことでは」
「もちろんです」
真壁は、少し笑った。
「しかし、人間は、過去になったものを簡単には整理できません」
小野寺は黙っていた。
「だからこそ、政府が責任を持たねばならんのです」
真壁は、会議場の建物を見た。
「兵士に、戦争を始めさせるのも国家なら、戦争を終わらせるのも国家でなければならん」
小野寺は、静かに頷いた。
そのとき、会議場の中から藤崎啓介が走ってきた。
「大佐!」
真壁は、振り返った。
「どうした」
藤崎は、息を切らしていた。
「帝都から、緊急連絡です」
真壁の表情が変わった。
「何があった」
「中国大陸の一部部隊が、停戦命令に従わない可能性があるとの情報です」
真壁は、しばらく黙っていた。
予想していたことだった。
しかし、実際に報告を受けると、胸の奥が冷たくなった。
「どの部隊だ」
藤崎は、資料を差し出した。
真壁は、そこに記された部隊名を見た。
かつて自分が所属していた部隊だった。
真壁は、ゆっくり息を吐いた。
「そうか」
小野寺が尋ねた。
「大佐、どうされますか」
真壁は、資料を畳んだ。
「帝都へ戻ります」
そして、少し間を置いた。
「そのあと、中国へ行くことになるかもしれません」




