十三 上海の男
同じ日、上海。
旧共同租界の一角にあるホテルで、ドイツ人の男が新聞を読んでいた。
名前は、ハンス・ヴェーバー。
ドイツの情報機関に関係する人物だった。
彼は、京都停戦予備協定の成立を伝える記事を読み終えると、新聞を机に置いた。
日本が中国との戦争を終わらせようとしている。
それは、ドイツにとって望ましいこととは限らなかった。
日中戦争が終われば、日本は国力を回復させるかもしれない。
しかし、その日本がドイツとの同盟を維持する保証はない。
未来日本の出現以降、昭和日本の外交方針は変わり始めている。
米国との戦争は回避された。
中国との和平交渉も進んでいる。
次は、日独伊三国同盟の見直しかもしれない。
ヴェーバーは、机の引き出しから小型の電子機器を取り出した。
未来日本の民間人から奪われたものだった。
中には、未来の歴史資料が保存されていた。
すべてを読むことはできなかった。
しかし、いくつかの文書には目を通していた。
スターリングラード。
クルスク。
ノルマンディー。
ベルリン陥落。
ヒトラーの死。
ドイツの敗北。
ヴェーバーは、画面を見つめた。
未来日本の歴史では、ドイツは敗れる。
しかし、その歴史はすでに変わり始めている。
日本が米国と戦争していない。
太平洋戦争が起きていない。
米国は、まだ欧州戦争へ全面的に参戦していない。
それなら、ドイツの未来も変わるのではないか。
ヴェーバーは、紙を取り出した。
ベルリンへ送る報告書だった。
そこには、未来の戦争に関する情報が記されていた。
最後に、彼は一文を書き加えた。
「未来日本の出現によって、従来の歴史はすでに変化している。今後の戦争の結末は、予測不能である。」
ヴェーバーは、ペンを置いた。
そして、しばらく考えた。
未来を知ることは、勝利を保証しない。
しかし、未来を知らない者より有利になることはできる。
ドイツ政府が、その情報をどう使うか。
ヴェーバーには、まだ分からなかった。
たまにどちらの日本で話を進めているのかわからなくなる時がありますが極力無いよう頑張って書きます。




