十四 帰らぬ兵士
一月二十九日。
京都停戦予備協定の成立を受けて、中国大陸の一部地域では戦闘停止の準備が始まった。
しかし、すべての部隊が従ったわけではなかった。
華北のある駐屯地では、若い日本軍将校が部下を集めていた。
「我々は、まだ戦争に負けていない」
将校は、兵士たちへ言った。
「それなのに、撤退を命じられるという」
兵士たちは、黙って聞いていた。
「我々の戦友は、何のために死んだのか」
将校は、声を強めた。
「この土地を守るために戦ったのではないのか」
兵士の一人が、手を上げた。
「中尉殿」
「何だ」
「撤退すれば、故郷へ帰れるのでしょうか」
将校は、少し驚いた顔をした。
「何?」
「私は、三年も故郷へ帰っておりません」
兵士は、静かに続けた。
「母が病気だと、手紙が来ています」
将校は、黙った。
「戦友の死を無駄にしたくないという気持ちは、分かります」
兵士は、少し間を置いた。
「しかし、私は、もう帰りたいのです」
他の兵士たちも、顔を上げた。
誰も声を出さなかった。
しかし、同じことを考えている者が少なくないことは、将校にも分かった。
将校は、しばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「分かった」
兵士たちは、顔を上げた。
「上官の命令を待つ」
将校は続けた。
「勝手な行動は取らん」
兵士たちは、静かに頷いた。
その夜、駐屯地では、久しぶりに故郷の話が交わされた。
田植えの季節。
家族のこと。
子供の名前。
帰ったら何をしたいか。
兵士たちは、戦争が終わるかもしれないという話を、まだ半信半疑で聞いていた。
しかし、誰もが心のどこかで願っていた。
今度こそ、帰れるかもしれない。
その希望だけは、捨てたくなかった。




