八 東京からの電話
一月二十四日、午後十時過ぎ。
真壁宗一郎は、宿泊先の部屋で帝都東京からの電話を受けた。
相手は、東條英機だった。
「会議の進捗はどうだ」
「停戦の予備協定について、概ね合意に近づいております」
「撤兵については」
「まだ、正式な協議には入れておりません」
電話の向こうで、東條が小さく息を吐いた。
「陸軍内部の反発が強い」
「承知しております」
「特に、支那派遣軍の一部が強硬だ」
真壁は、黙って聞いていた。
「撤兵命令が出れば、現地で混乱が起きる可能性がある」
「はい」
「お前は、どう考える」
真壁は、少し考えた。
「閣下。私は、段階的な撤兵を進めるべきだと考えます」
「理由は」
「現地軍を維持するための負担が、帝国の国力を圧迫しております」
真壁は続けた。
「また、未来日本の歴史を知ったことで、将兵の間にも動揺が広がっています」
「それは、報告を受けている」
「このまま方針を決めずにいれば、現地部隊が独断で行動する危険が高まります」
電話の向こうが静かになった。
真壁は、言葉を続けた。
「閣下。撤兵を命じるなら、政府が責任を持って命じるべきです」
東條は、しばらく黙っていた。
「軍が反発してもか」
「はい」
「お前も軍人だろう」
「だからこそ、申し上げています」
真壁は、受話器を握り直した。
「軍が国家の方針を決めるのではありません。国家が軍の行動を決めるべきです」
東條は、すぐには答えなかった。
やがて、低い声が聞こえた。
「簡単に言ってくれる」
真壁は、頭を下げた。
電話の相手には見えないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
「申し訳ありません」
「いや」
東條は、少し疲れた声で続けた。
「お前の言うことは、分かる」
真壁は黙っていた。
「だが、現実には軍を動かさねばならん」
「はい」
「言葉だけでは、兵は動かん」
真壁は、静かに答えた。
「承知しております」
東條は、しばらく考えていた。
「京都での協議を続けろ」
「はっ」
「停戦の予備協定については、政府として検討する」
「ありがとうございます」
「ただし、満洲の問題は別だ」
「承知しております」
電話が切れた。
真壁は、しばらく受話器を見つめていた。
窓の外では、京都の街が静まり返っていた。
遠くから、電車の走る音が聞こえた。
未来日本の電車だった。
昭和日本の東京では、まだ見たことのない速さで走る車両。
その音を聞きながら、真壁は考えた。
未来の技術があれば、兵士を運ぶことも、物資を運ぶことも、今よりはるかに容易になる。
しかし、命令を下す人間の心まで変えられるわけではない。
そのことが、何よりも難しかった。




