七 停戦の条件
翌朝、会議場の机には新しい文書が置かれていた。
表題は「局地的戦闘停止に関する予備的取決め案」。
内容は、決して単純ではなかった。
日本軍と中国軍が接触している地域を指定し、双方が一定期間、攻勢的な軍事行動を控える。
捕虜の処遇を確認する。
負傷者の収容を認める。
民間人の避難経路を確保する。
違反が発生した場合には、共同の連絡機関を通じて事実関係を調査する。
文書を読んだ宋子文は、すぐに問題点を指摘した。
「攻勢的な軍事行動とは、どこまでを指しますか」
昭和日本の軍事代表が答えた。
「新たな地域の占領を目的とする行動です」
「偵察は?」
「必要な範囲で継続します」
「その偵察が、攻撃の準備だと判断されたら?」
軍事代表は、返答に困った。
周恩来が発言した。
「補給部隊の移動はどう扱うのですか」
「通常の補給は認めるべきでしょう」
「その補給物資が弾薬であっても?」
議論は、また振り出しに戻りかけた。
真壁は、机の上の地図を見た。
「完全な停戦を一度に実現するのは難しいと思います」
宋が顔を上げた。
「では、どうするのですか」
「まず、戦闘が比較的少ない地域から始めるべきです」
真壁は、いくつかの地域を指した。
「双方が監視できる範囲を限定し、違反が起きた場合には即座に連絡を取る」
周は、少し考えた。
「その連絡機関には、我々も参加できるのですか」
「当然です」
宋が口を開いた。
「中国国民政府の権限を損なわない形であれば、検討できます」
周は、宋を見た。
「その条件については、後ほど協議しましょう」
榊原は、二人のやり取りを聞きながら、ようやく話が前へ進み始めたと感じた。
しかし、最も難しい問題は残っていた。
日本軍が撤退するのか。
撤退するとして、どこまで、いつまでに。
その問題について、昭和日本政府はまだ正式な決定を下していなかった。
京都の会議場で合意できても、東京の政府が認めなければ意味はない。
まして、中国大陸に展開する部隊が命令に従わなければ、文書は紙切れになる。
榊原は、真壁を見た。
「大佐。現地軍を統制できますか」
真壁は、すぐには答えなかった。
「命令を伝えることはできます」
「従わせることは?」
真壁は、榊原の目を見た。
「努力するしかありません」
その答えは、頼りなく聞こえた。
しかし、真壁には、それ以上のことを約束する資格がなかった。




