六 兵士たちの停戦
一月二十二日。
京都で交渉が続く一方、中国大陸では戦闘が止まっていなかった。
安徽省の小さな村で、日本軍の一個小隊が中国軍と銃撃戦になった。
発端は、夜明け前の偵察行動だった。
日本軍は、村の外れに中国軍の部隊が集結していると判断した。中国軍側は、日本軍が村へ侵入しようとしていると考えた。
双方が警戒するうちに、一発の銃声が響いた。
どちらが最初に撃ったのか、最後まで分からなかった。
銃撃は二時間ほど続いた。
日本兵が四人死亡し、中国兵が七人死亡した。村の住民も二人、流れ弾に当たって命を落とした。
そのうち一人は、十六歳の少女だった。
少女の名前は、林秀蘭。
母親と一緒に井戸へ水を汲みに行こうとしていたところだった。
村の老人は、彼女の遺体を家へ運んだ。
母親は、娘の顔を見ても泣かなかった。
ただ、何度も名前を呼んだ。
秀蘭。
秀蘭。
もう起きなさい。
水を汲みに行くんでしょう。
その声を聞いていた日本軍の若い兵士は、顔を上げられなかった。
彼は十九歳だった。
故郷は長野県の農村で、家には母親と妹がいた。
京都で和平会議が開かれていることは知っていた。
新聞で読んだ。
戦争が終わるかもしれないと、同じ分隊の兵士たちと話した。
しかし、目の前には死んだ少女がいた。
若い兵士は、銃を膝の上に置いた。
自分たちは、何のために撃ち合ったのだろう。
誰かが命令したから。
敵がいたから。
撃たなければ、自分が死ぬかもしれなかったから。
理由はいくつもあった。
しかし、そのどれもが、少女の死を説明してくれるわけではなかった。
その日の夕方、戦闘の報告が京都へ届いた。
宋子文は、会議室でその報告を読み、顔色を変えた。
「これが、現在の中国です」
宋は、紙を机の上に置いた。
「皆さんがここで議論している間にも、人が死んでいます」
昭和日本の代表団は、黙っていた。
真壁は報告書を受け取った。
死者の数を確認した。
日本兵四名。
中国兵七名。
民間人二名。
真壁は、しばらく数字を見つめた。
四。
七。
二。
報告書では、ただの数字だった。
しかし、その数字の向こうには、それぞれの家族がいる。
真壁は、資料を閉じた。
「停戦を急ぐべきです」
その声は、思ったより低く出た。
宋が真壁を見た。
「今すぐにでも」
真壁は頷いた。
「はい」
昭和日本の代表が、慎重に口を開いた。
「しかし、現地部隊への命令伝達には時間が必要です」
真壁は、相手を見た。
「時間が必要なら、今すぐ命令を出すべきでしょう」
会議室が静かになった。
榊原は、真壁の顔を見た。
真壁は続けた。
「我々がここで議論している間にも、現地では兵士が銃を持って向き合っております」
少し間を置いた。
「その兵士たちは、京都で何が決まるのかを待っているのです」
宋は、静かに頷いた。
「その通りです」
その日、会議は予定を変更した。
領土問題や賠償問題の議論をいったん中断し、戦闘停止の手順について集中的に協議することになった。




