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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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五 周恩来の質問


夕方、会議がいったん休憩に入ると、周恩来が榊原へ面会を求めた。

 通訳と記録係だけを同席させた短い会談だった。

 周は、窓際の椅子に腰を下ろした。

「榊原総理。あなたに、一つ尋ねたいことがあります」

「何でしょう」

「未来の中国についてです」

 榊原は、表情を変えなかった。

「すでに資料はお渡ししています」

「読みました」

 周は頷いた。

「一九四九年に、我々が政権を樹立することも」

「はい」

「その後、中国で大きな混乱が起こることも」

 榊原は、少し間を置いた。

「資料に記されているとおりです」

 周は、榊原を見た。

「未来日本は、我々が政権を取ることを望まないのですか」

 榊原は、慎重に答えた。

「私が望むのは、中国の人々が戦争や飢餓で命を失わずに済むことです」

「それは、誰もが言える答えです」

 周は静かに言った。

「私が聞いているのは、あなた方が中国の政治体制に介入するつもりがあるかどうかです」

 榊原は、周の目を見た。

「ありません」

 周は、すぐには答えなかった。

「我々の思想に反対であっても?」

「思想の違いを理由に、中国の将来を日本が決めるべきではありません」

 周は、少し笑った。

「立派な言葉です」

 その言い方には、わずかな皮肉が含まれていた。

「しかし、日本はすでに中国の将来を変えています。軍隊を送り、都市を占領し、多くの人々を殺しました」

 榊原は、視線をそらさなかった。

「その通りです」

「あなた方は、その日本と同じ国なのですか。それとも、別の国なのですか」

 榊原は、答えを急がなかった。

 同じ日本。

 別の日本。

 この一か月、何度も問われてきたことだった。

 現代日本は、昭和日本の歴史を引き継いでいる。

 しかし、目の前にある昭和日本は、現代日本とは別の政府を持ち、別の法律を持ち、別の国民を抱えている。

 その関係を、既存の国際法だけで説明することは難しかった。

「私たちは、昭和日本の行為をなかったことにはできません」

 榊原は言った。

「しかし、昭和日本政府に代わって責任を取ると約束することもできません」

 周は、黙って聞いていた。

「できるのは、戦争を終わらせるために働くことです。そして、過去に何が起きたのかを明らかにするために協力することです」

 周は、少し考えた。

「未来の歴史を知るあなた方は、我々にとって有利にも不利にもなり得る」

「そうでしょう」

「ならば、信用するのは難しい」

「それも理解しています」

 周は、椅子から立ち上がった。

「しかし、話をする価値はあると思います」

 榊原も立ち上がった。

「ありがとうございます」

 周は、軽く頭を下げた。

 扉の前まで歩いたところで、振り返った。

「榊原総理」

「はい」

「未来の中国で、我々が間違いを犯したというのなら」

 周は、少し間を置いた。

「その間違いを、今の我々が避けることはできるのでしょうか」

 榊原は、すぐには答えられなかった。

 周は、返事を待たずに部屋を出ていった。

 扉が閉まったあと、榊原はしばらく立ち尽くしていた。

 未来の歴史を知っている人間に、最も答えにくい質問だった。

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