四 満洲という名前
午後の会議は、満洲国をめぐって始まった。
宋子文は、満洲における中国の主権回復を和平の不可欠な条件として提示した。
昭和日本側は、満洲国を独立国家として承認している立場から、その要求を拒否した。
「満洲国の地位は、本会議の対象外とすべきです」
昭和日本の代表が言った。
宋は、机に置いた手を動かさなかった。
「中国の領土について話しているのです。対象外にはできません」
「満洲国には、独自の政府が存在します」
「日本軍の存在なしに、その政府が存続できるとお考えですか」
代表は答えなかった。
宋は続けた。
「日本が満洲を手放さないのであれば、中国国民に和平を受け入れさせることはできません」
昭和日本側の空気が硬くなった。
榊原は、口を開いた。
「満洲について、今日中に結論を出すのは難しいと思います」
宋は、榊原を見た。
「未来日本は、満洲国を独立国家として認めるのですか」
「現代日本の立場から申し上げれば、満洲国を正当な独立国家として承認することはできません」
昭和日本の代表団に動揺が走った。
榊原は続けた。
「ただし、私は昭和日本の主権者ではありません。昭和日本に代わって満洲の処遇を決定する権限もありません」
宋は、少し考えた。
「では、未来日本は何を提案するのですか」
「満洲問題を、期限を設けた別協議に移すことです」
「先送りですか」
「いいえ。議題から外すのではなく、独立した協議の場を設けます」
榊原は、用意していた文書を差し出した。
そこには、満洲問題に関する予備的な協議案が記されていた。
日本軍の駐留規模の凍結。
住民に対する軍事的強制の停止。
第三者による現地調査。
満洲国の地位についての継続協議。
宋は文書を読んだ。
「第三者とは、誰ですか」
「中立国を含む国際的な調査団を想定しています」
「未来日本も参加する?」
「求められれば」
宋は、しばらく考えた。
「我々は、満洲国の独立を認めません」
「承知しています」
「その立場を文書に明記していただきたい」
榊原は頷いた。
「双方の立場が一致していないことを、明記します」
昭和日本側の代表が発言した。
「我が国の満洲国承認についても、同様に記載していただきたい」
「当然です」
榊原は答えた。
宋は、少し不満そうだった。
しかし、それ以上の反論はしなかった。
その日のうちに満洲問題が解決することなど、誰も期待していなかった。
ただ、議論を続けることには合意できた。
それは、わずかな前進だった。
しかし、会議に参加した者たちの多くは、そのわずかな前進のために何時間も費やしていた。




