三 昭和十七年の未来人
昼食は、別室に用意された。
白米に焼き魚、煮物、漬物、味噌汁。京都の料理人が腕を振るったものだったが、派手な献立ではなかった。
未来日本側の要請で、食材の調達に過度な負担をかけないようにしていた。
真壁は、箸を取る前に湯呑みを口へ運んだ。
隣には榊原が座っていた。
「大佐、朝からお疲れでしょう」
「総理こそ」
「私は、座って話しているだけです」
「それがいちばん疲れることもあります」
榊原は苦笑した。
真壁は焼き魚をほぐしながら、少し考えた。
「未来日本では、こういう会議は珍しくないのでしょうな」
「珍しくはありません。ただ、うまくいくとは限りません」
「なるほど」
「むしろ、うまくいかなかった会議の方が、ずっと多いかもしれません」
真壁は、箸を止めた。
「未来日本は、平和な国だと聞いております」
「戦争をしていないことと、争いがないことは違います」
榊原は味噌汁を飲んだ。
「国会では毎日のように意見が対立します。外交でも、経済でも、社会保障でも。相手の言い分を理解しても、賛成できないことはあります」
「それでも、戦争にはならん」
「少なくとも、意見が違うという理由で国内の相手に軍隊を向けることはありません」
真壁は、しばらく考え込んだ。
「不思議なものですな」
「何がですか」
「我々は、国家のために命を捨てる覚悟を教えられてきました」
真壁は箸を置いた。
「しかし、国家のために相手の話を最後まで聞く覚悟については、あまり教わっておりません」
榊原は、答えなかった。
真壁は苦笑した。
「軍人らしくないことを申しました」
「いいえ」
榊原は、少し間を置いた。
「私は、大佐が軍人であることを忘れたくありません」
真壁が顔を上げた。
「大佐は、今も帝国陸軍に所属している。東條首相の命令で動いている。私たちと考え方が一致しないこともあるでしょう」
「当然です」
「それでも、協力していただきたい」
真壁は、榊原を見た。
「総理」
「はい」
「私は、あなた方の未来をそのまま実現したいわけではありません」
榊原は頷いた。
「分かっています」
「我々には、我々の時代の事情があります。守るべき人間もいる」
「はい」
「しかし、同じ失敗を繰り返すつもりもありません」
真壁は、少し笑った。
「その点だけは、信用していただきたい」
榊原は箸を置いた。
「信用しています」
真壁は、静かに頭を下げた。
そのとき、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
藤崎啓介が戸口に現れた。
「総理、少しよろしいでしょうか」
榊原は顔を上げた。
「どうしました」
「中国側から、追加の要求が出ています」
「どちらの中国側ですか」
藤崎は、困ったような顔をした。
「両方です」
真壁は、思わず笑いそうになった。
榊原は額に手を当てた。
「分かりました。すぐ行きます」
食事は、まだ半分ほど残っていた。




