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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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第七章 京都停戦予備協定  一 席順


昭和十七年一月二十一日、午前八時四十分。

 京都の朝は、底冷えがした。

 会議場に選ばれた旧公家屋敷の庭には昨夜の霜が残り、池の縁に薄い氷が張っていた。石灯籠の笠から落ちた雫が、飛び石の上で小さな音を立てる。庭師は夜明け前から落ち葉を掃いていたが、竹箒の跡にはもう新しい葉が散っていた。

 会議室では、外務省の職員たちが席札を並べ直していた。

 問題は、席順だった。

 中国国民政府の代表団は、当然ながら自国を唯一の正統政府として扱うよう求めていた。一方、中国共産党側の代表として到着した周恩来は、国民政府の代表団の後方に座ることを拒んだ。

 昭和日本の代表団も譲らなかった。中国共産党を交渉当事者として扱えば、これまでの対中政策を否定することになりかねない、というのである。

 未来日本の外務省職員、藤崎啓介は、三度目の席替えを終えたところだった。

「これで駄目なら、もう畳の上に座っていただくしかありませんね」

 隣にいた昭和日本の外務官僚が、冗談とも本気ともつかない顔で言った。

 藤崎は笑えなかった。

 会議は午前九時から始まる。残り二十分しかない。

 そのとき、榊原直人が部屋に入ってきた。

「まだ決まらないのか」

「申し訳ありません。中国側の席次について意見が一致せず」

 榊原は長机を見渡した。

 日本側の席札が二つ、中国側の席札も二つ。中央には議長席が設けられている。

「議長席をなくしましょう」

 藤崎が顔を上げた。

「総理?」

「円卓は用意できますか」

「隣室に小さなものがございますが、全員は座れません」

「では、机を四角に組み直してください。議長は固定しない。発言は順番にする」

 藤崎は、思わず時計を見た。

「あと二十分です」

「十五分でやってください」

 榊原は上着を脱いで椅子に掛けた。

「私も運びます」

「総理、それは」

「席順で一日を使うわけにはいきません」

 結局、会議は十二分遅れて始まった。

 四角に組まれた机の一辺に昭和日本、向かい側に中国国民政府、その左右に未来日本と中国共産党側の代表が座った。

 誰が上座か、簡単には決められない配置だった。

 それが、榊原の狙いでもあった。

 もっとも、席順の問題を片づけたところで、戦争が終わるわけではない。

 そのことは、榊原自身がいちばんよく分かっていた。

 窓の外では、庭師がまだ箒を動かしていた。

 会議室の中には四つの立場があり、どれも自分こそが正しいと信じる理由を持っていた。

 榊原は、手元の資料を開いた。

 議題の最初の一行には、こう書かれていた。

 「戦(・)闘(・)行(・)為(・)の(・)停(・)止(・)及(・)び(・)民(・)間(・)人(・)保(・)護(・)に(・)関(・)す(・)る(・)予(・)備(・)協(・)議(・)」

 和平でも、講和でもない。

 まずは、撃つことをやめられるかどうか。

 それだけのために、彼らは京都まで来たのだった。

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