五 和平を望まぬ者たち
一月七日。
帝都東京の陸軍省では、中国との和平交渉に関する会議が開かれていた。
出席者の多くは、陸軍の高級将校だった。
議題は、中国大陸からの段階的撤兵。
しかし、会議は冒頭から紛糾した。
「撤兵など、到底認められません!」
一人の少将が声を上げた。
「我々は、何のためにこれまで戦ってきたのですか!」
別の将校が続けた。
「現地には、帝国の権益があります。邦人も多数おります。撤兵すれば、彼らの安全はどうなるのです」
真壁宗一郎は、会議室の端で議論を聞いていた。
東條英機は、黙って資料を読んでいた。
やがて、東條が顔を上げた。
「撤兵を決定したわけではない」
会議室が静かになった。
「しかし、和平の可能性を探ることは必要だ」
少将が、なおも反論した。
「総理。未来日本の歴史が正しいとしても、それは彼らの歴史であります。我々が同じ道を歩むとは限りません」
東條は頷いた。
「その通りだ」
少将は、少し安心したような顔をした。
しかし、東條は続けた。
「だからこそ、同じ失敗を繰り返さぬように考えねばならん」
少将は黙った。
東條は、机の上の資料を指した。
「未来日本の歴史では、帝国は戦争に敗れた」
誰も答えなかった。
「しかし、敗れたから戦争をやめるのではない」
東條は続けた。
「現在の戦争を続けることが、帝国にとって本当に利益になるのか。それを考える必要がある」
真壁は、東條を見た。
以前の東條なら、こうした発言をしただろうか。
分からなかった。
しかし、未来日本の出現が、東條の考え方にも影響を与えていることは確かだった。
会議は、その後も続いた。
撤兵の条件。
満洲国の扱い。
中国政府との関係。
現地軍の統制。
どれも簡単には解決できなかった。
会議が終わったのは、夕方だった。
真壁が廊下へ出ると、東條が声をかけた。
「真壁」
「はっ」
「お前は、どう思う」
真壁は、少し考えた。
「和平交渉は、進めるべきと考えます」
「撤兵もか」
「条件次第では」
東條は、真壁を見た。
「軍の中では、少数派だぞ」
「承知しております」
「なぜ、そう考える」
真壁は、しばらく黙っていた。
そして答えた。
「戦争を続ける理由が、戦死者への申し訳なさだけになってはならないと思うからであります」
東條は、何も言わなかった。
真壁は続けた。
「これまでの犠牲を無駄にしたくない。その気持ちは理解できます」
少し間を置いた。
「しかし、そのために新たな犠牲を出し続ければ、いつまでも終わりません」
東條は、しばらく真壁を見つめていた。
やがて、小さく頷いた。
「難しいものだな」
「はい」
「戦争を始めるより、終わらせる方が難しいのかもしれん」
真壁は、答えなかった。




