四 重慶の決断
一月六日。
中国・重慶。
蒋介石は、机の上に置かれた日本語の資料を読んでいた。
未来日本から提供された、第二次世界大戦に関する歴史資料だった。
その中には、中国の将来についても記されていた。
一九四五年、日本の敗北。
一九四九年、中華人民共和国の成立。
国民政府の台湾への移転。
そして、その後の長い対立。
蒋介石は、資料を閉じた。
部屋には、宋子文がいた。
「この資料を、どこまで信用できると思う」
蒋介石が尋ねた。
宋子文は、慎重に答えた。
「未来日本が持ち込んだ技術を見る限り、彼らが未来から来たという説明には説得力があります」
「では、ここに書かれていることも正しいのか」
「彼らの歴史では、そうだったのでしょう」
蒋介石は、窓の外を見た。
重慶の街には、戦争の傷跡が残っていた。
日本軍による空襲。
避難民。
物資不足。
そして、長引く戦争。
中国は、すでに大きな犠牲を払っていた。
「日本は、和平を求めているそうだな」
蒋介石が言った。
「はい。未来日本が仲介を申し出ています」
「条件は」
「まだ正式には提示されていません。ただ、日本軍の段階的撤退について協議する意向があるようです」
蒋介石は、少し考えた。
「満洲はどうなる」
「最大の争点になるでしょう」
「当然だ」
蒋介石は、机を指で叩いた。
「日本は、満洲国を独立国家だと言い張っている。しかし、我々は認めていない」
宋子文は頷いた。
「はい」
「未来日本は、どう考えている」
「満洲国については、歴史上、日本の支配下にあった国家として説明しています」
蒋介石は、わずかに笑った。
「未来の日本人は、少なくとも現実を知っているらしい」
しかし、その笑みはすぐに消えた。
「だが、和平は簡単ではない」
宋子文は黙っていた。
「我々は、何年も戦ってきた。兵士も民間人も、大勢死んだ」
蒋介石は続けた。
「日本が撤退すると言っても、それだけで国民が納得するとは限らん」
宋子文は、慎重に答えた。
「それでも、交渉する価値はあります」
「理由は」
「日本軍が撤退すれば、中国の負担は大きく減ります」
少し間を置いた。
「そして、国内の問題に向き合う時間ができます」
蒋介石は、宋子文を見た。
「共産党のことか」
「はい」
部屋が静かになった。
蒋介石は、未来日本の資料をもう一度手に取った。
そこには、毛沢東の名があった。
未来の中国を率いる人物として。
蒋介石は、しばらくその名前を見つめていた。
「歴史が変わるというのなら」
蒋介石は、静かに言った。
「我々も、変えられるはずだな」
宋子文は頷いた。
「その通りです」
蒋介石は、資料を閉じた。
「日本との予備交渉に応じよう」
宋子文は、深く頭を下げた。
「承知しました」
しかし、蒋介石は続けた。
「ただし、条件がある」
「何でしょう」
「日本軍の撤退を、口約束で終わらせてはならん」
宋子文は頷いた。
「はい」
「そして、我々の国民が受けた被害について、責任を明らかにすることだ」
その言葉は、静かだった。
しかし、譲るつもりがないことは明らかだった。




