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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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三 南京からの手紙


一月五日。

 真壁宗一郎のもとに、中国大陸から一通の手紙が届いた。

 差出人は、かつて同じ部隊に所属していた中佐だった。

 真壁より三歳年下で、現在は南京近郊に駐屯している。

 手紙には、現地の様子が詳しく書かれていた。

 日本軍の部隊には、未来日本の出現に関する情報が少しずつ伝わっている。

 対米開戦が中止されたことを喜ぶ者もいる。

 しかし、中国からの撤退が検討されているという噂には、多くの将兵が反発している。

 戦死した仲間は何のために死んだのか。

 これまでの犠牲は無駄だったのか。

 占領地を手放せば、中国軍が再び攻勢に出るのではないか。

 そうした声が、部隊内で広がっているという。

 真壁は、手紙を読み進めた。

 最後の部分に、こんなことが書かれていた。


『現地の将兵は、未来日本の者たちが我々をどう見ているのかを気にしている。自分たちは、未来において悪人とされているのではないかと。』


 真壁は、手紙を机に置いた。

 悪人。

 その言葉が、胸に残った。

 未来日本の資料には、中国大陸で日本軍が行った行為について、厳しい記述があった。

 南京での虐殺。

 捕虜の殺害。

 民間人への暴行。

 略奪。

 それらは、真壁にとっても直視しがたいものだった。

 軍人として、自分が所属する組織がそのような行為を行ったことを認めるのは、容易ではない。

 しかし、否定したところで事実が消えるわけではなかった。

 真壁は、机の引き出しから未来日本の資料を取り出した。

 そこには、南京事件に関する歴史研究の概要が記されていた。

 被害者数をめぐる議論はある。

 しかし、多数の捕虜や民間人が殺害されたこと自体は、否定できない。

 真壁は、資料を閉じた。

 自分は南京にいなかった。

 しかし、それで無関係だと言えるのだろうか。

 同じ軍服を着ている。

 同じ組織に属している。

 同じ国家のために戦っている。

 その責任から、完全に逃れることはできない。

 真壁は、返事を書き始めた。


『貴官の苦悩は理解する。しかし、戦死者への敬意と、戦争を続けることは同じではない。』


 筆を止めた。

 この言葉は、相手を怒らせるかもしれない。

 しかし、書かなければならないと思った。


『すでに失われた命を取り戻すことはできない。だが、その犠牲を理由に、さらに命を失わせるべきではないと私は考える。』


 真壁は、ゆっくり書き進めた。

 窓の外では、冬の風が吹いていた。

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