二 帝国の台所
同じ日、帝都東京の首相官邸では、東條英機が農林省の報告を受けていた。
「未来日本への米の供給は、当面、限定的な数量にとどめるべきと考えます」
農林省の高官は、緊張した面持ちで説明した。
「帝国内の食糧事情も、決して余裕があるわけではありません」
東條は資料を見た。
「どの程度なら出せる」
「現在の備蓄と輸送能力を考慮しますと、継続的な大量供給は困難です」
「未来日本の人口は、我々よりはるかに多い」
「はい」
「少量の米を送ったところで、焼け石に水ではないか」
高官は、慎重に答えた。
「その通りであります。しかし、象徴的な意味はあるかと」
東條は、顔を上げた。
「象徴で腹は膨れん」
会議室が静かになった。
東條は資料を閉じた。
「私は、未来日本を助けることに反対しているのではない」
高官たちは黙って聞いていた。
「だが、我々の国民が飢えるようなことがあってはならん」
東條は、窓の外を見た。
昭和十七年の東京には、まだ戦争の大規模な空襲被害はない。
しかし、食糧事情はすでに厳しくなり始めていた。
中国大陸での戦争は続いている。
軍需産業は資源を消費し続けている。
米国による石油禁輸も解除されていない。
その上、未来日本という巨大な需要が現れた。
東條は、机の上の資料を指した。
「未来日本には、農業技術があるのだろう」
「はい。生産性は、我々の時代とは比較になりません」
「ならば、その技術を利用できんのか」
農林省の高官は頷いた。
「肥料、農機具、品種改良、灌漑設備など、協力の余地は大きいと考えます」
「ただし、未来日本も燃料が不足している」
「その通りであります」
東條は、しばらく考えた。
「未来日本の技術を利用して、帝国の農業生産を増やす」
そして続けた。
「その一部を、未来日本へ供給する」
高官が頷いた。
「長期的には、可能かと」
「長期的には、か」
東條は苦笑した。
「問題は、そこまで持ちこたえられるかだな」
会議室には、誰も答える者がいなかった。




