十九 榊原の決意
十二月二十八日。
未来日本の首相官邸では、上海での殺人事件について緊急会議が開かれていた。
榊原直人は、報告書を読み終えると、しばらく黙っていた。
「情報機器は、まだ見つかっていないのですね」
「はい」
警察庁の幹部が答えた。
「中に何が入っていたかは」
「現時点では、完全には把握できていません」
「軍事情報は?」
「含まれていた可能性があります」
榊原は、深く息を吐いた。
未来日本の情報が、金銭目的で売買される。
それ自体は、予想できたことだった。
しかし、実際に人が殺され、情報機器が奪われたとなれば、事態は深刻だった。
「上海の当局とは連絡を取っていますか」
「昭和日本側を通じて、捜査協力を求めています」
「分かりました」
榊原は、机の上の資料を見た。
三浦隆文の誘拐事件。
上海での殺人事件。
ドイツからの技術提供要求。
ソ連による情報収集。
そして、米国との外交交渉。
未来日本の知識は、世界中から求められている。
しかし、それをどのように扱うべきかについて、まだ国際的な合意は存在しない。
榊原は、静かに言った。
「未来の情報を、国家の財産として独占するつもりはありません」
外務大臣が頷いた。
「はい」
「しかし、誰でも自由に売買できるものとして放置するわけにもいきません」
官房長官が尋ねた。
「具体的には、どうされますか」
「まず、危険性の高い情報を分類します」
榊原は続けた。
「軍事技術、大量殺傷兵器、重要な国家機密、そして将来の個人情報」
外務大臣は、少し考えた。
「歴史資料そのものは、どう扱いますか」
「原則として公開を維持したい」
「しかし、未来の戦争の結果を知れば、各国は作戦を変えるでしょう」
「そうでしょうね」
榊原は、しばらく考えた。
「だからこそ、何を制限するのか、法律で明確にしなければなりません」
官房長官は頷いた。
「未来情報管理法の制定を検討します」
「お願いします」
榊原は、窓の外を見た。
東京の街には、年末の慌ただしさが残っていた。
しかし、例年とは違い、街の明かりは少なくなっていた。
節電。
燃料不足。
物資の供給制限。
そして、先の見えない不安。
未来日本は、技術では昭和日本を圧倒している。
しかし、社会の安定という点では、決して無敵ではなかった。
「私たちは、未来を知っている」
榊原は、誰に言うともなく呟いた。
「しかし、未来を支配できるわけではない」




