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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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十七 真壁の手紙


十二月二十六日の夜。

 真壁宗一郎は、自宅の書斎で手紙を書いていた。

 宛先は、未来日本の榊原直人首相だった。

 正式な報告書ではない。

 個人的な手紙だった。

 真壁は、万年筆を持ったまま、しばらく考えていた。

 それから、ゆっくり書き始めた。もちろん、未来日本人にも読める字で・・・


『榊原総理閣下

 このたびの三浦隆文氏に関する事件につきましては、帝国陸軍の一員として、深くお詫び申し上げます。

 神谷修一少佐は、帝国を守るために行動したと申しております。

 しかし、私は、彼の行為を正しいとは思いません。

 国家を守るという言葉は、時として人間を盲目にするものです。

 我々は、その言葉を何度も口にしてまいりました。

 しかし、何を守るのかを、十分に考えてこなかったのかもしれません。』


 真壁は、筆を止めた。

 机の上には、宗太郎が学校で書いた作文が置いてあった。

 題名は「ぼくの将来」。

 新聞記者になって、世界中を旅したい。

 いろいろな国の人と話したい。

 戦争のない世界を見たい。

 そんなことが、子供らしい字で書かれていた。

 真壁は、作文を手に取った。

 息子は、まだ未来を知らない。

 自分がどのような時代を生きるのかも知らない。

 しかし、それでいいのだと思った。

 未来を知ることが、必ずしも幸福につながるわけではない。

 真壁は、再び手紙を書き始めた。


『未来日本の人々は、我々の時代がこれから経験する苦しみを知っておられます。

 しかし、我々はまだ、その苦しみを経験しておりません。

 だからこそ、変えられるものがあるのだと信じたいのです。

 私は軍人です。

 これからも、帝国の軍人として職務を果たすつもりです。

 しかし、その職務が、国民を守ることにつながっているのかどうか、常に考え続けたいと思っております。』


 真壁は、最後に署名した。

 封筒へ入れ、机の端に置いた。

 そのとき、宗太郎が書斎の戸を開けた。

「父さん」

「どうした」

「まだ起きてたの?」

「ああ」

「明日も仕事?」

「そうだな」

 宗太郎は、少し残念そうな顔をした。

「また休みがないの?」

 真壁は、息子を見た。

 そして、少し考えてから言った。

「明後日は、休めるかもしれん」

「本当?」

「約束はできんが」

 宗太郎は、少し笑った。

「じゃあ、休めたら一緒に出かけよう」

「どこへ」

「上野」

「動物園か」

「うん」

 真壁は頷いた。

「分かった」

 宗太郎は、嬉しそうに笑って書斎を出ていった。

 真壁は、その背中を見送った。

 上野動物園。

 戦争が続けば、動物たちも、やがて戦争の犠牲になる。

 未来日本の資料で、そのことを知っていた。

 しかし、宗太郎には話さなかった。

 今は、動物園へ行く約束を守りたかった。

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