十三 東條の怒り
東條英機は、報告書を読み終えると、しばらく黙っていた。
真壁は、机の前に立っていた。
「神谷は、未来日本の技術者を誘拐し、軍事技術を入手しようとしておりました」
東條は、報告書を閉じた。
「それだけか」
「ドイツ側との非公式な接触も確認されています」
「誰が許可した」
「少なくとも、正式な命令は確認されておりません」
東條は、机を強く叩いた。
「馬鹿者が」
真壁は黙っていた。
東條は、立ち上がった。
「帝国が、どれほど危うい立場にあると思っている」
声には、抑えきれない怒りがあった。
「米国との戦争を避け、未来日本との関係を築こうとしている。その最中に、軍人が勝手に技術者をさらうとは」
真壁は、静かに答えた。
「神谷は、帝国を守るためだと申しております」
東條は、真壁を見た。
「それで許されるのか」
「いいえ」
「国家を守ると言いながら、国家を危険にさらしているではないか」
真壁は頷いた。
「その通りです」
東條は、窓の外を見た。
東京の街には、冬の夕暮れが訪れていた。
「真壁」
「はっ」
「軍には、神谷と同じような考えを持つ者がいる」
「承知しております」
「未来日本の技術を手に入れれば、米英に勝てる。そう考える者は少なくない」
真壁は、静かに答えた。
「はい」
東條は、振り返った。
「しかし、未来日本が持つのは兵器だけではない」
真壁は顔を上げた。
「病院も、学校も、工場もある。国民が暮らすための仕組みがある」
東條は、机の上の資料を指した。
「なぜ、あれを見ようとせんのだ」
真壁は、しばらく黙っていた。
東條の口から、そんな言葉が出るとは思っていなかった。
東條は、椅子に腰を下ろした。
「私は、軍人だ」
静かな声だった。
「軍の力が国家に必要だと信じている」
真壁は頷いた。
「しかし、軍が国家そのものになってはならん」
東條は、深く息を吐いた。
「そのことを、我々は忘れかけていたのかもしれん」




