十一 火の中の選択
火は、建物の一階から上がっていた。
古い木造部分に燃え移った炎は、乾燥した冬の空気の中で急速に広がった。
真壁は、門へ駆け寄った。
憲兵たちが鎖を外し、扉を開ける。
小野寺は無線機で消防の応援を要請した。
「三浦さんが中にいます!」
真壁は頷いた。
「分かっている」
二人は、建物へ走った。
廊下には煙が充満していた。
奥から兵士たちが飛び出してくる。
真壁は、その一人をつかまえた。
「三浦はどこだ!」
「二階であります!」
「神谷は!」
「分かりません!」
真壁は、階段へ向かった。
小野寺が後を追う。
二階の廊下では、神谷が扉を開けようとしていた。
「神谷!」
真壁が叫んだ。
神谷は振り返った。
「大佐殿!」
「何をしている!」
「鍵が開かんのです!」
扉の向こうから、三浦の声が聞こえた。
「誰か! 開けてください!」
真壁は、扉へ駆け寄った。
神谷が鍵を回そうとしていたが、熱で金具が歪んでいるらしかった。
小野寺は、廊下に置かれていた鉄製の工具を手に取った。
「下がってください!」
真壁と神谷が身を引く。
小野寺は、扉の金具を叩いた。
一度。
二度。
三度目で、金具が外れた。
真壁が扉を押し開けた。
部屋の中には、三浦がいた。
煙を吸ったらしく、激しく咳き込んでいる。
「三浦さん!」
小野寺が駆け寄った。
「歩けますか」
「何とか……」
真壁は、三浦の腕を肩に回した。
「急ぐぞ」
四人は、廊下へ出た。
階段の方から、熱風が吹き上がってきた。
炎が、すでに階段の一部を包んでいた。
神谷が、窓を指した。
「こちらです!」
廊下の端に、外へ通じる非常用の階段があった。
しかし、扉は錆びついていた。
真壁は、肩で扉を押した。
動かない。
もう一度押す。
金属が軋んだ。
神谷も加わった。
二人で力を込める。
ようやく、扉が開いた。
冷たい外気が流れ込んだ。
小野寺が三浦を支え、先に階段を下りた。
真壁も後に続こうとした。
しかし、神谷は動かなかった。
「神谷!」
真壁が振り返った。
神谷は、廊下の奥を見ていた。
「資料が……」
「何?」
「研究資料が、まだ中にあります」
真壁は、神谷を見つめた。
「捨てろ」
「しかし」
「命と引き換えにするものではない」
神谷は、しばらく動かなかった。
その顔には、迷いが浮かんでいた。
自分が集めた資料。
未来の技術。
帝国を救うために必要だと信じていたもの。
しかし、炎はすでに廊下の奥まで迫っていた。
真壁は、神谷の腕をつかんだ。
「来い!」
神谷は、抵抗しなかった。
二人は階段を駆け下りた。
外へ出た直後、建物の二階の窓が割れた。
炎が吹き出した。
真壁は、雪の残る地面に膝をついた。
息が苦しかった。
神谷も、隣で激しく咳き込んでいた。
小野寺は、三浦の状態を確認していた。
遠くから、消防車の音が聞こえてきた。
真壁は、燃える建物を見た。
未来の技術を手に入れようとした男たちの計画は、炎の中で崩れようとしていた。
しかし、これで終わったとは思えなかった。
火をつけたのは誰なのか。
なぜ、あのタイミングだったのか。
そして、神谷の背後にいた者たちは、どこへ消えたのか。
真壁は、隣の神谷を見た。
「神谷」
神谷は、顔を上げた。
「お前には、まだ話してもらうことがある」
神谷は、何も答えなかった。




