十 山の中の施設
十二月二十三日、午前五時。
真壁宗一郎と小野寺美咲は、茨城県の旧陸軍施設へ向かっていた。
車には、昭和日本の憲兵と未来日本の警察官が同乗していた。
両者が正式に共同捜査を行うのは、今回が初めてだった。
車内の空気は、重かった。
憲兵は、未来日本の警察官が持つ無線機や装備を気にしていた。
未来日本の警察官は、憲兵の軍刀や拳銃を見ていた。
互いに同じ日本語を話す。
しかし、職務の考え方も、法律も、装備も違う。
小野寺は、地図を確認した。
「施設まで、あと三十分ほどです」
真壁は頷いた。
「周囲に民家は?」
「ほとんどありません」
「逃走経路は」
「林道が二本あります」
真壁は、運転手へ指示した。
「正面から近づきすぎるな」
車は、山道へ入った。
冬の木々は葉を落とし、枝の間から灰色の空が見えた。
道路には霜が残っていた。
やがて、古い建物が見えてきた。
周囲には低い塀があり、門には鎖がかけられている。
しかし、建物の煙突からは、薄い煙が上がっていた。
真壁は、双眼鏡を手に取った。
「人がいるな」
小野寺が頷いた。
「車両も確認できます」
建物の裏手には、黒い乗用車が停まっていた。
研究所の防犯カメラに写っていた車と、形が似ていた。
真壁は、静かに言った。
「神谷だ」
小野寺は無線機を手に取った。
警察官たちへ指示を伝える。
真壁は、憲兵の隊長へ向き直った。
「まず、私が話をする」
「危険であります」
「承知している」
「相手が発砲した場合は」
「こちらから撃つな。人質がいる」
憲兵隊長は、少し不満そうな顔をした。
しかし、真壁の階級を考えれば、反論はできなかった。
真壁は外套の襟を立て、門へ向かった。
小野寺が隣に並んだ。
「私も行きます」
「危険ですぞ」
「分かっています」
真壁は、彼女を見た。
「頑固ですな」
小野寺は、少し笑った。
「仕事ですから」
真壁も、わずかに笑った。
二人は、門の前で足を止めた。
真壁が声を張り上げた。
「神谷少佐!」
建物の中で、何かが動く気配がした。
「真壁宗一郎だ!」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、二階の窓が開いた。
神谷修一が顔を出した。
「真壁大佐」
神谷は、驚いた様子もなく言った。
「よく、ここが分かりましたな」
真壁は、神谷を見上げた。
「話がある」
「私も、お話ししたいことがあります」
「三浦隆文を解放しろ」
神谷は、少し笑った。
「それはできません」
「なぜだ」
「彼は、帝国に必要な人物です」
真壁は、ゆっくりと言った。
「必要だからといって、連れ去っていいわけではない」
神谷は、窓枠に手を置いた。
「大佐殿は、未来日本の味方をされるのですか」
「私は帝国の軍人だ」
「ならば、帝国の利益を考えるべきです」
真壁は、神谷を見つめた。
「帝国の利益とは何だ」
神谷は、少し眉をひそめた。
「何をおっしゃる」
「技術者を一人さらって、未来日本との関係を壊すことが、帝国の利益なのか」
神谷は黙った。
真壁は続けた。
「お前は、帝国を守ると言う。しかし、お前のしていることは、帝国を危険にさらしている」
神谷の表情が変わった。
「大佐殿には、分からんのです」
「何がだ」
「未来日本の人間は、我々が敗れることを知っている」
神谷は、声を強めた。
「それなのに、我々には戦うなと言う。技術も渡さない。未来の知識を独占して、我々の運命を決めようとしている」
真壁は、静かに答えた。
「未来日本が、我々の運命を決めるわけではない」
「では、誰が決めるのです」
「我々自身だ」
神谷は、しばらく黙っていた。
真壁は続けた。
「だからこそ、我々自身が責任を負わねばならん」
そのとき、建物の奥で物音がした。
誰かが走る音。
続いて、短い叫び声。
小野寺が顔を上げた。
「大佐!」
真壁も気づいた。
神谷が振り返った。
次の瞬間、建物の裏手から煙が上がった。




