六 首相の決断
未来日本。
午前十時三十分。
榊原直人は、緊急国家安全保障会議を開いていた。
議題は一つ。
真珠湾攻撃をどうするか。
防衛大臣が説明した。
「昭和日本の機動部隊は、すでに北太平洋を航行しています。史実の経過に従うなら、ハワイ時間十二七日朝に攻撃が行われます」
榊原は地図を見た。
「止められますか」
黒田統合幕僚長が答えた。
「物理的な阻止能力はあります」
「それは分かっています」
榊原は顔を上げた。
「戦わずに止められるかと聞いています」
黒田は少し間を置いた。
「保証はできません」
会議室が静かになった。
未来日本の自衛隊は、昭和十六年の軍隊をはるかに上回る技術を持っている。
しかし、それは戦闘で勝てるという意味でしかない。
相手が日本人であること。
その日本人たちが、自分たちの祖父や曾祖父の世代であること。
そして、未来日本は昭和日本に対して、まだ何の法的権限も持っていないこと。
問題は山積していた。
法務大臣が言った。
「総理、昭和日本は別の国家として扱うべきです」
「分かっています」
「自衛隊を使ってその軍事行動を阻止するなら、法的根拠が必要になります」
「では、何もしないんですか」
「そう申し上げているわけではありません」
榊原は机に両手を置いた。
「真珠湾攻撃が起きれば、何が起こるか分かっているんです」
誰も答えなかった。
「日米開戦です。太平洋戦争です。東京が焼けます。沖縄が戦場になります。広島と長崎に原爆が落る」
声が大きくなった。
「それを知っていて、法律の解釈が難しいから見ているだけなんですか」
官房長官が静かに言った。
「総理」
榊原は口を閉じた。
しばらくして、椅子に座り直した。
「……すみません」
会議室には、重い沈黙が残った。
榊原は、自分の言葉が正しいとは思っていなかった。
法律を無視して軍を動かすことが、どれほど危険かは分かっている。
しかし、歴史を知っているという事実が、彼の判断を急がせていた。
「昭和政府との交渉を続けます」
榊原は言った。
「同時に、機動部隊へ直接連絡してください」
黒田が頷いた。
「海上自衛隊の護衛艦を派遣します」
「交戦は避けてください」
「はい」
「何があっても、最初に撃ってはいけません」
黒田は、少しだけ表情を変えた。
「総理。相手が先に撃った場合は」
榊原は答えに詰まった。
その問いへの答えを、彼はまだ持っていなかった。




