五 昭和十六年の首相
前作から待っててくださる方もいると思いますので書け次第上げていきます。
同日午前九時。
首相官邸。
東條英機は、参謀本部からの報告を読み終えた。
未来日本の出現。
未知の航空機。
未知の軍艦。
そして、対米開戦の中止要求。
東條は報告書を机に置いた。
「つまり」
低い声だった。
「彼らは、我々が戦争に負けると言っているのだな」
陸軍の高官が頷いた。
「そのようです」
「しかも、米国との戦争を始める前に」
「はい」
東條は腕を組んだ。
「随分と都合のよい話だ」
外務省の官僚が言った。
「しかし、未来日本の存在は事実です」
「存在することと、言っていることが正しいかは別だ」
東條はそう答えた。
それは、もっともな疑問だった。
仮に八十五年後の日本が存在するとしても、その政府が嘘をつかない保証はない。
未来日本が、自分たちの都合で帝国を操ろうとしている可能性もある。
東條は、真壁へ目を向けた。
「真壁」
「はっ」
「お前はどう思う」
真壁は少し考えた。
「資料が本物なら、我々は負けます」
室内がざわついた。東條の目が細くなる。
「言い切るのか」
「いいえ」
真壁は首を振った。
「本物なら、と申し上げました」
「では、本物か?」
「分かりません」
「分からん?」
「はい。しかし」
真壁は、机の上の写真を指した。
「これが偽物だと証明することも、今の我々にはできません」
東條は黙って聞いていた。
「であれば、少なくとも確認すべきです!」
「何を?」
「なぜ日本が負けるのか。そして、負けずに済む道があるのか」
東條は椅子の背にもたれた。
「負けずに済む道、か」
真壁は頷いた。
「開戦しないことも、その一つかもしれません」
その瞬間、室内の空気が変わった。
対米開戦は、すでに国家の方針として進んでいる。
海軍の機動部隊は、太平洋を進んでいる、陸軍も南方作戦の準備を整えている。
今さら中止するなど、容易なことではない。
東條は、真壁を見つめた。
「お前は、陸軍大佐だな」
「はっ」
「軍人が戦争を避けろと言うのか」
真壁は姿勢を正した。
「軍人だからこそ、負ける戦争は避けるべきだと考えます」
東條は何も言わなかった。
やがて、机の上の報告書を閉じた。
「未来日本との接触を続けろ」
「はっ!」
「ただし、彼らの言葉をそのまま信じるな」
「承知しました」
東條は窓の外を見た。
東京の街が、いつもと変わらず広がっていた。
その街が四年後に焼け野原になる。
そんな未来を、誰が信じられるだろう。
しかし、信じなかったために本当にそうなったとしたら。
東條は、その先を考えるのをやめた。




