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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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四 神谷修一の理屈


神谷修一は、茨城県の山間にある旧陸軍施設にいた。

 そこは、かつて資材の保管に使われていた建物だった。周囲には雑木林が広がり、冬になると人の往来はほとんどない。

 窓には板が打ちつけられ、廊下には石油ランプが置かれていた。

 神谷は、机の上に広げた設計図を見ていた。

「これでは分からん」

 苛立った声で言った。

 向かいに座る三浦隆文は、黙っていた。

 両手は自由だったが、扉の前には兵士が立っている。

 研究所から連れ出されたとき、三浦は軍の正式な技術協議だと説明されていた。ところが車は予定の場所へ向かわず、見知らぬ建物へ連れてこられた。

 帰宅したいと申し出ても、応じてもらえなかった。

「三浦博士」

 神谷が言った。

「もう一度聞く。未来の噴進機関は、どういう仕組みなのだ」

 三浦は眼鏡を外し、布で拭いた。

「以前にも説明しました。基本的な原理は、あなた方の時代にも研究されています」

「ならば、製造できるはずだ」

「原理を知っていることと、製造できることは違います」

「そればかりだな」

 神谷は、机を指で叩いた。

 三浦は眼鏡をかけ直した。

「少佐。あなたは、現代の航空機を見て、あれと同じものを作りたいとおっしゃる。しかし、あの機体には数え切れないほどの技術が使われています」

「例えば」

「高温に耐える材料、精密な加工技術、燃焼制御、電子装置。どれも一つの発明だけで成立するものではありません」

「では、我々の工業力では無理だというのか」

「今すぐ同じものを作るのは無理です」

 神谷の顔が険しくなった。

 三浦は続けた。

「ただし、あなた方の時代にある技術を改良することはできます。問題は、何を目的に、どこまで進めるかです」

「目的は決まっている」

 神谷は即答した。

「帝国を守るためだ」

 三浦は、その言葉を聞いて小さく息を吐いた。

「その帝国を守るために、私をここへ閉じ込めたんですか」

 神谷は答えなかった。

「私は、研究者です。軍人ではありません」

「国家が危機にあるとき、研究者だから無関係だとは言えん」

「危機にあるからこそ、何をしてもいいわけではないでしょう」

 神谷は立ち上がった。

「君たちは、未来を知っている」

 三浦は黙っていた。

「我々がどれほど苦しい立場にあるか、知っているはずだ。米国は石油を止め、中国では戦争が続いている。英国もオランダも、我々を締めつけている」

「知っています」

「それなのに、君たちは何もしない」

 三浦は、神谷を見た。

「何もしないわけではありません」

「では、なぜ技術を渡さない」

「渡せば、何に使うんですか」

 神谷は、答えた。

「戦争を終わらせる」

「どうやって」

「圧倒的な力を持てば、敵は戦う気をなくす」

 三浦は、しばらく黙っていた。

 それから、静かに尋ねた。

「少佐は、相手も同じことを考えるとは思いませんか」

「何?」

「日本が強い兵器を作れば、米国も作ろうとします。ドイツも、ソ連も、英国も」

「それなら、先に作ればよい」

「いつまで先にいられるんですか」

 神谷は答えなかった。

 三浦は、机の上の設計図を見た。

「私は、エンジンの研究をしています。燃料を少なくして、効率よく飛ぶ方法を考えるのが仕事です」

 少し間を置いた。

「でも、研究成果が何に使われるかを考えなくていいとは思っていません」

 神谷は、三浦を見つめた。

「君は、理想主義者だな」

 三浦は首を振った。

「違います。私は、自分の作ったものが人を殺すのを見たくないだけです」

 神谷は、しばらく黙っていた。

 やがて、椅子に腰を下ろした。

「君の気持ちは分かった」

 三浦は、わずかに安堵した。

 しかし、神谷は続けた。

「だが、私は君を帰すわけにはいかん」

 三浦の表情が固まった。

「なぜです」

「君が持っている知識は、あまりにも重要だからだ」

 神谷は、窓の外を見た。

「未来日本がそれを隠すなら、我々が手に入れるしかない」

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